加瀬 英明
天皇陛下が8月8日にテレビを通じて、お言葉を読まれたのを謹聴した。
ご高齢によって、お疲れになられたと、訴えられた。
私は、なぜ、日本の男女がリオの五輪大会で健闘している時を選んで放映
したのか、宮内庁の役人に対して憤りをおぼえた。
これは、天皇によるクーデターだった。明治天皇によって定められ、現
憲法下で継承されている皇室典範は、天皇の譲位を認めていない。お言葉
のなかで、皇室典範が定めている摂政制度を斥けられたが、天皇が法を改
めるよう要求されることは、あってはならない。
「天皇に私なし」と、いわれる。陛下はやはり、戦後のお育ちであられ
るのだと、思った。陛下は天皇のお役目を誤解されていられるのではない
か。お言葉のなかで、「日本の各地、とりわけ遠隔の地や、島々への旅
も、私は天皇の象徴的行為として大切なものと、感じて来ました」と仰言
せられたが、地方をお巡りになられるのは、天皇の絶対的なおつとめでは
ない。
天皇はご存在自体が、尊いのだ。ご高齢になられたら、公務は摂政にお
任せになればよいし、宮中祭祀についても必要に応じて慣例を改めて、皇
太子が代行されればよい。
私が由々しいと思うのは、天皇のご存在が日本国統合の要であるのにも
かかわらず、今日の天皇には制度として、ご相談相手が欠けていること
だ。旧憲法のもとでは宮内官として内大臣が側近に侍して、天皇がお気軽
に意見を求めることができた。また総理大臣以下閣僚や、軍幹部が参内し
て頻繁に拝謁した。
ところが、歴代の宮内庁長官は厚労省、警察、自治(現総務)省などの
出身で、侍従長は外務官僚出で、ほとんど全員が例外はあっても、皇室の
伝統について無知である。
そのために、天皇が陸の孤島となったような皇居に、置き去りにされて
いる。陛下が皇太子殿下であられた時に、学習院のご学友だった故藤島泰
輔氏が『孤独の人』というベストセラーを著わしたが、今日ではいっそう
そうなっているのではないか。