河村 直哉
夜半に静かな秋の風が混じるようになったところで、まず童謡「里の秋」
の話を少し。
■改められた歌詞
外地からの引き揚げ者を励ますラジオの番組で、昭和20年12月に流され
た。よく知られた美しい歌だが、歌詞の一部は改められている。
父の無事の帰還を祈るというのが、現在の歌詞。しかしもとの詩の後半
は、父の武運を祈り、自分も大きくなったら兵隊になって国を守るという
内容だった。放送前、作曲者の依頼に応じて作詞者が書き換えた。
ほかにもある。元気のよい「汽車ポッポ」。もとは汽車に乗った兵隊を見
送る「兵隊さんの汽車」という歌だった。やはり終戦の年の暮れにNHKの
歌番組で歌われる際、作詞者によって改められた。
占領下、連合国軍総司令部(GHQ)による検閲があった時代だった。新聞
や出版、放送など対象はメディア全域に及んだ。戦争擁護、神国日本、軍
国主義、ナショナリズムなどの宣伝。
東京裁判や、GHQが憲法を書いたことへの批判。評論家の江藤淳による
と、終戦翌年の米国の資料で検閲指針は30にのぼっている(『閉された言
語空間』)。
検閲を意識せざるをえなかった当時の事情を考えると、「里の秋」や「汽
車ポッポ」の歌詞が改められたのも、いたしかたないことではある。現在
の形の2つともすてきな曲でもある。
しかし曲にまつわるいきさつが忘れられてしまうことは、恐ろしい。戦争
の時代を懸命に生きた先人の、実際の姿を忘れることになる。そしてこれ
らの曲が自明のように流れているのを聴くと、占領が日本人の精神になし
た刻印がいまだに残っていることを思わざるをえない。
■封印された「海道東征」
別の例もある。
交声曲(カンタータ)「海道東征」が、昨年に続き今年も10月3日、大阪
市のザ・シンフォニーホールで上演される。
記紀にある初代・神武天皇の東征を題材に、わが国の成り立ちを気高く美
しく描いた、日本の至宝といってよい音楽である。神武即位から数えて皇
紀2600年となる昭和15年、奉祝曲として発表された。北原白秋の詩に、
「海ゆかば」の作曲で知られる信時潔(のぶとき・きよし)が曲を付けた。
しかし戦後は、「海ゆかば」とともに「海道東征」も封印された。戦争に
かかわったものを忌避する戦後の風潮が、これらの曲を封じてしまった。
「海道東征」が戦後、上演されたことはほとんどない。
この風潮もGHQの占領政策に由来する。昭和20年12月に出されたいわゆる
神道指令は国家神道を熱狂的な「カルト」とみなし、国だけでなく公的機関の神道
へのかかわりを禁じた。
この方向は、独立後も日本の左傾した勢力によって踏襲される。それは
たとえ
神社への公金支出などをめぐる再三の違憲訴訟や、建国記念の日に対する
反発として現れた。
神武天皇の即位の日である2月11日は、もともと紀元節として祝われて
いた。GHQは
戦後まもなく日本の祝祭日を見直させ、それらが本来持っていた宗教色は
薄められる
ことになった。紀元節の復活は認められなかった。
独立後も左派などが反対し、建国記念の日が祝日としてようやく復活し
たのは昭和
42年。しかし現在も建国記念の日に反対する集会が2月11日に開かれるな
ど、偏向は
なお根強い。
■呪縛からの解放
昨年の大阪での「海道東征」コンサートでは、本公演、追加公演とも感
動が会場に
あふれた。涙する人も多くいた。ゆがめられた日本という国が、まっすぐ
に現れてき
たことによる感動ではなかったかと思う。
コンサートにはさまざまな人の尽力があった。本紙正論メンバーで都留
文科大学教
授、新保祐司氏もその一人。正論欄でも何度か「海道東征」に触れていた。
氏の近著のタイトルは、まさに『「海道東征」への道』という。昨年の
コンサート
について、聴衆は「戦後の精神的呪縛から解放された喜びを感じたのでは
ないか」と
書いている。同感である。
文学のように音楽も、国民の精神をなす。呪縛を脱し日本人の音楽を取
り戻した
い。それは「戦前回帰」や「復古」などという皮相な言葉とは次元を異に
する。日本
人が自らの歴史を取り戻すことにほかあるまい。
この秋再び、日本という国は鮮やかに現れてくるだろう。(かわむら
なおや)
産経ニュース【日曜に書く】GHQの呪縛を脱し日本人の音楽を取り戻そ
う 論説委員 2016・9・11
(採録:松本市 久保田 康文)