2016年10月04日

◆武装ゲリラ作戦だったのに

宮崎 正弘 



<平成28年(2016)10月3日(月曜日)通算第5049号>  

〜「農村から都市へ」(毛沢東)は、武装ゲリラ作戦だったのに
  都市集中がもたらす国土の荒廃、農地の砂漠化と地方の過疎化〜

EU統合の眼目はヒト、カネ、モノが自由に動き回るという国境なき世
界、EU加盟国の大半が加盟した「シェンゲン協定」は移動の自由を掲げた。
 
実際に何が起きたか?

アルメニアは人口が300万、実は250万に減った。出稼ぎに外国へ出たから
だ。ジョージアも同様で450万国民のうち、40万人が去った。この両国の
出稼ぎ先は旧宗主国ロシア、お隣のトルコ、ギリシアなどである。

バルカン半島の付け根にあるギリシアは度重なるユーロ危機によって、
ATMからユーロを引き出そうにも1日60ユーロに制限された。ジョージ
アやアルメニアへの仕送りが途絶えた。

マケドニアからの出稼ぎも周辺諸国に散った。

アルバニアは600万人のうち、45万人ほどが英国やドイツへ、コソボは
せっかく独立したのに、農家は空屋だらけ、どっと英国やフランス、ドイ
ツへ出稼ぎに出た。

ポーランドからは、じつに100万人が英国へ渡った。移住である。ルーマ
ニアからも、ブルガリアからも。つまり、農村から都市へ、田舎から都市
へ、農業から産業地区へ、EUのなかで、大移動が起きたのだ。

冷戦終結直後、ニューヨークのタクシーに乗ると、「先週ユーゴからき
た。道が分からないので教えてくれ」というドライバーが多かった。その
前までは韓国人のタクシー運転手が目立ったものだった。

このパターンは工業化を急いだ折の日本でもあった。農村の過疎化は、都
市部への集中、産業のある企業城下町はたちまち人口が増えた。

農村は荒廃し、村々は過疎化に襲われる。

中国でおきたことはその巨大版だったのである。

農村から近隣の村々へ、出稼ぎへ出た。近郊のマンションが建ちはじめ、
そのうち地方都市にも建築部ブームが興り、建設現場に人出が不足した。
賃金、現金収集に引かれて、農家の若者がどっと都市部へ出稼ぎにでた。

地方都市は交通のアクセスが悪く、輸出産業は沿岸部に集中する。若い女
工、3k現場の人手不足を補うために、人集め業者が田舎の奥深くへ入っ
てリクルート。
 
こうして地方農村から近郊へ、近郊の農村からは地方都市へ。地方都市か
らは給与の高い沿岸部へと、カネを求めて人々は移動し続けた。

日本や、EU諸国の人々の移動とは、決定的に異なるポイントが中国に
あった。

それは「都市戸籍」と「農村戸籍」という、確乎たる戸籍制度。日本のよ
うな住民票という制度は、中国にはない。戸籍の変更は特例以外認められ
ない。移動した先で、その都市の戸籍がないと医療も受けられず、子供は
学校にも行けない。

この結果、中国で何が起きたか

農村には子供と老人しかいない。農村の荒廃が激甚である。

戸籍を取得できない地方出身者は、北京で、上海で、広州で、天津で、大
連で、ありとあらゆる大都市にかたまって暮らし、こどもたちは学校へや
れないから(地方戸籍だから)、田舎へ返して学校へ通わせる。

農民人口8億5400万人の中国で、「都市化率が51%」、つまり、13億人口
の6億5000万。農村から2億人が消えたことになる。日本の2倍の人口が
農業を捨てると、自給自足の覚束なくなり、中国は食料輸入国に転落した。

いま、同じことがEU諸国と旧ソ連圏で繰り返され、農村の過疎化は農地
の砂漠化を招来し、国土の荒廃をもたらすことになるだろう。
     
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〜香港財界の大物、鄭裕丹。91歳の大往生
 資産166億ドル、「周大福」は5000店舗〜
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香港の「新世界グループ」を率いた総帥、鄭裕丹が9月29日、香港の病院
で91歳の大往生を遂げた。息子のヘンリーによれば、「過去4年間は意識
が無く、寝たきりだった」と言う。

香港最大財閥の李嘉誠と同様に、鄭は広東省から香港へ逃げ込んで、不動
産ビジネスを展開し、マンション建設などで事業を拡大、ホテル業にも進
出し、九龍の海側に「新世界ホテル」を作った。現在はグランドハイヤッ
トホテル。

大当たりは高級宝飾品、金の装飾品の販売をする「周大福「チェーンで、
香港、マカオばかりか、中国大陸に進出し、全土で5000店舗を展開、その
総資産は166億ドル。

1996年だったと記憶するが、香港取材のおり、鄭の総帥室へ押しかけ、1
時間ほどインタビューしたことがある。鄭は英語が出来ず、女性秘書が通
訳をしてくれた。

「共産主義の暴力政権である北京と妥協して大陸に進出するそうだが、無
謀ではないか」と挑発的な質問をすると、怒り出して「わわれわれは同じ
中国人、もう文革のようなことは興らない」と語気険しく、答えたのが印
象的だった。

香港財界の大物がまた一人消えた。合掌。
  
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