2016年09月12日

◆イスラムは自己改革できない

平井 修一



世界日報8/26「イスラム指導者らのテロの責任逃れ」から。

<エジプトに十数年滞在して、目に余り、怒りさえ覚えることの一つにイ
スラム指導者の、テロなどイスラムの教理に触発されて起こる事件に対し
て、一切の責任を持とうとしない怠慢で不誠実な姿勢がある。

ムバラク元大統領時代に、長くイスラム教スンニ派最高権威アズハルのグ
ランド・イマームを務めたタンタウィ師にインタビューで、9.11事件後の
イスラム教徒によるテロ激化の責任を問いただしたところ、「責任は私に
ではなく、政府にある」との答えだった。

エジプトのシシ大統領が、穏健派を装いながら過激派の背後にあって全イ
スラム勢力をまとめ、イスラム法適用による国家と世界のイスラム化を推
し進める(聖戦主義の)「ムスリム同胞団」の根絶に向け、過激思想の取
り締まりを目指して打ち出したのは、「過去のイスラム思想から暴力表現
を一掃せよ」ということだった。

命令を受けたアズハルは当初、自分たちの教育責任を認め、イスラム教徒
教育を積極的に進める決意を表明したが、現在は、テロ事件発生のたび
に、「イスラム過激派はイスラム教徒ではない」と宣言、イスラム教と聖
典と自分にはテロの責任はないとして、責任逃れに徹している。

まず、彼らをイスラム教徒と認め、彼らによるテロを自分の責任と捉え
て、全世界に謝罪し、教育責任を果たす決意を示す誠実なイスラム指導者
は皆無なのだろうか。イスラム教徒である自分にも責任の一端があると認
めた人物は、私が出会った人では、ある人民議会議員一人だけだった>
(以上)

以下は昨年にも書いたが、ある(日本人?)ムスリムのブログから引用する。

<(平井:日本人ムスリムの投稿にはこうあった、ということらしい)

「いま、フランス在住に限らず、世界のムスリムの指導者達がやらなけ
ればいけないのは、ISなんてイスラムじゃない、と口々に主張することで
はない。自称だろうとなんだろうと、あれはムスリムから出てきた。その
病とどう向き合うのか、どう治すのかの知恵をだすこと」

ISIS(イスラム国)、タリバーン、アル・カーイダ、ボコ・ハラムその他
イスラミスト(原理主義=ジハード主義者)の出現及び台頭は、ムスリム
の責任なのかと問われれば、答えは「はい、全くその通り」である。ムス
リム、ノン・ムスリムを問わず誰が何と言って弁護しようと、ああいう脳
足りんの邪悪な馬鹿共を生み出しのさばらせたのは、残念ながら我々ムス
リム自身であることに間違いはない>

このように(日本人?)ムスリムの中にはテロリストを生んでしまったこ
とに対する反省も聞かれるが、多くの(欧米のリベラルを自称するキリス
ト教系だろう)識者も世界中のムスリムも「圧倒的多数のイスラム教徒は
穏やかに暮らしており、テロに走るのはごく一部。ごく一部の所業を以て
イスラム全体を非難、忌避するのは間違っている」と言う。

ムスリムは「自分たちも被害者だ」と言いたいようだ。つまり反省も悔悟
もないのだ。

比大統領のドゥテルテは「超法規殺人」を非難されて、「奴ら犯罪者は人
間ではない」と言ったそうだ。人間ではないのだから彼らを殺すのは殺人
ではない、害獣を駆除しただけだ、という論理なのだろう。

「ワルは人間ではない、害獣だ」とレッテルを貼れば殺していいのなら、
「イスラム過激派はイスラム教徒ではない」と言えばムスリムは全く責任
をとる必要もないし、宗教改革の必要もないということだ。

これではとても(西側価値観による)近代国家の法治主義とは言えない。
(政教一致のイスラム教国を近代国家とは言えそうもないが)

ドゥテルテのやり口は国民の圧倒的支持を集めているという。一気に前時
代のマルコス独裁国家に戻ってしまったようだ。いつか(多分近い将来)
比国民は後悔するだろう。

圧倒的多数のムスリムはテロに対してまったく責任をとる気がない。つま
りイスラムは自己改革できない、1000年以上もそうだったのだから、それ
は多分永遠にそうなのだろう。利害利権が輻輳しすぎているから身動きが
できないのだろう、と思う。

そもそも宗教やイデオロギーは蒸留酒と同じで「純粋」なほど魅力的であ
る。純粋であればあるほど他宗派とは1ミリも妥協できない。妥協したら
最低でも破門追放され、最悪なら殺される。そういう世界だ。

イスラムの礼拝のルールを読んだら、ほとんど「箸の上げ下ろし」の世界
だった。小生みたいなアバウトな奴は、「いいじゃん、信仰があれば。そ
れぞれが最低限の礼をもって礼拝すれば」と思うが、イスラム教や共産主
義は絶対許さない。

日本の神社仏閣などでは皆が思い思いに礼拝しているが、彼らには信じら
れない世界だろう。

「大晦日は、まずは菩提寺でご先祖様に感謝、それから靖国神社へ行って
英霊に感謝し、皇居遥拝、午後は明治神宮か池上本門寺あたりかな、夜は
川崎大師で蛤鍋を食って、除夜の鐘、時間があればお茶の水のニコライ堂
とか代々木上原のモスクへ行ってみるか。ハシゴすればご利益も多いだろ
うよ」

多分、世界から見れば「アンビリーボー!」、皆が卒倒するだろう。神道
ベースの八百万の神様の国、和を以て貴しとなす国だから、この芸当がで
きる。日本人が祈るのは家族を含めた世界の安寧平和と繁栄だ。特定宗
教、宗派の興隆ではない。

イスラム教徒という微塵もアバウトさを許さない信者といかに付き合うべ
きか。警戒心をもって、できるだけ彼らには近づかない、彼らを近づけな
い、という以外に方策はあるのだろうか。トランプを安易に批判はできな
いのではないか。(2016/9/9)


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