2017年02月04日

◆末期癌患者は無医村状態

松永 美佳子(医師)



現在日本の死因の3分の1は、癌によるものです。癌は年々増加傾向にあり、高齢者の手術や様々な化学療法、放射線療法など積極的治療が盛んに行われています。

ところが、それらの治療が効果を示さなくなった、いわゆる「末期癌患者」の置かれた状況は、“無医村状態”と言わざるを得ない状態なのです。

病院に入院していても、主治医や看護師は積極的治療を受ける患者の治療や看護に忙しく、肝心の「末期癌患者」の痛みや様々な症状の治療、看護にゆっくり向き合うことが出来無いのが現状です。

癌の痛みや様々な症状への対応は専門的知識を必要としますが、ほとんどの病院には専門医が居らず、充分な治療も受けられていません。さらに、死に直面すれば精神的な苦痛も非常に大きくなりますが、そうした精神面でのサポートもほとんどなされていない状態です。

また、家に帰って通院している癌患者も大変です。通院出来ている間はまだいいのですが、次第に病院での待ち時間が辛くなり、その結果通院も困難になるのです。

それでも患者さんの多くは、必死で通院を続けますが、そうなっても何時間も待たされ、3分医療です。様々な苦痛を詳しく訴える時間もなく、効果のない薬を処方されて、家で苦しんでいる方がたくさんおられます。

こんなふうに通院が次第に困難になると、家族が病院に通院して、代わりに薬をもらって来ることになります。何故かといいますとそれは最期になったら、その病院に入院させてもらわないといけないので、病院と縁を切るわけにはいけないからです。

こうして家で苦しみながら最期を迎えた患者は、最期の最期に救急車で病院に運ばれ、息を引き取ります。病院にいても、家にいても、「末期癌患者は無医村状態」なのです。

わたしたちは今、「在宅ホスピス」に取り組んでいます。在宅ホスピスとは、癌患者の様々な苦痛を家でコントロールし、最期まで自分らしい人生を過ごしていただけるようサポートすることです。入院している癌患者の方は、多くが家に帰りたいと願っています。

今までは、強い痛みや吐き気、便秘、倦怠感、呼吸困難など様々な症状を抱えて家に帰ることはほとんど不可能でした。家に帰っても、医師の訪問を受けることなく、死ぬまで身体的、精神的苦痛に苦しんでおられました。当然それを支える家族の不安や負担は、計り知れないものがあります。

点滴を受け、死ぬまで病院の天井と睨めっこしめながら生きるのではなく、癌と闘いながらでも、最期まで家族とともに過ごし、最期まで自分らしい人生を生きることに人間の尊厳があると思うのです。

そうした願いを叶えるには、医師、看護師、ケアマネージャー、事務、ケースワーカー、ヘルパーなど様々な業種がチームを組み、24時間、365日体制で患者さんやその家族を支えるシステムが必要となります。

頻回な訪問により、痛みを和らげ、様々な症状を緩和する努力を行い、死と向かい合う苦痛に対して、患者・家族を支える医療スタッフの存在なしには実現しません。苦痛のないその人らしい最期を迎えられることが、わたしたちの願いなのです。

さて、このような在宅ホスピスを充実させるには、「在宅ホスピス」に対応する以前のステージとして、新しい「入院施設」を併設することが理想的だと考えます。

実はわたしたちが患者の家を訪問し、痛みや吐き気、不眠、呼吸困難などの症状を緩和する時、そのコントロールに難渋する瞬間があります。

麻薬などの難しい薬を使う場合、その患者さんに合った適切な薬の量や種類を調節する時や、その副作用に目が離せない時などです。

このようなとき、薬を調節する間だけでもこの「入院施設」に一旦入院させ、調節できた後、ご自宅へ帰すことができれば、ご家族の負担がかなり軽減されますし、その症状コントロールもよりし易くなると思われます。

また、経過が長期になると、ご家族の疲労が溜まることが多々あります。そのような時、一時的に患者をこの「入院施設」で預かってあげることが出来れば、ご家族の精神的、身体的な負担も軽減出来ると思うのです。

このようなことを考えると、入院先が市民病院や大学病院などでは敷居が高く、気軽に入退院させることができません。

治療をしている医師が変わることにより、症状のコントロールがうまくいかなくなることも考えられます。退院させるタイミングもうまくいかなくなります。折角家で最期をと思っていても、退院のタイミングが合わず、帰って来れなくなります。

もう一つ、わたしたちが「入院施設」を持つことには、大切な意味があります。現在、厚生省も在宅を勧めていますが、病院では、医療スタッフが患者さんを家に帰すタイミングが分からず、在宅への準備が出来ずに家に帰れない患者がたくさんおられます。

家族も知識がなく、介護に対する不安から迷います。そうしているうちに退院が遅くなり、現在では、ほとんどの方が、家に帰ってから1,2週間から1ヶ月程度で亡くなられています。

最期の1ヶ月というものは、痛みやその他の症状も強く、ほとんど寝たきりの状態となります。そのような時期に家に帰ってきても、自分らしい生活を送ることからはほど遠いと言えましょう。痛みを抑えるために麻薬も使用され、意識もぼーとしています。思考もはっきりしなくなります。

患者の生活の質をあげるには、もっと早い時期に在宅に移すことが必要です。もし、わたしたちが「入院施設」を持てば、一旦わたしたちの所へ入院してきた患者さんに対して、わたしたちの手で在宅への準備を進め、適切な時期に家に帰してあげることができます。必要ならまた入院させてあげられます。

そうしたバックグランドがあれば、患者やご家族も安心して家に帰ることができるでしょう。

このような理由からわたしたちは近い将来、「在宅ホスピス」のサポートセンターとしての「入院施設」を是非作りたい念願しています。わたしたちの現在のクリニックは大阪千里中央のビルで、「外来」と「在宅」を受け持っており、大変忙しい状態です。

特に在宅においては、癌の末期は症状の変化が早く、朝の状態と昼、夕方の状態が異なり、その対応には時間単位で対応しなければならない時があります。

そのような中で、お互いにコミュニケーションを取り合い、質の高い医療を行おうとすると、「入院施設」は現在のクリニックの近くに隣接することが理想的です。外来と患者宅と入院施設の間をスタッフが効率よく動き回るには、「入院施設」が遠方にあっては意味がありません。クリニックに隣接する「入院施設」であればこそ、ベストな医療環境といえるでしょう。
     
もしこれが実現すれば、このシステムは日本で癌のターミナルケアを行う上でのモデルケースとなります。

厚生省は在宅ケアをさかんに勧めていますが、実際には問題が山積みです。このシステムを成功させることは、今後日本の各地で、在宅ホスピスを広めるために必要なことと思われます。

多くの「末期癌患者が無医村状態」になっている中、少しでも早くこうしたことが実現することを、多くの患者やその家族が待ち望んでいると思います。そして、「末期癌患者の無医村状態」を無くす意味からも、このシステムを一日でも早く実現させたいと願っています。(再掲)

(千里ペインクリニック 院長)http://www.senri-pain.jp
(大阪大学医学部卒・日本麻酔学会専門医・日本ペインクリニック学会認定医)

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