2016年10月28日

◆中国の外交的勝利なのか

福島 香織



ドゥテルテ訪中は中国の外交的勝利なのか

暴言と麻薬犯罪の容赦ない掃討ぶりで、日本でも注目されているフィリピ
ンのドゥテルテ大統領は25日から日本を訪問。この訪日による日本とフィ
リピンの外交成果については、この原稿を書いている時点ではわからない
のだが、その前に行われたドゥテルテの訪中については、すこし整理して
まとめておく必要があるだろう。

ドゥテルテ訪中によって、南シナ海情勢は何か変わるのか変わらないのか。

「日本より先に」「六中全会前に」

ドゥテルテは10月18日から4日の日程で北京を訪問、国家主席の習近平は
じめ、李克強(首相)、張徳江(全人代常務委員=国会議長に相当)、張
高麗(国家副首相)らと会談。CCTVの単独インタビューを受けて、南シナ
海の共同開発に意欲的な姿勢を見せたうえに、中国フィリピン経済貿易
フォーラムで講演し、演説の最後に「我々は軍事、経済上を含めて米国と
の関係から離脱すると謹んで宣言する」などとのたまわったものだから、
米国国務省が慌てて、真意を説明せよと要請する事態も起きた。

フィリピン側は「米国依存から離脱するという意味で、関係を断絶すると
いうことではない」と弁解するも、フィリピン金融市場ではペソや株価が
一気に下落し、国際社会も動揺している。

このドゥテルテ訪中が決定したのは、日本訪問の日取りが25日に決まって
以降。これは中国が執拗に、日本よりも先に訪中をしてほしいと促した結
果である。

中国としては日本に訪問して鼻薬をかがされる前に、チャイナマネーで
フィリピンをからめとりたいという意向もあるが、それ以上に、六中全会
前に、フィリピン外交および南シナ海問題で、政敵に見える形の勝ち星を
挙げたい、という意図が見えた。

24日から始まる六中全会とは党中央委員会第六回全体会議、すなわち共産
党にとって年に一度の最重要政治会議であり、ここで来年の党大会に向け
た人事その他の布石が行われる。

習近平としては、ここで68歳の定年制の枠を外すなど、長期独裁体制へ
の方向性を打ち出したいところなのだろうが、党内のアンチ習近平勢力は
意外に根強く、中国に圧倒的不利なハーグ裁定を許した習近平外交の脇の
甘さなどを攻撃している。

ハーグ裁定が発表されて以降、習近平から強いプレッシャーを受けた外
相・王毅の怒涛の対ASEAN外交の結果、その後のASEAN関連の国際会議で、
裁定を理由に中国を表立って非難する声は、公式の声明、コミュニケに盛
り込まれることはなかった。

中国としてはスカボロー礁実効支配という目標遂行に利する、一方の当事
国のフィリピンの“裁定棚上げ”あるいは、米国などの介入を完全に遮断す
る“共同開発”の言質をとれば、それ以前の失点を上回る外交勝利を収めた
ことになる。共同声明にそれが含まれるか否か、おそらくは今回のドゥテ
ルテ大統領訪中のハイライトであった。

135億ドルの大盤振る舞い

さて結果からいうと、中国は期待したほどの成果は得られなかった、よう
である。

共同声明の南シナ海関連の部分を抜き出して、見てみよう。

「双方は南シナ海の問題について見解を交換した。双方は争議問題は中比
関係のすべてではないことを改めて確認。双方は適切な方法によって南シ
ナ海争議を処理することが重要であるということで意見を交換した。双方
は平和と安定を維持、促進し、南シナ海の航行の自由と飛行の自由の重要
性について改めて確認し、国連憲章と1982年の国連海洋法条約が公認する
国際法の原則に従い、武力や武力に相当する脅威を訴えることなく、直接
に関係する主権国同士での友好的交渉、協議によって、領土および管轄権
の争議を平和的に解決することを改めて確認した」

「双方は2002年の『南シナ海行動宣言』と2016年7月25日のラオス・ビエ
ンチャンで採択された中国‐ASEAN外相会議での宣言を振り返った。双方は
宣言が有効的に実施され、協議の上に南シナ海行動規範の早期成立のため
に共同の努力を願うことを全面的に確認した」

「双方は継続して協議し、互いの信頼を醸成し、南シナ海において自制を
保った行動をとり、争いを複雑化させずに、平和と安定への影響を拡大化
することを確認した。これに鑑み、その他メカニズムで補いながら、また
その他メカニズムの基礎を損なわないように、新たな協議メカニズムを打
ち立てることが有益であり、双方は南シナ海について各自直面する問題お
よびその他関心事について、定期的に協議が持てるだろう。双方はその他
協力を展開できる領域を探ることで同意した」

声明文を読めば、南シナ海問題について、当事者同士が話し合って解決と
いうかねてからの発言以上に踏み込めなかったことがわかるだろう。南シ
ナ海の共同開発についても「その他協力を展開できる領域を探る」という
無難な表現で終わった。ハーグ裁定やスカボロー礁の問題に関する具体的
な文言も入らなかった。

一方、中国側のフィリピンに対する援助は13項目あり、海上警察協力のほ
か、およそ135億ドルに相当する経済協力という大盤振る舞いをした。
フィリピンバナナをはじめフィリピンの果物輸入禁止やフィリピン旅行禁
止の制裁を解いたことは、フィリピン経済への大きな贈り物となった。

こういった状況から、中国党内一部からは、フィリピンに対する“贈り物”
に見合った成果を上げられなかったという批判がでている。中国経済が悪
化の一途をたどっている中、外国にここまで経済支援をする必要があるの
かという世論もネット上などで盛り上がっている。

声明文には盛り込まれていなかったが、帰国後のドゥテルテの発言から、
スカボロー礁周辺で中国漁民の漁を認める方向ですでに話し合いが進めら
れているようでもあり、同時に年内完成を目指していたはずのスカボロー
礁の軍事拠点化計画は9月下旬の段階で延期が伝えられている。

とすると、中国側の譲歩の方が大きすぎるという意見も、もっともだとい
うことになる。

では、習近平が老獪なドゥテルテに翻弄されて、対比外交をミスったとい
うことになるのだろうか。

「母方の祖父は中国人」

中国側の真意については、一般に言われているのは、米比離反をまず成功
させ、中国サイドに引き込んでから、スカボロー礁の実効支配を確実にす
ればよいので、ドゥテルテに対米離反を決心させるためにスカボロー礁基
地建設延期という譲歩を提示した、という戦略である。中国にとって最大
の目標がドゥテルテの米依存離脱宣言であるとしたら、それは成功である。

中比経済貿易フォーラムの講演でドゥテルテは、次のように言い放っている。

「中国と我々の関係が良くなり、米国は多少焦っている。米国はプーチン
を恐れているが、それは彼に自信があるからだ。欧州情勢は微妙で、ギリ
シャは救いようがなく米国人はアフガンで過ちを犯し、現在医療システム
を支える資金の保証もない。…

ASEANにおいてカンボジアは中国の真の友人であり、盟友であろう。ラオ
スもだ、ベトナムもだ。インドネシアは中立だが、フィリピンは非常に中
国に傾倒している。


米国にはフィリピン人の生活境遇を真に改善する力はない。日本にだって
できない。日本は我々に援助してくれるだろうが、それは中国にもでき
る。日本も鉄道を作ってくれるだろうし、韓国もそうだろうが、しかし、
我々はより中国に傾倒していて中国から融資を受けたいのだ。なぜなら、
あるとき中国が我々に長期の融資をしてくれて、その後、我々との友誼の
ために、その融資の返済を帳消しにしてくれたことがあるからだ。日本や
韓国では、こんな風にいかない。中国からの資金は充足しているが、私が
さらに中国が好きなのは、さらに、あなた方の真心なのだ。…

中国はこれまで人を侵したことがなく、人を侮蔑したことがない。これが
私にとっては重要だ。私の母方の祖父は中国人である。だから中国人の特
性をよく知っている。友人として、中国はいつも喜んで人を助け、我々の
間の友誼の源流は非常に遠くから流れているのだ。私の個人の経験から
も、このことは深く理解している。…

政治、文化が絶えず揺れ動く時代、米国はすでに負けている。私はロシア
に行ってプーチンに会い、フィリピンは中ロのパートナーになると告げる
つもりだ。…

我々は軍事、経済上を含めて米国との関係から離脱すると謹んで宣言す
る。もちろん、もしあなた方が経済上、米国との間に問題があるようであ
れば、我々があなた方を援助する。あなた方が我々を援助するように」

リップサービスにしては行き過ぎた中国へのラブコールと米国批判に、講
演会ではやんやの拍手が起きた。大統領にここまで言わせたという点で、
中国としては、とりあえず、身銭を切った価値があった、という解釈もある。

いくら後で、米国との関係を断絶するわけがない、などと言いつろったと
ころで、フィリピンが米国から中国・ロシアに同盟関係を乗り換えたいと
公式に言っているのと同じである。かつて米外交誌・フォーリンアフェ
アーズ(9月27日 ウェブサイト)の記事で「ドゥテルテの登場がアジア
太平洋秩序を変えることになるかもしれない」と強い懸念が示されて
いたが、その懸念を今更ながらに痛感する。

フィリピンを信用しすぎるな

上海社会科学院国際問題研究所の研究員・李開盛は英フィナンシャルタイ
ムス(中国語版)に対するコメントで、今回の対比ばらまき外交は、「帳
尻があっている」と評価している。根拠は、会談中に、フィリピン側に仲
裁裁判のテーマを持ち出させず、両者の話し合いで南シナ海の問題を解決
すると重ねて言質をとったこと。米国のアジアリバランス戦略に重大な打
撃を与えたことを挙げている。

「ドゥテルテはハーグ裁定の棚上げをしただけでなく、米軍との合同パト
ロールにも参加しないと宣言し、2度と米軍との合同演習も行わないとも
宣言した。

これは米国の南シナ海戦略を根底からひっくり返す。フィリピンは来年、
ASEANの議長国になり、フィリピンと中国の協力関係が与える影響はさら
に効果を発揮し、おそらく米国の中国に対するけん制に対し、ASEANがさ
らに嫌がるようになってくる」

ただこういう見方に関しては、反対意見もあり、人民大学国際関係学院の
時殷弘教授がニューヨークタイムスの取材に次のようなコメントを寄せて
いる。

「中国がドゥテルテを信用することはそれほど簡単ではない」

「フィリピンにワシントンとの親密な関係を放棄させ、カンボジアやラオ
スのように完全に中国サイドに引き込むことは非現実的だ」

国際社会をより俯瞰している中国学者の間では、フィリピンを信用しすぎ
るなという慎重論の方が強く、むしろ一刻も早くスカボロー礁の埋め立て
を完成させることの方が重要という意見も多い。

冷静にみてみれば、ドゥテルテがどのような言葉を誰に言ったところで、
フィリピン一国には軍事的にも経済的にも中国の「核心利益」であるスカ
ボロー礁軍事拠点化を阻止する実力はない。中国の南シナ海陣取り戦略を
阻止できるのは、最終的には米国の軍事力、経済力を背景としたASEAN、
国際社会としての抵抗力であり、中国がドゥテルテを信頼しなくても、今
回の訪中でのそのビッグマウスが米国や国際社会のフィリピンに対する信
頼を揺るがしたという意味では、中国としては外交的な一勝と
言えるかもしれない。

米国こそが危機的状況を招いた

もっとも、南シナ海の事態をここまで悪化させた張本人は何といっても米
国オバマ政権であることは間違いない。

海軍司令官・呉勝利はファイアリークロス島など南沙三島の埋め立てがあ
まりにも順調にいったことについて、かつてこう発言している。

「思いがけなかったことは、習近平主席が我々をこんなに支持してくれて
いること、我々の埋め立て工事・建設能力がこんなにも強力であったこ
と、そして米国人の反応がこんなに鈍かったこと」

ドゥテルテの言動やフィリピンの突然の外交政策転換を批判するより、米
国こそがこの危機的状況を招いたということを認識してほしいというの
が、南シナ海情勢が自国の安全保障問題に切実に絡んでくる日本人として
は本音である。

【新刊】中国が抱えるアキレス腱に迫る

赤い帝国・中国が滅びる日』

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/218009/102500069/fukushima_bo
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「赤い帝国・中国」は今、南シナ海の軍事拠点化を着々と進め、人民元を
国際通貨入りさせることに成功した。さらに文化面でも習近平政権の庇護
を受けた万達集団の映画文化産業買収戦略はハリウッドを乗っ取る勢い
だ。だが、一方で赤い帝国にもいくつものアキレス腱、リスクが存在す
る。党内部の権力闘争、暗殺、クーデターの可能性、経済崩壊、大衆の不
満…。

こうしたリスクは、日本を含む国際社会にも大いな
るリスクである。そして、その現実を知ることは、日本の取るべき道を知
ることにつながる。

KKベストセラーズ刊/2016年10月26日発行
                (採録:松本市 久保田 康文)

   


         
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