櫻井よしこ
民進党や共産党は公約として安保法制廃止を掲げているが、どう考えても
理解できない。日本周辺の安全保障状況が厳しさを増す中で、民進党も共
産党もどのようにして日本国民と国土を守るつもりなのか。
7月3日、中国は南シナ海のパラセル諸島海域で新たな強硬策を取ることを
世界に宣言した。5日から11日までの1週間、軍事訓練を実施するとして各
国に同海域への進入禁止を通告したのだ。
11日までとは、フィリピンが中国を訴えた常設仲裁裁判所の判決が出され
る前日までということだ。国連海洋法条約に基づく判決を受け入れるつも
りがないことを示すもので、国際社会への開き直りと挑戦である。
中国共産党の対外向け機関紙「環球時報」は今回の軍事演習の目標を、
中国には自国領の主権を守り通す能力があることを示すためであるとし、
その一方で演習を、これは中国の常套句ではあるが、平和維持のためとも
説明した。
日本政府は、南シナ海領有権を巡る仲裁裁判所の判決を中国を含む全て
の関係国が尊重することを求める共同声明を、先進7か国(G7)が歩調
を揃えて発表するよう働きかけてきた。国際法を守る側と守らない側の闘
いであることを明確にするのは正しい戦略である。
伊勢志摩でのG7首脳会議でも安倍晋三首相は南シナ海の写真を示し、
中国による埋め立て、軍事拠点化の実情を詳しく説明した。南シナ海は
ヨーロッパから遠いため、欧州指導者の多くが急速に進行する中国の侵略
について詳しいわけでも関心があるわけでもない。
だが、安倍首相の説明は欧州諸国の対中認識を改めさせたはずだ。欧州の
指導者も、南シナ海における中国の行動がクリミア半島におけるロシアの
プーチン大統領の行動と同質の侵略であることをよりよく理解したに違い
ない。
中国にとって、12日に示される常設裁判所の判断も、またG7の共同声明
も、厳しい内容となるのは避けられないだろう。
「攻撃動作」
死に物狂いと言ってよい習近平主席の強硬策の下では、このような国際
社会の動きに対して現在の中国が取り得る唯一の手段は、物々しい軍事演
習の断行である。
演習の現場となるパラセル諸島は、40年以上前の70年代に中国が当時の
南ベトナムを攻撃して軍事力で奪い取ったものだ。ベトナムは現在も領有
権を主張しているが、同諸島は南シナ海支配に欠かせない中国の巨大な海
軍基地となった。
「環球時報」はパラセル諸島の西北、トンキン湾近くの海南島にすでに中
国3艦隊の軍艦が集結したと報じた。その中には北海艦隊のミサイル搭載
駆逐艦、東海艦隊のミサイル搭載駆逐艦、ミサイル搭載フリゲート艦など
が含まれているそうだ。
南シナ海を管轄するのは南海艦隊だ。それ以外の艦隊も参加する大がか
りな演習は、核心的利益を守るためには国際法による決定も断固拒否する
という中国の国家意識の表現である。国際社会における問題解決に、中国
は軍事力の行使を厭わず、帝国主義的行動を選ぶということだ。
中国の強硬策は南シナ海に限らない。わが国の東シナ海上空で6月17日
に航空自衛隊の戦闘機が中国人民解放軍(PLA)の戦闘機に対して行っ
た緊急発進(スクランブル)について、中国国防部は7月4日、「日本側の
発言は全く白黒逆で、世論を惑わす」と反論した。彼らは、中国の防空識
別圏を中国軍のSu(スホーイ)30戦闘機2機が巡視していたところに、
日本の航空自衛隊のF15戦闘機2機が高速接近した、つまり緊張をつくり
出しているのは日本だと非難した。実際には何が起きたのか。
同件については6月28日に元空将の織田邦男氏が警告を発した。中国軍
機が日本の空に急接近してきたのに対し、空自機がスクランブルを試み
た。その空自機に中国軍機が「攻撃動作」を仕掛けた。空自機はドッグ
ファイト(格闘戦)に巻きこまれる危険性があったため、自己防御装置を
使用しながら中国軍機によるミサイル攻撃を回避しつつ、戦域から離脱し
た、というものだ。
日本政府は空自機がスクランブルをかけたことは認めたが、中国側の攻
撃動作は否定した。一方中国政府は、「日本の戦闘機が急接近、挑発し、
射撃管制レーダーを中国側に照射した。中国側が果敢に対処し、戦術機動
などの措置を講じた。日本機は赤外線フレア弾を発射して退避した」と発
表した。
彼らはこうも語った。「中国側は日本側に対して、一切の挑発的行為を
止めるよう求める」。
中国は日本側を嘘つきとなじっている。しかし、私はよく知っている。
嘘をつくのは中国側だと。
「白黒逆」の嘘
10年9月7日午前、尖閣諸島の領海で中国漁船が海上保安庁の「よなくに」
などに激しく船体をぶつけてきた。当時の菅直人首相と仙谷由人官房長官
は現場を収録したビデオを公開せず、その間に中国政府は一貫して「全く
白黒逆」の嘘をつき続けた。中国側はどのように海保の船が中国漁船に体
当たりしたか、中国漁船がどれ程懸命に日本の攻撃を逃れようと回避行動
をとったかを、ご丁寧にも図まで描いて公表した。
ところが一色正春氏が独断で公表したビデオは全く正反対の事実を私たち
に示してくれた。
ベトナムも同じ被害に遭った。14年5月、中国はベトナムが領有権を主張
するパラセル諸島海域に巨大深海用掘削装置を繰り出し、石油掘削を開始
した。ベトナムは29隻の船で抗議行動に出た。中国は80隻を投入し、ベト
ナム船に激しい体当たりを加えた。
5月9日、中国外務省は「8日夜までにベトナム側が中国側に180回余りも体
当たり攻撃を加えた」と公表した。だが、ベトナム政府は直ちに映像を公
開し、体当たりを仕掛けていたのは中国船だという事実を世界に示した。
そもそも日本の自衛隊は厳格すぎる程、法を守る組織だ。空でも海でも陸
でも見事に自らを律している。無謀に相手を挑発することは断じてしない
と言ってよい。今回も同じである。東シナ海上空の攻撃動作は中国軍機に
よるものだと考えて間違いないだろう。
明らかなのは、中国が軍事攻撃をも辞さない決意で膨張しようとしてお
り、中国の脅威に日本が晒されているということだ。日本を守るために安
保法制でほんの少し集団的自衛権を行使できるように改めたが、専門家の
多くは、これではとても不十分だと見ている。にも拘わらず、民進、共産
両党はこれを廃止するという。このような党に日本は任せられないと思う
のは私だけではあるまい。
『週刊新潮』 2016年7月14日号
日本ルネッサンス 第712回