平井 修一
小生はものに動じない、というかあまりビックリしない。2011/3/11の東
日本大震災にはショックを受けたが、人生においてこれは最大の驚きであ
り続けるだろう。まったくの想定外だった。
以下の記事を読んでほしい。小生はいささかショックを受けた。産経9/9
「【千夜一夜】“残骸”と化した信号 運転は『阿吽』の呼吸頼み」から。
<任地のカイロは首都圏人口が2千万人超ともいわれる大都市で渋滞もひ
どい。
にも拘わらず、信号機が極端に少なく、有っても“残骸”と化しているこ
とがほとんど。赴任してから6年余りの間、正常に作動している信号は数
えるほどしか見たことがなかった。
では、どうやって車の通行を整理するのか。
大きな交差点には警察官が立っているが、多くの場合はドライバー同士の
「阿吽(あうん)」の呼吸頼みだ。とはいえエジプト人は譲り合いの精神
が希薄なので、基本的には強引な方が勝つ。それがここでの“おきて”だ。
そんなカイロで最近、相次いで信号機が設置されるようになった。国民の
マナーや順法精神の大切さを説くシーシー大統領の方針を受けてのものだ
ろう。
ただ、これで道路の安全性が高まると楽観する人は少ない。「信号を経験
したことがないドライバーが信号を守れるはずがない」(在留外国人)か
らだ。
案の定、近所で新たに設置された信号は間もなくして点滅するだけにな
り、従来の警官による方式に逆戻りした。点滅しなくなる日も遠くはない
と思う。
教育が十分でなければ、せっかくの機械も宝の持ち腐れ。この国の行政
が、何度も繰り返してきたであろうそんな教訓を生かせる日は来るのだろ
うか。(大内清)>(以上)
ガーン! 教育がない、ルールがない、まるでジャングルのよう。中東の
雄と言われたエジプトでさえこのレベルなのだから、多分、世界の多くの
国も似たようなものなのだろう。
わが国で庶民への教育が本格化し始めたのは江戸時代の1750年頃からのよ
うだ。「柳多留/やなぎだる」は江戸時代後期の川柳集(明和2/1765〜天
保9/1838年刊)だが、そこにこんな句がある。
武でおどし 仁ではすかし 知で教え
「民を支配するためには武力と倫理道徳と教育が必要だとよ」と庶民が支
配層を嗤ったのである。
「すかす」の意味はこうだ(デジタル大辞泉)。
1)機嫌をとって、こちらの言うことを聞き入れるようにさせる。「子供
を―・して寝させる」「おどしたり―・したりして行かせる」
2)言いくるめてだます。「弟を―・しておやつを取り上げる」
3)相手をうまくその気にさせる。おだてる。
北島正元著「江戸時代」から。
<支配者は幕藩体制の動揺に対処して、愚民政策の内容を修正し、民衆に
読み・書き・そろばんの実用的な技能を与える代わりに、儒教的な倫理を
注入し、彼らを従順な年貢負担者に仕立て直そうと努めた。もう武力だけ
では民衆を支配することができなくなったからである。
こうして諸藩では、それまで藩士しかいれなかった藩校に、農工商の子弟
を入学させたり、手習所や教諭場を開いて積極的に民衆の教化に乗り出した。
農村の寺子屋などの私塾の増加も著しかった。特に信州がその数では全国
一を占めたが、東筑摩郡だけでも、文政年間(1818〜29)の702が、慶応
年間(1865〜67)には1380に激増している。
目に一丁字もなかった民衆に、字を書いたり読んだりするものが多くなっ
たことは、支配者の意図に反して彼らに重要な抵抗の武器を与えることに
なった。それは彼らの日常の農業経営を合理化するために役立っただけで
なく、年貢や村費の問題について、領主や村役人の不法・不正を見分ける
能力を与えた。
後期の中下層の農民を主体とする百姓一揆や村方騒動の激化も、一つに
は、こうした民衆の知識の向上に支えられていたともいえよう>(以上)
愚民化か、それとも高等教育推進か、諸刃の剣であり、支配者が大いに悩
むところだろう。
日本は隣組とか連座制もあったから、とにかくルールを実によく守る。わ
が街は2013年9月からゴミの分別を一気に高度化したのだが、住民はまる
で軍隊のように一斉に新ルールに従ったのには驚いた。民度が高いし、国
土の2割しか住居用の土地がないから、快適に暮らすためにはルールに従
う、和を以て貴しとなすしかないという面もあるだろう。
かくして日本は世界有数の理想郷になった。
ところでエジプト。岡崎研究所の論考「エジプトの不幸」(ウェッジ
9/9)から。
<シシ大統領の抑圧と無能がエジプトを駄目にしつつあり、新たな反乱を
生む土壌を作っている、と8月6日付の英エコノミスト誌が警告していま
す。要旨は、次の通りです。
《アラブ世界で鬱屈した若者が増えている。若者人口が多いのは好景気に
繋がるものだが、アラブの専制支配者たちは彼らを脅威と見ている。親世
代より教育があり、SNSで世界とつながり、政治的・宗教的権威に懐疑的
な彼らは、アラブの春では最前線に立ってチュニジア、エジプト、リビ
ア、イエメンの支配者を打倒し、多くの国の国王や大統領を震撼させた。
しかし、今やこれらの国は、チュニジアを除き、内戦もしくは革命の後退
に陥り、若者の状況は悪化しつつある。職を見つけるのは難しく、主たる
選択肢は、貧困、移民、あるいはジハードだ。こうした状況が新たな暴発
を生む土壌を作りつつあるが、中でも懸念されるのがエジプトだ。
エジプトは地域の雄であり、エジプトの成否が中東のあり方を左右する。
しかし、シシ大統領は、ムバラク以上に圧制的、かつモルシ並みに無能
だ。政権は湾岸諸国からの資金注入のおかげで命脈を保っている。莫大な
石油収入にも拘らず、大きな財政赤字と経常赤字を抱え、そのため、ナ
ショナリストを気取るシシもIMFへの資金救済要請を余儀なくされた。
若者の失業率は40%を超えるが、政府は既に公務員で膨れ上がり、麻痺し
た国家統制経済の中にあって民間部門にも大勢の若者を吸収する能力はない。
勿論、エジプトの経済的困難は、政権の制御外の石油価格の低下、戦争と
テロによる観光客の激減、アラブ社会主義の残滓や軍のビジネス利権等に
も原因があるが、シシが事態を一層悪くしている。
彼はインフレや暴動の誘発を避けようと、エジプト・ポンド防衛に固執し
たが、資本規制はドルの闇市場の出現を防げず、結局インフレを煽り、工
業を駄目にし、投資家を怖がらせてしまった。
また、スエズ運河を擁するエジプトは、商業的に非常に有利なはずだが、
拡張したスエズ運河はかえって収入が減り、砂漠にドバイ級の都市を創る
計画も挫折した。
エジプトは戦略的に重要な国なので、シシとは我慢して付き合うしかな
い。しかし、西側は現実主義、説得、そして圧力で彼に対応すべきだろ
う。F-16戦闘機やミストラル型ヘリ空母など、不要で高額の兵器の売却は
止め、経済援助には、変動相場制の導入、公務員の削減、補助金の段階的
廃止等の厳しい条件をつけるべきだ。
ただ、これらは徐々に行う必要がある。ショック療法を行うにはエジプト
も中東も脆弱で不安定すぎる。
もっとも、エジプトの官僚組織は簡単には改革を実行できないだろう。そ
れでも改革への明確な方向性を示せば、エジプト経済への信頼回復につな
がる。湾岸諸国も改革を促し、シシが抵抗するなら援助を控えるべきだ。
今のところ、新たな反乱やクーデターの噂はないが、エジプトの人口動態
的、経済的、社会的圧力は容赦なく高まりつつある。エジプトの政治体制
は再開放される必要があり、それには先ずシシが2018年の大統領選への不
出馬を表明すべきだ》
英エコノミスト誌は、エジプトでは新たな暴発を生む土壌が作られつつあ
り、シシ大統領では安定を提供できないとして、シシをいわば見限ってい
ます。しかし、たとえシシが2018年の大統領選挙での不出馬を表明すると
しても、2年先のことであり、それまでシシ政権が続き、その間何とかし
なければなりません。
一番の問題は経済で、石油価格の下落、戦争とテロによる観光客の激減と
いう政権がコントロールできない要因もありますが、政策が事態を悪化さ
せているのも事実です。
まず、通貨エジプト・ポンド高を維持しようとする政策があります。輸入
品、特にエジプトの生命線ともいえる小麦の価格をおさえようとしたもの
ですが、資本規制はドルの闇市場の出現を防げず、輸入部品、機械の不足
を招き、かえって年14%のインフレをもたらすとともに、工業に害を与
え、投資家をしり込みさせてしまいました。
*肥大化した官僚組織
次に、肥大化した官僚組織に手が付けられないことです。そのため民間部
門の成長が阻害され、また過剰規制、わいろの横行を招いています。世銀
のビジネス環境のランキングでエジプトは121位に低迷しています。ま
た、食料、燃料などについての過剰な補助金が財政の悪化を招いています。
これらの政策の変更は、既得権益者の抵抗が強く容易ではありませんが、
財政と経済全体の破たんを避けるためには実施されなければなりません。
この点については、外部が影響力を行使しえます。
エジプトは財政、経常赤字を補うため、IMFや湾岸の産油国の資金援助を
必要としています。エコノミスト誌が言うように、IMFや湾岸産油国は援
助に、変動相場制の導入、公務員の削減や補助金の段階的廃止などの条件
を付けるべきです。
エジプトの抱える問題で最も深刻なのが、若者の問題でしょう。若者は、
ムバラク政権を倒したアラブの春で中心的役割を果たしましたが、アラブ
の春の夢は砕かれ、若者の状況は極めて悪いです。失業率は40%に達し、
博士号取得者の多くはサウジで職を求めるといわれます。その若者の人口
はさらに増加しています。
職がなく、不満を鬱積させている大量の若者の存在で、エジプトは火薬庫
を抱えているようなもので、エコノミスト誌が新たな暴発を生む土壌が作
られつつあると言っているのは、このような状況を指しています。
若者の問題はエジプトに限ったものではありませんが、エジプトで特に深
刻です。エジプトは中東の大国であり、エジプトの不安定化は、中東の不
安定化に一層の拍車をかけます。エジプトも関係国も、何ができるか知恵
を絞るべきではないでしょうか>(以上)
優れた頭脳は流出する、となれば劣った頭脳の比率は高まるばかりだ。カ
イロの信号機は永遠に機能しないだろう。(2016/9/10)