2016年10月05日

◆米露関係悪化が領土交渉直撃の危険性

杉浦正章



安倍は針の穴にラクダを通せるか
 

米国がシリア停戦に向けたロシアとの協議を停止すると発表し、米ロ関係の悪化が現実のものとなったが、これが日ロの領土・平和条約交渉を直撃、冷水を浴びせる可能性が生じている。


これまでも米国は領土交渉に向けての日露の緊密化が大統領選での政権の移行期に行われることを内心苦々しく感じていたようだが、米ロ関係の悪化は日米同盟の機微に触れる問題でもあり、首相・安倍晋三は対米関係を取るか、ロシアとの交渉を予定通り推進するかで板挟みになる危険性が出てきた。


ここは対米関係を重視して、過度の対露経済協力への深入りは、ペンディングにするべきかもしれない。さらに日露接近は米国の対中戦略にも合致することを繰り返し説得する必要も出てきた。
 

政治記者たちは見過ごしたが、さすがに民進党の前原誠司は、予算委でポイントを突く質問をした。「私の皮膚感覚では米国の政権移行期に対露交渉を進めることはよいとは思わない。安倍首相が対米関係を軽視しているとは思わないが伝えておく。」などと言明したのだ。


あくまで自分の考えとして質問したが、「伝えておく」という表現や、その他の口ぶりから見ても明らかに自らの米国ルートから相当なクレームが入っていることを物語っている。安倍は「米国の国内情勢に合わせてしか対露交渉ができないとなれば、日露交渉の前にアメリカとの交渉が必要となる。今後新しい政権移行チームに我々のスキームを説明する」と答弁、オバマにも方針を説明して了承されていることを明らかにした。 
 

この日露交渉と対米関係について安倍は前外務次官の斎木昭隆を次官時代に訪米させて、説明に当たらせている。斎木はワシントンで大統領次席補佐官・ブリンケンと会談、「日ロ関係が進展した方が、北東アジアの安全保障環境にとってプラスになる」と説明している。また安倍は別のルートで米国に対露交渉をウクライナ問題と切り離す方針を伝えていると言われる。


確かに北方領土交渉が進展すれば極東の安全保障にプラスになることは間違いない。というのも、一見良好に見える中ロ関係が最近微妙な影を落とし始めているからだ。中国の石油買いたたきがロシアの感情を害している上に、中国が東・南シナ海に加えて北極海にも進出し始めているからだ。中国の戦艦が最近頻繁に大連から日本海を抜け千島を横切って北極海経由でヨーロッパに向かうケースが生じている。


これを安保上の問題ととらえてロシアは、千島列島中部のマトゥア島(日本名は松輪島)で新しい海軍基地の建設を今年中に着手する方針を決めている。国後・択捉に3500人駐屯させている軍隊も増強する方向のようだ。中国の覇権へのけん制が主目的であるとみられている。これは領土交渉へのマイナス要素として作用する。
 

安倍は領土返還につなげる対露経済協力はあくまでG7 (主要7か国)の制裁の枠内としているが、一方で北方領土担当の世耕弘成には「できることは何でもやれ」と指示している。こうした安倍の方針を歓迎してか元駐日ロシア大使のパノフは5日付朝日とのインタビューで「安倍氏の言葉や行動は日本が西側の対露制裁網から事実上離脱したことを物語っている。G7で日本だけだ。」と大歓迎している。


ロシアはG7分断に成功したとの判断だ。明らかにロシアは対日領土交渉をG7分断のプロパガンダに使おうとしている。これは気をつけなければならない問題だ。今年はG7の議長国でもある日本が、自ら足並みを乱したとなれば、米欧からひんしゅくを買うことは必定だ。
 

すべては9月2日のウラジオストクにおける55分間にわたる2人だけの会談で安倍とプーチンが何を語り合ったかが重要だ。気になるのは、このあとプーチンが杭州で記者団に「思い出しておきたいのだが、ソ連はこの領土を第2次世界大戦の結果として手に入れ、国際法文書により登録された。ソ連は1956年に長く粘り強い交渉のあと、日本と宣言に調印した。そこには南の2島(ハボマイ シコタン)が日本側に引き渡されると書いてある。


しかし、この場にいるのは全員が法律家ではないため、私は法律家として次のことを言うことができる。つまり、『引き渡される』とは書いてあるが、どのような条件で引き渡され、どの国の主権が保持されるのかは書いていない。」と述べている点だ。 
 

おそらく「どの国の主権が保持されるのかは書いていない」とするプーチンのポジションは、4島の帰属・主権がロシア側にあることを前提にして、2島返還するときにも「歯舞・色丹は返還でなく引き渡す」というポジションを貫こうとする可能性が高い。もちろん国後・択捉における日本の主権も認めないままであろう。


その場合に重要なのはささやかれている1月総選挙との絡みだ。筆者が見たところ選挙で勝てるのは「ロシアに4島の主権を認めさせ、国後・択捉は交渉継続として、歯舞・色丹の返還を得る」方法しかあるまい。4島がロシアの帰属で、2島を日本に「与える」という形では、野党を勢いづかせて選挙には不利だ。


パノフは「11月15日の山口会談で両国首脳が今後の出発点となるような合意ができれば、平和条約まで持って行くことは十分可能だ」と述べているが、米露関係の悪化で安倍は対米関係も意識しつつ、ラクダを針の穴に通すようなサーカス芸を求められることになる。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)
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