2016年12月06日

◆真珠湾慰霊は王手飛車取りのリバランス

杉浦 正章



安倍は同盟重視路線に回帰
 
早期解散への布石の側面も
 

首相・安倍晋三の外交のうちでも快心の一手ではないか。あらゆる方向を見てもプラスにしか作用しない、王手飛車取りだ。安倍の現職首相として初めての真珠湾への慰霊訪問は日米、日露、日中、対トランプ外交においてプラスである。


その背景には安倍が米、露、中のはざまで、再び均衡を取るいわば「アベノ・リバランス」ともいえる外交路線の調整がある。これで安倍は15日のプーチンとの領土交渉が大きな進展を見せなくても、日米同盟関係強化で年内に外交的な地歩を確保出来る。これが国内政局にプラスに働くことは間違いなく、再び1月解散・総選挙ムードが台頭するかもしれない。
 

日米外交史の中で見れば、フォード来日と昭和天皇訪米のいきさつに酷似している。筆者はワシントン日本人記者団代表として、フォードに大統領専用機エアフォース1に同乗させてもらったからよく覚えているが、あのときもバーターの色彩が濃厚であった。左翼の反対で1960年のアイゼンハワーの訪日断念のあと、フォード訪日は74年に実現した。米大統領の訪日は1858年に日米修好通商条約が締結されてから116年目のことである。


天皇陛下との会見に際してフォードは「足が震えるほど緊張した」 と正直な感想を述べているが、天皇に訪米を要請。天皇はこれに快く応じて翌75年に実現した。ホワイトハウスにおける晩餐会で天皇は訪米の目的を「私が深く悲しみ(deeply regret)とする、あの不幸な戦争の直後、貴国がわが国の再建のために、温かい好意と援助の手をさしのべられたことに対し、貴国民に直接感謝の言葉を申し述べることでありました」 と述べた。帰途ハワイに立ち寄ってハワイ島で静養したが、パールハーバーの慰霊碑を訪れてはいない。ただしワシントンのアーリントン墓地では献花・慰霊をしている。
 

安倍もオバマの広島初訪問の答礼のような形で真珠湾攻撃で沈没した米艦アリゾナの上に立つ。「アリゾナ記念館」をオバマとともに訪れ戦没兵士らを慰霊する。この安倍のバーター的なハワイ訪問は、オバマの広島訪問の話が出始めた今年の春頃から日米双方でささやかれていた。しかし安倍が最終決断したのは、リマでオバマと会談する直前であったようだ。会談と言っても、実際はごく短時間の立ち話程度であった。


その理由はホワイトハウスが、安倍が事前に行ったトランプとの会談に激怒した結果といわれている。ホワイトハウスはオバマがたとえレームダックであるとしても、他国の首脳が手のひらを返したように大統領が2人いるような会談をすることには反対であり、事前に相当のクレームを付けてきている。


それでも安倍は強行したわけであり、オバマがぶんむくれている時の会談となった。ところが安倍が巧妙であったのはこの短時間をフルに活用して、オバマの望んでいたパールハーバー訪問を持ち出したのだ。オバマはさすがに紳士で「あなたにとって強いられるようなものであってはならない」と安倍を思いやるゆとりを見せながらも、満足そうな表情であったという。
 

こうして慰霊碑訪問でオバマのご機嫌を取ったことになるが、結果よければすべてよし。オバマも最終段階でレガシーを一つ作れることになる。それでは、慰霊碑訪問がどのような外交的アドバンテージをもたらすかだが、まずトランプに対して、日米同盟関係の重要性を認識させるための絶好の行事となる。トランプはもともとアジアには関心が薄く、その日本核武装論や防衛費分担論は聞きかじりを基にした発言であり実に軽い。


安倍の真珠湾訪問に関しても「オバマは日本訪問中に真珠湾について議論したのか。何千人もの命が奪われている」 などととんちんかんなことをネットに書いている。広島訪問がバーターであるという認識が全くない。情報が入っていない証拠である。そのトランプに安倍の真珠湾訪問と、オバマが主要国首脳とおそらく最後になる会談相手に安倍を選んだことがどう映るかだ。


いくらアジアに疎いトランプであるにしても、米国の世界戦略から見た日本の重要性にやっと気付くに違いない。日米同盟によって米軍のアジアや中東への展開が可能になっている現実を知る事になるのだ。日本の基地提供がなければ、トランプ自身の対中強硬路線が成り立たないことが分かるのだ。
 

さらにアベノリバランスは対露関係に顕著に表れる。日露領土交渉は、15日の長門会談にむけての外相・岸田文男の訪ロが進展を見た気配がない。5日の政府・与党連絡会議で安倍は「1回の会談で解決出来るような簡単な問題ではないが、着実に前進させたい」と述べるにとどまっている。この発言は明確に大きな進展がないことを物語っている。


当初9月のプーチンとの会談では大きな前進を予感させるものがあり、その時に明らかに安倍は対米関係やG7との関係を、棚上げにするかのように対露傾斜の姿勢を見せた。長門会談に大きな進展がないとなれば、安倍は日米重視に傾斜するしかない。これが再均衡路線となると言える。
 

対中関係については、日米が大統領の広島訪問と、首相の真珠湾訪問で真の同盟関係に発展してゆく様を習近平が思い知ることになる。ここにくさびを打ち込むのは容易でないと思い知ることにもなるのだ。これが日米同盟による中国のやみくもなる膨張政策への抑止力として働くであろうことは言うまでもない。
 

こうして安倍が外交のリバランスで軌道を修正し始めたことは世界情勢にも少なからぬ影響をもたらすものにほかならない。従って大きな進展が望み薄の日露平和条約交渉のマイナスを真珠湾訪問と日米関係緊密化が補うことになるのだ。これはかなり国民に対して訴求力があり、安倍が政局の主導権を握って、早期解散・総選挙を選択してもおかしくない情勢へと発展する可能性を秘める。

         <今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)  
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