2017年04月30日

◆「鉄の同盟」に決定的な亀裂

宮崎 正弘 



<平成29年(2017)4月29日(土曜日)通算第5272号>   

〜パキスタン、中国との「鉄の同盟」に決定的な亀裂
  一帯一路プロジェクトの要。インドネシア新幹線に続いて深刻な暗雲〜

習近平の夢は、「一帯一路」(シルクロード構想)という世紀のプロジェ
クトを成功に導くことである。アジア一帯に覇権を確立するという中国の
壮大な野心の実現だ。

すでに東シナ海と南シナ海を事実上、軍事制圧し、次はロンボク海峡とマ
ラッカ海峡の要衝であるインドネシアには新幹線プロジェクト(ほぼ挫折
中)。

陸続きのラオス、ミャンマーへは水力発電所プラント、そしてスリランカ
に潜水艦寄港のハンバントラ港工事(これはほぼ完成)とコロンボ沖合に
人口島、新都心建設(工事は三年遅れで始まったが先行きは暗い)、バン
グラデシュへも東南端のチッタゴン港湾工事計画。

いずれも「海のシルクロート」の通り道。同時にインドを囲む大戦略の一
環でもある。

パキスタンのグアイダール港工事は、将来的に中国海軍の空母、潜水艦、
軍艦の基地化を狙い、その先がジブチだ。すでに後者のジブチ政府とは合
意し、中国は1万人の軍駐留規模の基地を建設する。

パキスタンと中国は半世紀を超える「軍事同盟」である。パキスタンは事
実上の軍事政権、しかも核武装国家。パキスタンには中国との合弁による
戦車工場もイスラマバードの近郊にある。

基本的にイスラム国家のパキスタンが中国と軍事同盟を組んできたのは地
政学的理由が筆頭で、インドとの敵対関係から、中国の援助を必要だっ
た。しかし無宗教の中国を、高潔なイスラムの理想を掲げるパキスタン民
衆が快く思うはずがない。

パキスタンの反中国感情は末端のレベルで苛烈、中国人労働者への襲撃、
テロ事件が起こっている。
 おまけにグアイダール周辺はイスラマバード中央政府に敵対的な部族が
支配する治安の悪い地区として悪名高い。


 ▼もともと発想が貧弱すぎたのだ

中国はパキスタンの西南端グアイダール港工事を請け負い、一本のバース
は完成したが、ほかは工事中。このグアイダール港から延々と道路建設、
パイプライン敷設工事を敢行中で、中国との国境へ至る。

これを「パキスタン回廊」と呼ぶ。

中国とパキスタンの友好のあかし、同盟の強化の中軸にあるプロジェクト
だと位置づけた。

 目算が狂った。

すでに拙作でも途中経過報告的にレポートしてきたが、パキスタン政府が
悲鳴を挙げたのである。

第1に政府の歳入が増えるどころか、中国のもちかけてきた世紀の大プロ
ジェクトが、歳出増となって外貨準備も底をついた。

理由は中国の工事現場の治安悪化、そのためにパキスタンは軍の治安部隊
を15000名も割いて、中国の労働者の警備にあたる。

ついでに言えば中国人労働者とは囚人が殆どで、工事が終われば現地解散
(つまり棄民)、現地に溶け込まないでコミュニテイィをつくる。この
チャイナタウンの新型が、いまアフリカ諸国で顕在化し、典型がアンゴ
ラ、ジンバブエで起きている反中国暴動である。 

第2にパキスタン政府は、その誇り高き沽券にかけても、このプロジェク
トを中国との合弁企業体が主契約者としているため、利払いがすでにかさ
み始め、利息の返済が滞っているばかりか、将来のローンがパキスタン経
済を破壊する危険性に気がつきだした。この資金回転が目的のひとつとし
て中国はAIIBを設立した。

つまり将来の不良債権は、AIIBと、これまで巨額を貸し込んできた中
国の国有銀行が負うことになる。

ちなみにグアイダール港工事、道路、パイプラインの「パキスタン・中国
回廊」のプロジェクトは総額560億ドル。

工事完成までプロジェクトには免税措置がとられているため、歳入がな
く、利払いの延滞は2017年4月現在ですでに12億ドル。免税が事由により
アテにした歳入は32億ドルだった(数字はいずれもアジアタイムズ、2017
年4月28日)。

第3は「一帯一路」プロジェクトは中国とパキスタン両国のウィンウィン
関係をもたらすはずだったのに、パキスタンには一切の裨益しないこと
が、分かった。

つまり、工事現場で地元の雇用はない(労働者は中国から連れてくる)。
地元のレストランもホテルもふるわない(中国人はテント村などで自炊す
るから)。

歳入増どころか、パキスタンは利払い遅延状態に陥った。したがって中国
の描いた一帯一路は、コストから見ても蹉跌は明らかであり、金銭的負担
にいずれ耐えられなくなるだろう。パナマ運河に対抗しようとして中国が
建設を始めた世紀のプロジェクト「ニカラグア運河」も、昨秋からすでに
工事中断に追い込まれているように。

◆樋泉克夫のコラム
@@@@@@@@

【知道中国 1562回】  
――「正邪の標準なくして、利害の打算あり」――(?富1)
   ?富猪一郎『七十八日遊記』(民友社 明治39年)

              ▽
蘇峰こと?富猪一郎(文久3=1863年〜昭和32=1957年)は改めて説明す
るまでもなく、明治から昭和にかけての日本を代表するジャーナリスト、
思想家、歴史家、それに評論家で知られ、『國民新聞』を主宰する傍ら数
多くの著書を持つ。中でも『近世日本国民史』は、畢生の大著作といえる
だろう。

日露戦争勝利の余韻冷めやらぬ明治39(1906)年5月末、徳富は「十年振
りに送らるゝ身と相成、快絶、大快絶に候」と、新橋駅を後にする。

下関から玄界灘を越えて釜山で下船。それから京城、平壌、義州と朝鮮
半島を北上し、鴨緑江を渡って安東へ。下馬塘、奉天、遼陽、大連、旅
順、営口と満州の主要都市を周って南下し、山海関を越えて関内に入り北
京へ。北京から天津に向い海路に出る。

芝罘、威海衛と山東半島の先端に位置する要港を経て上海へ。杭州、蘇州
と江南の景勝地を眺めた後、長江を遡り、武漢三鎮から湘潭、長沙、岳州
と湖南省の要衝を歩き、長江を下って再び上海へ。上海からは東シナ海を
一気に長崎へ。その後は、門司から瀬戸内海を経て紀伊半島を迂回して横
浜へ。この間、前後78日の漫遊の旅の徒然を思いのままに綴ったのが、
『七十八日遊記』である。

冒頭に「隨處に寸閑を偸み、觸目、感興の一斑を、記載したるものにし
て、其の大半は、鉛筆にて、郵便はがきに、細書したるもの也」「其の印
象極めて新鮮なるの機を失せす、隨記隨送したるものに過きす。其の修辭
の粗雜にして、其の内容の淺露なる、寧ろ當然のみ」と記しているよう
に、旅先での思いをハガキに託し、友人知己に郵送した体裁をとっている
だけに、徳富自身、纏まった清国論と見做しているわけではなさそうだ。
 
本書後半に置かれた「觸目偶感」では「支那及支那人」の生態を“縦横無
尽”に切り刻んでいるから、こちらが徳富による本格的論議ともいえる。
第一級のジャーナリストの筆になるだけに、その後の日本の朝野における
対中国動向を考えるなら興味は募る。だが、ものには順序がある。そこ
で、先ずは旅程に従って78日間の旅を追体験したいと思う。

新義州より「鴨緑と云ふも、其實は濁流」である鴨緑江を小型船で渡れ
ば、いよいよ「韓滿の交叉點」であり、「隨分盛大なる支那街」の安東県
だ。「二、三の支那商店を訪ひ、種々談話を試み」た感想を、彼らが「我
が軍政の爲に、其の身體、財産の安寧を保持したるは、彼等か尤も感謝す
る所なるかの如くに候」とし、「何れにしても支那の役人を信するより
も、日本の役人を信し候丈は、間違いなきに似たり」と綴る。

たしかに「固より彼等か本音を吹くや否やは知らされとも」と断わっては
いるが、徳富は面従腹背の4文字に象徴される彼らの振る舞いに思いを致
すことはなかったのだろうか。

「何となく玩具車」のような列車で安東と奉天とを結ぶ安奉線を走る。
「滿洲の木曾路」やら「滿洲の耶馬渓」やらを過ぎると、いよいよ「滿洲
の大平原」に出て、「南滿鐵道と遥かに相隔てゝ、奉天を目指し、進行を
續け」た。沿線の光景は「滿目荒凉劫餘の光景??たり」と。

目に入る村落には木々はなく、家々も新しい。「滿洲土人の諺に曰く、露
人は家を荒らし、日本人は野を荒らすと。家を焼き拂ふたるは、殆んと悉
く露兵也。而して薪に窮して、樹木を焚きたるは、概して我兵に多しとか
や」と。日露戦争の戦場の後が生々しい。

死闘を繰り広げた日露両国兵士が去った後、再び「滿洲土人」の生活が繰
り返される。

いよいよ奉天。奉天では街を歩き、「監獄に赴きて、一種獨特の支那流
儀を觀察し、水滸傳にて讀みたる、獄屋の模樣と、照合し、大いに興味を
感し」たとのことだ。奉天に拠る「盛京将軍趙爾巽と會見」している。
「温乎たる中老の人」で「支那人には珍しく瘠方」で「憂色面に溢る」。
「頻に日本の新聞か、自分を誤解し居る旨辯し申され候」とか。

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