2016年09月28日

◆私の「身辺雑記」(383)

平井 修一



■9月23日(金)、朝6:00は室温21.5度、今日も雨、よく降るなあ。

欧米系のホテルに泊まるとベッドサイドに聖書がある。大体が新約聖書
だ。3分ほど読むと眠れる効用があるが、ホテルとしては客が騒がず、
さっさと眠ってくれた方がいいから聖書を置いているのだろう。

小生は枕元に「毛沢東軍事論文選」を置いている。そういう人は世界で小
生と習近平の2人だけに違いない。小生は中共を叩くために読んでいる。
習は中共独裁を維持し、皇帝になるために読んでいる、が、結局は墓穴を
掘っている。

アカだった小生が議論で勝つためにはマルクス、レーニンの読み込みが不
可欠だった。なんだかんだ言われたら、

「資本論、経済学哲学草稿を君は当然読んでいるよね、君の言うことはど
こに根拠があるの? 無節操な人民戦線戦術なんてレーニンだって言って
いないよね、これを言い出したのはスターリンだ。君は反スターリン主義
と言うけれど、ただの無節操なスターリン主義者じゃないの。勉強しなお
した方がいいぜ」

これで相手はギャフンとなる。

小生は映画「レインマン」に登場する人のように、暗記は得意である。レ
インマンの人はひたすら電話帳を暗記していたが、小生は暗記する価値の
ないものは速攻で消去する機能も併せ持っている。だから発狂しないです
んでいる。この違いは大きい。

マルクス、レーニン、トロツキー、毛沢東・・・ほとんど忘れた。

で、今は「毛沢東軍事論文選」を読んでいるが、毛沢東は大衆向けの優れ
たアジテーターだけに言葉がストレート・・・つまり余計なレトリックと
か形容詞がないから、実に分かりやすい。習近平とは全く逆だ。

毛沢東は一流の真打、習近平は前座以前の付き人であり、座布団を返した
り、お茶を入れたりの新弟子レベルだ。プーチンはワルの真打。習は毛沢
東にもプーチンにもなれない。

毛沢東曰く――

「人類の大多数と中国人の大多数が行う戦争は、疑いもなく正義の戦争で
あり、人類を救い、中国を救うこの上もなく光栄な事業であり、全世界の
歴史を新しい時代に移らせる架け橋である」(1936年「中国革命戦争の戦
略問題」)

結局、毛沢東がやったのは8000万人を殺して貧しい個人独裁国家を作った
に過ぎない。トウ小平がそれを否定して市場経済、改革開放へ舵を切った
から今の経済大国になれた。

習はトウ小平を否定し、毛沢東2.0になろうとしている。国有企業の分割
民営化ではなく、大合併を推進している。狂気の沙汰だ。

歴史は繰り返す、最初は悲劇、次は喜劇として。毛沢東、皇帝を気取った
習は滑稽でさえある。習の笑劇場は間もなく幕を下ろすだろう。

さてさて、1週間前からサビが目立ってきたベランダの鉄柵補修を進めて
きたが、ここ何日も雨続きで作業が滞っている。もうこれ以上は待てな
い、と、雨の合間にペンキの二度塗りをした。あとは仕上げ塗りだけ。
ぐったりしたが、ホッとした。一歩前進の達成感がある。

中共殲滅、支那解放まであと何歩なのだろう。

■9月24日(土)、朝5:00は室温22度、ごくたまに日射しが見えるが、雨
になりそうな曇。洗濯物が乾かないので街の奥さん連中はコインランド
リーで乾かしている。まったく連日の雨は主夫、主婦泣かせだ。

体調が回復しつつあること、また、食材宅配会社からオカズを取り寄せる
ことにしたので夕食を作らなくていいことになったので、あれこれ気に
なっていたことを一気にやりだした。

小生が小学生の頃、平井家の祖母キミさん曰く「修一はまったくマメッタ
イよ」、こまごま実によく動くということだろう。小生は多動児だったよ
うで、65歳になっても体調がそこそこなら実によく動く、ゴロゴロしてい
るのは昼食後の午睡の時の1時間ぐらいで、それ以外は何かやっている。

今日は裁縫で、お気に入りのラニングシャツ(息子のお下がり、お上が
り?)のリフォーム、ポケットの多いサファリベストの修繕、3階のカー
テンの補修など(これには苦労した、ぐったり)。

3階は15畳で、もともとは子供部屋だったが、今はロフト、屋根裏部屋、
子供たちの不用品置き場になってしまった。子供3人はあらゆる不用品を
持ってくる。スノボ、チャイルドシート、趣味の置物、雛飾り、五月人
形・・・今は夏に屋上で遊んだビニールプール、パラソルなどが山積みに
なっている。

これを6時間かけて一気に片づけたが、ほとんど腰が抜ける。相棒のルン
バも必死で床掃除。

きれいになって小生は気分が良かった。ところがだ、同志諸君、世の中は
まったく上手くいかないのだ。昨夜、カミサンはオカズをレンジで温める
だけの料理に満足していたが、今夜はご機嫌斜めである。

「薄味でいいけれど・・・なんか老人ホームのご飯みたいで・・・これか
らも夕食はこれなの?」

つまり2日目にして「もううんざり」ということ。昨日は小生もオカズを
食べて、「なんて旨いんだ、さすがにプロは違うなあ」と大いに感動した
のだが、確かにこれをリピートしたら「うーん、ちょっともう・・・」と
絶対になる、味音痴でなければ。

小生のような普通の人の作る家庭料理は、すこぶる単純、シンプルであ
る。味噌汁にしても、具はいろいろだけれど基本的な味は一緒だ。野菜炒
めも同様で、基本的に塩コショウ、味の素/ホンダシ、あとは皆、好みに
応じて醤油や青のり、オカカ、味ポンをかけたり。

プロはあれこれ工夫するのだが、カロリーやバランスはしっかり計算して
いても、どうしても味付けは「さっぱり」ではなく「コクがある」になっ
てしまう。フレンチのような自己主張の強い料理を日本人は毎日は食べら
れない。「さっぱりしていて、とてもおいしい」「ほんのり甘みがある、
しつこくない」、これが日本人の味覚なのだ。

結局、10月からはもとの素材発注にしたが、小生は夕食作りからはしばら
くは解放されないということだ。いいことだけれど・・・まあ、踏ん張る
しかない・・・複雑な思い。

明日の朝食は和風スパ、お吸い物、果物にする。

■9月27日(火)、朝6:30は室温25度、晴→曇。

土日で一気にベランダ手摺の仕上げ塗りをしてフラフラに。昨日はほとん
ど横になっていた。今度は外側を補修しなくてはいけないが、カミサンに
ハシゴを押さえてもらわないとコケそうなので、日曜あたりにしかできな
い。それまではのんびりと養生しよう。

10時にヘリコプター9機が編隊飛行。皇軍の訓練のようで、兵隊さん、あ
りがとう。

山本泰弘氏の論考「今こそ思え『明治の自主憲法』」(アゴラ9/23)から。

<わが国の憲法論議は、戦後まもなくからその形態が変わらず硬直化して
いる。憲法論議といえば「改憲か護憲か」で攻防すること、あるいは専門
家ばりに条文解釈を論じることというのが一般的な理解だ。

それでは「この国にいかなる憲法があるべきか」という本質的な問いが置
き去りにされ、それを論じることのロマンが共有されず国民的な議論にな
りえない。

明治前期の日本では、20代の若者たちを中心にゼロからオリジナルの憲法
草案(「私擬憲法」)を書こうという全国的なムーブメントがあった。都心
から遥か遠い地方の町や山奥の集落でも、志ある者が学習会を開き、読書
と議論を重ねて独自の憲法草案を作っていた。その代表例である「五日市
憲法」は、近年天皇皇后両陛下が資料館へ足を運ばれたことでも知られる。

わが国では今から130年以上も前に、自主憲法を作ろうという試みが在野
の若者らによりなされていた。この史実は現代の凝り固まった憲法論議に
新たな視点を与える要素のはずだが、全くと言ってよいほど知られていな
いのが悔やまれる。

彼らの功績を当世に甦らせるべく、私はもう一つの代表的な憲法草案、植
木枝盛の「東洋大日本国国憲按」を現代語訳し自身のブログで公開してい
る。自らの智のみを頼りに国家の指針を書くという壮大な挑戦からは、何
物にもとらわれず時代を切り開こうとする大志が感じられる。

憲法改正が現実の政治課題となる今、改憲か護憲かという旧時代的な論議
の仕方からは脱却すべきだ。明治の国士の志を思い起こし、国民有志が今
の日本国にいかなる憲法がふさわしいか考え、案を書く。現代には創造的
な憲法の論じ方が必要だ>(以上)

大体、GHQの日本占領計画が今の憲法であり、主権のない日本に国際法を
踏みにじって押し付けた。こんなガラクタ、コピペを後生大事に守るなん
て狂気の沙汰だ。恥を知れ、恥を。棄憲、暫定憲法、総選挙で信を問う
(あるいは国民投票)というのが現実的ではないか。

GHQ憲法はレイプの産物だ。それを民族の悲劇としてしっかり教え込まな
いと目が覚めない。兵隊さんが決起しないとダメなのか?(2016/9/27)

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