杉浦 正章
安倍は「友情ある説得」を忍耐強く続けよ
ノーベル賞受賞の経済学者ステイグリッツがトランプの保護貿易主義と孤立主義は、トランプを支持した中間層をいっそう窮地に追いやるとダボスで警鐘を鳴らしている。逆効果だというのであるが、もはや映画「馬鹿が戦車でやってくる」レベルであり止まらない。世界各国もはらはらしながらかたずをのんで20日の就任後の政策を見守っている。次期報道官のスパイサーは17日、「就任初日に大統領の権限を使っていくつかのことを行う」と予告した。
また「23日に大きな問題に集中的に取り組む」とも言明した。内容が注目されるが既にトランプは11月22日に、初日に大統領令で行う6項目の政策リストをテレビ放映している。その中で第一に挙げたのが環太平洋経済連携協定(TPP)からの撤退である。撤退して、2国間の自由貿易協定(FTA)締結を求めるというのであるが、日本の場合TPPと比較して格段に不利な立場に追い込まれる事は避けられず、もはや事態は危機管理の段階に入りつつある。首相・安倍晋三は自由貿易の旗を、より一層先頭に立って掲げなければならない状況に入った。
トランプは就任時の支持率がオバマのたったの半分の40%でスタートする。トランプは最初の政策のリストに関する演説の冒頭で「貿易に関しては災いとなるTPPからの撤退を通知する。その代わりに雇用と産業をアメリカに取り戻すために公正な2国間の貿易協定の交渉を行う」と明言している。これに加えてオバマが推進した医療保険制度改革いわゆるオバマケアの撤廃、メキシコ国境の壁などで具体的方針を打ち出す可能性が高い。
TPPに関しては、最後の望みの綱はトランプの翻意だが、米議会などでも悲観論が強い。TPPの実現度を探るため訪米した自民党政調会長茂木敏充は17日、米共和党の上院軍事委員会海軍力小委員長ウィッカーと会談したが、ウィッカーもTPPについて「トランプ次期大統領は脱退すると言っており、すぐに動かすのは難しい。辛抱強くやっていく必要があるのではないか」と助言した。
多国間のFTAは2国間のFTAが壁にぶつかったから推進されてきたのであり、2国間のFTAに巻き込まれるのは実に危うい。多国間なら一方で譲歩をしても別の部門で成果をあげて総合的にはプラスに持ち込むことができるが、2国間だと要求が正面からぶつかる。一方的な市場開放要求を突きつけてくる可能性がある。トランプはほぼ確実にTPPで日本が譲歩した水準を2国間でも要求してくることが目に見えているからだ。従って日本は安易に2国間交渉に応じる必要はない。条約、協定優先の国際法を縦に蹴飛ばせばよい。
まずどう対応すべきかだが一番影響を受ける日本が先導して、各国に自由貿易推進、保護貿易排除の国際世論を盛り上げることだろう。安倍はまずアメリカを除くTPP加盟11か国の団結を維持してトランプに翻意を促してゆく必要があるのだろう。トランプ政権短期説や「4年を全うするのがせいぜい」という見方も出ており、早まってTPPを漂流または空中分解させてはならない。11か国でも維持することによって、さらなる発展が期待できるからだ。
その点では安倍が東南アジア4か国を歴訪して、豪州、ベトナムなどとTPP推進を確認したのは正しい動きだ。とりわけ豪州は資源ブームの終息で経済減速に苦しんでおり、TPPを景気回復の起爆剤としたい思いが強い。議会では近くTPP関連法案の審議が始まるが、首相ターンブルは安倍との会談に勇気づけられたのか「 TPPに反対する野党はポピュリズムの保護主義だ」と激しい論戦を展開している。
さらに重要なのは欧州連合(EU)とのFTAだ。EUは貿易量が10%に達しており、メガ交渉の中で現在唯一の野心的で希望が持てる対象である。英国の単一市場脱退など保護貿易の動きがあるが、早期に
合意に至る必要がある。
とりわけドイツ、フランス、オランダは選挙の年であり、保護主義が台頭しつつある。これを食い止める一助にするためにも早期実現が不可欠だ。安倍は「TPPの成果を礎としてRCEP(東アジア地域包括的経済連携)などより大きな協定を目指す」と発言しているが、RCEPは国営企業が50%を占める中国主導であり、自由化の度合いも低い。TPPと融合させるなら、日本が主導権を取るくらいの覚悟が必要だろう。
このような動きを日本が率先して展開することにより、トランプの保護主義・孤立化をけん制し、食い止めるべきである。従って早期に日米首脳会談が行われる場合は、明確にトランプ路線を否定する必要がある。ゲイリー・クーパーではないがそれが何よりの「友情ある説得」になるのだ。
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