2016年09月24日

◆天津失脚 vs. 遼寧不正選挙

中沢 克二



中国国家主席、習近平の晴れ舞台だった浙江省杭州での20カ国・地域
(G20)首脳会議。一大イベントが閉幕した5日後、中国政界に衝撃が
走った。9月10日夜、習の側近とされる天津市共産党代理書記、黄興国が
いきなり失脚したのだ。

61歳の黄興国は、習が長くトップを務めた浙江省の出身だ。習はかつて黄
興国とともに舟山群島の開発区を視察している。今、新たな自由貿易試験
区の設置で注目を集める浙江省の核となる地域だ。海洋開発を掲げる戦略
的な地域でもある。

黄興国は、天津に赴任した後も地元に帰り、習と顔を合わせていた。今年
1月には、習を歴代指導者でも別格の地位を示す「核心」とみなす政治運
動の先頭に立った。

3月の全人代に出席した黄興国・前天津市代理書記。習近平氏の側近とさ
れたが失脚した。

一方で失点も多かった。2015年8月12日、天津では1000人近い死傷者を出
した大爆発事件が発生した。黄興国には、大量の危険物質が違法に港湾地
域に保管されていた

管理責任問題が付きまとう。事件後の処理でもミソを付けていた。事故
後、長い間、表に立って陣頭指揮を執ることを避けたのだ。

中国政治を揺るがす大事件を防げなかったという責任は重い。それでも、
一切の処分を免れていたのは「習の側近であり、17年の党大会で決まる党
政治局委員候補でもあるからだ」とされてきた。それが一転、事件から1
年余り経過した後に失脚した。

■日の出の勢いだった習氏、初の挫折か

重大な規律違反との発表だけで具体的な容疑は不明だ。だが、天津と、出
身地の浙江省などに絡む腐敗問題が表向きの理由になる気配である。

問題は大きな謎が残る大爆発事件との関連である。だが、これには明確に
触れずに終わる可能性もある。大事件の真相は、極めて政治的な理由で闇
に葬られてしまったからだ。

黄興国の失脚から3日後の9月13日。驚くべき人事が発表された。天津市
トップに湖北省党書記だった李鴻忠が就くという。元国家主席、江沢民と
の関係が良いとされる人物だ。

今年、60歳になった李鴻忠は、元党政治局委員、李鉄映の秘書で、旧電子
工業部で仕事をした経験がある。官僚組織を核とする「機械工業閥」を率
いてきた江沢民は、電子工業部長の経験もある。そのため、機械工業、電
子工業系は江沢民の影響力が極めて強い。李鴻忠はその人脈にも属する。

李鴻忠を巡るエピソードで有名なのは6年前、中国メディアの女性記者の
質問に怒り、録音機まで取り上げたという高圧的な姿勢だ。中国メディア
内では強硬のイメージが強い。

習を「核心」に持ち上げる運動にも黄興国と同様に早くから参画した。
「世渡り上手」でもある。今後、天津でミスを犯さなければ来年の人事で
党政治局員として指導部入りしそうだ。

後任の李鴻忠が「習派」とはいえない以上、天津を巡る経緯が、習の思
うような人事ではなかったと推測できる。「習は最近の地方人事の陣取り
で子飼いの集団である『之江新軍』(浙江閥)を数多く押し込むなど、日
の出の勢いだった。天津の結末は、初めての挫折といえる」。北京の政治
ウオッチャーは、最近の風向きの変化を示唆する。

黄興国の腐敗問題を暴く証拠は、既に中央規律検査委員会に届けられて
いる。習側も「そこに腐敗があるのなら虎もハエも分け隔てなくたたく」
と宣言している以上、無視できなかった。それが実情だ、というのだ。

一方、別の見方もあった。今回の人事は、習が一枚上手だった、との解
説である。

「習の側としても、一連の責任問題が残る黄興国の処分に困っていた。だ
から、最近は『黄興国は本当の習の側近ではない』という見方をかなり広
く流し始めていた。今回は『非主流派』の動きを利用する形でうまく黄興
国を切り捨てた」。様々な推測が中国内で出回っている。

遼寧省の不正選挙事件は一大疑獄に発展した。

遼寧省の不正選挙事件は一大疑獄に発展した。

■空前絶後、454人を一括処分

天津での初めての挫折――。それで意気消沈している習ではなかった。も
う一つの大きなヤマが別の場所で動いていたのだ。舞台は中国東北地方の
中心、遼寧省である。それは9月13日に明らかになる。李鴻忠を天津トッ
プとする人事発表と同じ日だった。

中国の議会に相当する全国人民代表大会(全人代)常務委員会のトップ、
張徳江は、異例の臨時会を招集。遼寧省が中央に送っている代表(議員に
相当)102人のうち45人の資格無効を宣言した。

賄賂を送って票を買った大規模な不正選挙の問題だった。代表の半数近く
が汚職に手を染めていたという。空前絶後の一大疑獄事件の勃発だ。その
多くが調査を受け、訴追されることになる。

深刻なのは遼寧省の中である。中央に送る代表を選ぶ省内代表523人が、
不正選挙の賄賂授受などに関わったとされ、そのうち454人の資格が取り
消された。彼らは遼寧各地の要人や著名な企業人だ。

省の全議席は600余りだから、実に85%近くが不正に手を染めたことにな
る。省の政策決議機関は機能不全に陥った。

いわゆる共産党一党独裁体制の中国で人民代表大会=議会は、党の決定
を追認するだけの「ゴム印」と揶揄(やゆ)されてきた。与野党が論戦を
繰り広げる日本など民主主義国家の国会機能とは全く異なる。それでも各
層の代表は内部選抜を経る。

地域では一定の権限も持つ。票の売り買いがあったなら、仕組みを破壊す
る由々しき問題になる。この意味で遼寧省はすでに地方政府の体をなして
いない。

重工業の比率が高い遼寧省は、「供給側改革」に伴う石炭、鉱産物、鉄
鋼などの生産能力削減の結果、今年前半、マイナス成長に陥った。マイナ
ス1.0%とされるが、
実態はもっと深刻だ。過去10年以上、中央政府が多大な資金を投入し、構
造改革を進めてきたはずなのに、成果は全くあらわれていない。

その過去10年以上の改革を仕切ったのは誰なのか。「(04〜07年まで)
遼寧省トップを務めた(現首相)、李克強も責任を回避できないのではな
いか……」。こんな声が、党内でささやかれ始めた。

しかも、今回、人民代表制度を破壊する深刻な腐敗が発覚した。これは
全人代が認定した以上、党最高指導部の合意を得ている。問題となったの
は13年の遼寧省内の選挙だ。

遼寧省トップだった王aは今年3月、不正選挙問題に絡み摘発され
た。13年時点の省ナンバーツーの省長は、李克強に近い現閣僚である。他
にも李克強の人脈とされる現遼寧省幹部は多い。

一部は、今回の不正選挙問題に関わった可能性がある。少なくても遼寧
省の要人ら600人近くが不正選挙に手を染めたと認定されている。その裾
野はなお広く、遼寧省の多くの要人が摘発の危険におびえている。

■遼寧省の新代表は「習派」に?

今回の不正選挙事件で、突然、多くの遼寧省の全人代代表、省内代表が
消えた。近く補欠選挙が行われる。省内の代表の方は大半が入れ替わる。
「多くの新しい代表は、『習派』になるだろう。仮に見かけだけだとして
も」。政界関係者はこうみる。

「習が初めて挫折した天津の人事と、李克強への圧力になる遼寧省の不
正選挙事件は、相打ちとなったのか……」。党内では今、こう噂されてい
る。17年最高指導部人事に向けた前哨戦はすでに始まった。その道は複雑
で険しい。G20を終え内政の闘いに没頭する習近平。米国訪問で視線を浴
びる李克強。2人のさや当てはまだ続く。(敬称略)
                     日本経済新聞 編集委員

            (採録:松本市 久保田 康文)


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