2016年08月07日

◆著名ジャーナリスト暗殺さる

宮崎 正弘 



<平成28年(2016)8月5日(金曜日)弐 通算第4980号 >


〜ベラルーシの著名ジャーナリスト、キエフで暗殺さる
  ルカシェンコ独裁と汚職を追及し、隣国ウクライナで活躍していた〜

キエフはウクライナの首都。人口400万ほどだろうか、華麗な町であり、
サンクトペテルブルグの壮麗さと似ている。

ウクライナはロシア側の東部に親ロ派の武装勢力がはびこり、ロシアから
武器援助をうけて、表向きは停戦したことにはなっているが、実質的な内
戦が続いている。

7月10日、キエフで一台のクルマガ爆発、炎上した。

爆殺されたのは、ベラルーシの著名ジャーナリストとして知られたパベ
ル・シェレメト(かれにはルカシェンコ独裁を猛烈に批判した著作があ
る)。周辺、とくにベラルーシの知識人らに大きな衝撃を運んだ。

ベラルーシのジャーナリスト殺害は、これで5人目。ほかにルカシェンコ
の政敵だった政治家ふたりが行方不明となっている。

シェレメトは1990年代の自由化の波にのってテレビ・ジャーナリストとし
て登場し、96年にルカシェンコ大統領をこっぴどく批判する番組をつくっ
て追放され、97年からはミンスクにあるロシア・テレビ支局に職を得た。

しかしここでもルカシェンコ批判をつづけたため拘束され、3ヶ月投獄さ
れた。彼に恩赦を命じたのはロシアのエリツィン大統領(当時)だった。

以後、シェレメトはモスクワへ移動し、やがて2000年、キエフに移住して
「ウクライナ・プラウダ」を創刊した。共同創刊者はジョージ・ゴンガデ
ジーだったが、このジョージも数年前に暗殺された。

彼は新聞のほかにラジオ番組でもホスト役をつとめ、母国ベラルーシより
も、ウクライナの政治家を批判した。

とくにポロシェンコ大統領とのそのビジネスパートナー等との特殊な利権
関係をするどく批判してきた。

ウクライナはジョージ・ソロスのオープンソサイエティや、ネオコンの流
れを組むアメリカ人活動家多数が入り込み、言論の自由、民主化を訴えて
きたため、比較的言論の自由は確保されていると考えられてきた。


 ▼真剣勝負のジャーナリストたち

暗殺現場はキエフの下町である。

ベラルーシからヒットマンがやってきたとは考えにくい。爆弾を仕掛けら
れた車は「ウクライナ・プラウダ」の現在の社主で、シェレメトのガール
フレンドでもあるアレナ・プリチュナ所有のものだった。

したがって事情通は「暗殺目標はアレナではなかったのか」と推測してい
る(米国ジョージタウン財団発行『ユーラシア・ディリー』、16年7月29
日)。

かくして旧ソ連圏は、ポーランドやバルト3国、チェコのように西側同様
な言論の自由を獲得した国もあれば、ベラルーシ、ウクライナのようにま
だ共産主義独裁の残滓との戦いで、志半ばに斃れてゆく戦士がいる。
ジャーナリストは命がけ、だからこそ真実に近づけるのだ。

(どこかの国のように、無責任な言説を垂れ流し、テレビで顔を売って政
治家になろうとしつつも、真剣さが足りないジャーナリストを見ていると
吐き気がしませんか?)

ところでベラルーシ経済だが、ロシアの原油価格低落により連鎖で経済
がうまく行かず、ミンスクも景気が悪い。ロシアへのガス代金は2億
7000万ドルを滞納している。

しかしベラルーシは農業機械、とくにトラクター生産では東欧一の生産
量を誇り、年間4億4000万ドルを売り上げる。

この状況に西側からIT産業が賃金の安いベラルーシへ進出し、いまで
は152社ものIT企業がハイテク工業特区に陣取って、2万5000人を雇用す
るまでに発展した。売り上げもトラクターを抜いて、5億7700 万ドル。
        
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