杉浦 正章
中国の南シナ海「面支配」は阻止すべきだ
中国の「牛の舌」と呼ばれる薄気味悪い独自の境界線「九段線」は「根拠なし」、人口島は「法的な意味なし」では中国の完敗だ。常設仲裁裁判所判決の最重要点は、米中戦略の要衝スカボロー礁をに関して「スカボロー礁周辺のEEZ(排他的経済水域)はフィリピンに属するものであり、オーバーラップしない」と断定したことだ。フィリピンを初め米国や日本の主張を100%認めたことになる。今後埋め立てようとする中国と、これを阻止しようとする米日との間で激しい外交・安保上の駆け引きが展開されるだろう。
この仲裁裁判所の判決内容には日本が裏側で大きく関与している。中国がこれを事前に察知して外務次官・劉振民が「国際海洋法裁判所の柳井俊二所長(当時)が「意図的」に中国の立場に反対する仲裁人を任命した」と共産党理論誌「求是」に論文を掲載した。国連海洋法条約の規定では、双方の当事者が仲裁人を選定できるが、今回の仲裁裁判には中国が参加を拒否。
このためフィリピンが選んだ仲裁人を除き、柳井が任命した。柳井が選定に当たり判決を意識しない人事を行うはずはない。中国が最初から裁判を否定するからこうなったのであり、文句は筋違いだ。このところ国連機関などの従軍慰安婦問題への見解などで負けが込んでいた日本だが、判決に関しては、今後の中国包囲網への最大の根拠となるだけに快挙と言える。
判決について中国はすでに5日に前国務委員・戴秉国が米ワシントンでの講演で、「ただの紙くずだ」と批判しているが、そのどぎつい表現から逆探知すれば、いかに中国が追い込まれているかを物語っている。中国は弱虫オバマが手をこまねいている間に、向かうところ敵なしのごとく南シナ海での領土拡大を進めてきた。ところが、判決は国際社会から見れば中国に対する頂門の一針であり、これ以上の痛切な戒めはない。
しかし中国は表向きは蚊が刺したほどにも感じないそぶりを続けるだろう。国内的に見れば民主主義国と違ってまず問題は生じないだろう。資本主義国の裁判所が我が国の領土領海にいちゃもんをつけているという逆宣伝が中国国民には利くからだ。今後習近平は国内のナショナリズムを煽り、自分の海洋覇権への行動を正当化させようとするし、それは一定の効果を生じさせるだろう。
しかし国際社会はそうはいかない。むしろ手痛い孤立化の道をたどらざるを得なくなるだろう。日米は機会あるごとに国際世論に訴えると同時に、安全保障上の見地からも一致して対中けん制行動に出ることが予想される。その焦点が冒頭指摘したスカボロー礁をめぐる攻防だ。そもそも中国の南シナ海進出は米国がフィリピンの基地を撤退するという大誤算をした事により発生した。
南シナ海に生じた真空地帯を埋めるかのように中国の進出が始まったのだ。既に中国は南シナ海の西方のパラセル諸島と南のスプラトリー諸島を埋め立て、最後にスカボロー礁に食指を動かし始めている。この正三角形になる3点を確保すれば、これまで2か所を線で結んでいた支配海域を面で確保出来ることになる。軍事目的の滑走路はこれを空から強化するためのものに他ならない。
そうなれば習近平の海洋戦略が成功したことを意味し、三角形が実現すれば中国はここに躊躇(ちゅうしょ)なく防空識別圏を敷設して、南シナ海の実効支配を完成させるだろう。これに待ったをかけつつあるのが、ようやく中国の戦略に気付いた米国だ。第七艦隊による南シナ海へのプレゼンスを強めており、日本も最新鋭潜水艦を派遣するなどけん制行動をとっている。
日本にしてみれば南シナ海を中国が抑えれば、その食指は東シナ海、尖閣諸島に向かうことは自明の理であり、スカボロー礁への進出阻止は戦略上不可避のものとなるのだ。
しかし、判決を紙くずと見る中国がこの戦略を容易に転換させるわけはない。したがって南シナ海は米中軍事対決の様相を一層深めながら推移してゆくだろう。判決は拘束力はあっても強制力はないのである。しかし、判決が中国を「犯罪者」と認定したことは間違いなく、その「犯罪者」に対する行動が、国際世論によって正当化されるという効果は大きい。その効果を一層高めるのが日米を中心とした国際世論での対中包囲網の結成であろう。
国際会議の場には困らない。7月末のASEAN地域フォーラムを皮切りに、9月に杭州市で開かれるG20首脳会議と国連総会、秋の東アジアサミットなどで中国の膨張政策への批判を展開して、習近平に自分の行動が世界的にひんしゅくを買っている現実を見せつけなければなるまい。とりわけ中国が初の議長国となるG20の場は注目される。少なくとも習は首脳会議を成功裏に終わらさせるために、当面は融和的に動くだろう。スカボロー礁で居丈高に出れば、主要国首脳が会議をボイコットする事態もあり得る。そうなれば習が一番大事にする沽券に(こけん)に関わるからだ。
ここで問題になるのがフィリピンの新大統領・ロドリゴ・ドゥテルテの存在だ。国内的には麻薬犯罪人を射殺せよなど、トランプに似て威勢がいいが、外交・安保に関してはど素人だ。アキノに比べて勘所を押さえておらず、対中国外交でも“融和政策”に転じようとしているかに見える。下手をすれば領土主権を放棄してでも中国の援助を選びかねない。指導者としては“卑しい性行”を示している。
ここは日米が一致してドゥテルテの説得と取り込みに全力を傾注する必要がある。中国側に取り込まれれば、スカボロー礁は風前の灯となりかねない。