2016年09月13日

◆朴槿恵政権と朝鮮日報の間で何が起きたのか?

桜井 紀雄



韓国紙、朝鮮日報の主筆が接待を受け宿泊したとされるローマの豪華ホテ
ルの写真を示す与党議員の金鎮台氏=8月29日、ソウルの韓国国会(聯
合=共同)

韓国の朴槿恵(パク・クネ)政権の「応援団」とみられてきた保守系最大
手紙、朝鮮日報と大統領府の関係がこじれにこじれている。同紙が朴大統
領の最側近にまつわる疑惑を最初にスクープしたのに対し、親朴派議員ら
が同紙主筆と企業の“癒着”を暴露、主筆は辞職に追い込まれた。

スクープした記者や、最側近への捜査を検察に要請した特別監察官が、逆
に捜査を受けるという異例の事態ともなっている。韓国メディアは互いに
非難し合うばかりで、「報道の自由」への危機に一致して対抗するという
意思は感じられない。産経新聞前ソウル支局長が在宅起訴された揚げ句、
無罪となった事件の教訓は生かされなかったのか-。

■「先進国ではあり得ない」記者への強制捜査

《権力側が嫌がる報道をしたことを理由に、取材記者に対して家宅捜索を
行うという行為は、メディアを敵対視した左派政権時代にもなかったこと
だ。権力とメディアとの関係をめぐる重大なあしき前例として、今後も長
く語り継がれるだろう》

朝鮮日報は8月30日、同紙社会部次長が前日に検察の強制捜査を受け、携
帯電話を押収されたことに対し、こう朴政権を痛烈に批判する社説を掲載
した。

同紙が7月、朴大統領の最側近とされる禹柄宇(ウ・ビョンウ)大統領府
民情首席秘書官の妻の実家の不動産取引をめぐる疑惑を報じたことが発端
だった。

検事長が収賄容疑で逮捕された事件で、贈賄側のオンラインゲーム大手の
ネクソンから不動産取引で便宜を受けたというのだ。

他のメディアも追随し、兵役で機動隊に務める息子の特別待遇や、家族の
会社を通じた脱税・横領といった疑惑が次々報じられた。

大統領の親族や大統領府高官の不正を調べる李碩洙(イ・ソクス)特別監
察官が8月、禹氏の疑惑を捜査するよう検察に依頼。民情首席秘書官は、
司法機関も管轄し、捜査の進捗(しんちょく)に関する報告も受ける立場
なため、「公正な捜査に支障を来す」として、禹氏は辞任すべきだとする
世論が高まっていた。

29日に禹氏の関係先への家宅捜索が行われたが、同じ日に、李監察官や疑
惑を最初にスクープした朝鮮日報次長に対する家宅捜索も行われた。同紙
が李監察官に電話取材した内容をテレビ局がスッパ抜き、監察内容を漏洩
(ろうえい)した特別監察官法違反容疑がかけられたのだ。李監察官は辞
表を提出した。

テレビ局を通じた暴露を受け、大統領府側が「重大な違法行為であり、国
の根幹を揺るがす」と怒りをあらわにしていた。

朝鮮日報は、社説で「先進国では、政府高官の不正をめぐる取材を問題視
し、捜査機関が記者の携帯電話を押収するなど、絶対にあり得ない」と
し、「この国の時計はいま、完全に逆回転をしているのだろうか」と猛反
発を示した。

■「腐敗既得権勢力」が朴政権を見限り?

同じ8月29日には、朝鮮日報を揺るがす別の動きもあった。

朴大統領の「親衛隊」ともいえる与党、セヌリ党議員が記者会見し、巨額
の粉飾決算を行ったとして捜査を受けた造船大手の大宇(テウ)造船海洋
から、豪華チューター機で欧州を巡る接待旅行を受けていたメディア幹部
として、同紙の宋煕永(ソン・ヒヨン)主筆の実名を公表した。

宋氏はその日のうちに辞意を表明し、同紙も解任を発表。翌30日には辞職
した。左派紙、ハンギョレによると、議員が26日に接待疑惑を匿名で発表
した後には、宋氏は同紙の編集幹部の会議で「根拠がない」と言い張って
いたというが、数日で自ら特定企業との不適切な関係を認める結果となった。

これに追い打ちをかけるように、30日には、通信社の聯合ニュースが、大
統領府関係者の話として、宋氏が大統領府高官に対して、粉飾決算で起訴
された大宇造船海洋の前社長の再任を求めるロビー活動を過去に行ってい
たと報じた。

朝鮮日報に対する狙い撃ちとしか取りようのない一連の動きの背景には、
何があったのか-。

別の保守系大手紙の中央日報は、社説で、来年の大統領選を前に「『一部
のメディア』が親朴勢力で保守政権の再創出は難しいとみて、朴政権の力
を失わせるため、『禹柄宇たたき』に動いた」との大統領府関係者の見方
を伝えている。「任期末政権のレームダック(死に体)をあおる腐敗既得
権勢力の不純な意図がある」ともみているとしている。

禹氏をめぐる疑惑が立て続けに報じられた後には、「腐敗した既得権勢力
と左派勢力による大統領への揺さぶりだ」との大統領府高官の主張が伝え
られていた。

ここでいう「一部のメディア」や「腐敗既得権勢力」が朝鮮日報を指すの
は明らかだ。つまり、これまで朴政権寄りの論調が強かった同紙が朴大統
領を見限り、最側近の禹氏の追い落としに動いた-というのが大統領府側
の見立てだというのだ。

これが事実かどうかよりも、大統領府側がそうした“被害者意識”を抱いた
ことが、朴政権と保守系最大手紙の「蜜月関係」に亀裂をもたらした根底
にあるようだ。

■公約の監察制度を骨抜きにした「疑心暗鬼」

朝鮮日報による「禹氏たたき」に対する大統領府側の「報復」として、主
筆が享受した不適切接待の暴露や、記者に対する強制捜査が行われた-と
いうのが、朝鮮日報だけでなく、大方の韓国メディアの見方だ。

「宋前主筆と大宇造船海洋の癒着が明るみに出ることを恐れた朝鮮日報
が、司法機関を総括する禹首席秘書官を『攻撃』することで覆い隠そうと
した」といった大統領関係者が描く筋書きも報じられている。

これに対して、朝鮮日報は社説で、禹氏をめぐる疑惑は「社会部記者らが
自らの足で取材」した結果であり、「主筆が取材記者に記事について直接
指示することはあり得ない」と反論。

「特定の人物による道徳的な逸脱行為と結び付けて、陰謀論のような攻撃
を繰り広げるのは、大統領府がやることではない」と大統領府側の主張を
批判した。

主筆と特定企業との癒着は、言論人として、あるまじきことだが、それを
隠蔽するため、大統領府高官に関するスクープを現場記者らが血眼になっ
て追うというのは、常識では考えられない。

大統領府側のそんなうがった観測を忖度(そんたく)して、検察が強制捜
査に動き、記者の携帯電話まで押収されたとすれば、「報道の自由」は危
機にひんしていると言わざるを得ない。

テレビ局側に流出した朝鮮日報と李監察官の通話のやり取りは、取材メモ
として一部の記者だけがSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービ
ス)で共有したもので、ハンギョレは「記者らに対する盗聴やハッキング
を疑わざるを得ない。そうした能力を持つ機関は限られている」として、
当局の関与やリークの可能性を指摘した。

通話内容からして、そもそも既に報道されている禹氏の疑惑に関するやり
取りと調査が進まないことへの李監察官のぼやきが大半であり、強制捜査
まで受ける類いのものとはいえない。

特別監察官制度は、大統領の家族や高官による不正を一掃しようと、朴大
統領が公約に掲げ、鳴り物入りで導入し、禹氏の疑惑調査は第1号事案と
なるものだった。それを初代監察官の李氏の辞意表明にまで追い込み、政
権側が台無しにしたことになる。

大統領を取り巻く不正を暴く制度を「被害者妄想」にがんじがらめにされ
て、疑心暗鬼を生み、骨抜きにしてしまったのだ。

■前ソウル支局長在宅起訴と異なる情景

大統領府側の被害者意識から、記者に対する検察の捜査に至った事件とし
ては、朴大統領に対する名誉毀損(きそん)に問われ、産経新聞の加藤達
也前ソウル支局長が在宅起訴された問題がある。

2014年の旅客船セウォル号沈没事故当日の朴大統領の動静をめぐり、コラ
ムで男女関係に絡んだ噂を取り上げたことが問題視された。この際も、政
権周辺者からは「朴大統領を攻撃しようとする政治的意図」が勘繰られ、
大統領府高官が「法的措置を取らせる」と公言。大統領府側の意思を忖度
し、検察が在宅起訴まで突き進んだとみられている。

だが、裁判所は、政治的意図ではなく、「日本の読者に伝えよとする公益
性があった」と認め、無罪判決を下した。

朝鮮日報記者への強制捜査と推移は重なる部分もあるが、大きく異なる状
況もある。

前ソウル支局長の在宅起訴では、取材や報道手法で批判があっても、日本
の報道機関はそろって「報道の自由」の観点から、刑事罰にまで問おうと
した韓国当局の姿勢を厳しく批判した。

欧米メディアや国際的な団体も韓国政府への非難を強め、無罪判決後に
は、韓国メディアも一斉に検察捜査を批判した。問題になった記事の主な
引用元は朝鮮日報のコラムだったが、最後まで産経批判に終始し、報道の
自由という立場から政権批判を行わなかったのが唯一、朝鮮日報だった。

その同紙が、政権側から報道の自由を脅かされる事態に直面している。記
者への強制捜査に対しては、他の韓国メディアからも「報道の自由に関わ
る」と懸念が表明されながらも、主筆の癒着の暴露が重なったこともあ
り、報道機関が足並みをそろえて政権側に対抗するという状況にない。

保守系の東亜日報は、宋主筆の辞職を受けた謝罪について、「朝鮮日報の
謝罪の純粋性が疑わしい」といった大統領内部の声を伝えるなど、朝鮮日
報の立場とは一線を画している。

■メディア同士の政治闘争がもたらす災い

特に、朝鮮日報に対する非難を強めているのが、左派系紙のハンギョレだ。

《この状況は、朝鮮日報自らが招いたものだ。マスコミの道義から大きく
外れ、法の上に立つ権力として君臨してきたのが朝鮮日報の過去数十年の
歴史だ》

9月1日の社説では、こうこき下ろした。この2紙は、左派と保守という論
調の違いを超え、ハンギョレが盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権など左派政権
支持、朝鮮日報が李明博(ミョンバク)、朴槿恵両政権など保守政権支持
と、それぞれの政治的スタンスから“政治闘争”を繰り広げてきたといって
も過言ではない。

報道をめぐってハンギョレも朴政権から提訴されるなどしており、「報道
の自由」という普遍的価値から見れば、立場を共有しているはずだ。禹氏
の疑惑報道では「左派勢力」として、大統領府側から目のかたきにもされ
ている。

それでも、「朝鮮日報はこれまで言論の権力として万能に近い力を振りか
ざしてきた。大統領選になると、お気に入りの候補を当選させるため、強
大な影響力を悪用していると非難されたのは一度や二度ではない」と朝鮮
日報批判に終始。「仲間とみられた大統領府に対立して」主筆が辞職する
事態に至ったことについては「後頭部を殴られたようなショック」だろう
と突き放した。

朝鮮日報の援護射撃に回る他のメディアも見当たらない。テレビ局が朝
鮮日報と監察官の通話内容をスッパ抜くなど、政権周辺からのリークとみ
られる独自 情報をいち早く報じることに目を奪われている。情報につら
れ、いいように“各個撃 破”されているとの印象が拭えない。

聯合ニュースが宋前主筆のロビー活動を報じると、朝鮮日報は、社説で
「大統領府の『匿名の関係者』による攻撃は、多くが政府からの支援金を
受けている 通信社を通じて行われている。前例のないことだ」といらだ
ちをあらわにした。「い くつかの報道機関には、本紙を攻撃するあらゆ
る内容が出回っているという。全て政 権が関与しているといっても過言
ではない」と孤立無援ぶりへの焦りをにじませた。

産経新聞前ソウル支局長問題が浮上した際には、引用元となっただけ
に、火の粉がかからないよう、産経批判を繰り返した事情は理解できなく
もない。

た だ、それにと
らわれるあまり、「報道の自由」という普遍的価値からの主張に二の足を
踏み、自ら
に降りかかっくることもあり得ると想定できなかったというなら、残念で
ならない。

 それ以上に、韓国メディアが政治闘争に拘泥し、「報道の自由」がおざ
なりになる
ようなら、権力を監視すべき報道機関の役割、政治の透明性に計り知れな
いマイナス
だ。何よりも、韓国国民にとって、これほどの不幸はない。(外信部記者)
                  (採録:松本市 久保田 康文)


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