2017年05月16日

◆大風呂敷の「一帯一路」(シルクロード)

宮崎 正弘



<平成29年(2017)5月15日(月曜日)通算第5290号>  

〜大風呂敷の「一帯一路」(シルクロード)、北京で会議は踊ったが
  2030年までのプロジェクト総額は26兆ドル(3000兆円)〜

5月14日から、北京で習近平の政治生命をかけた「一帯一路フォーラム」
が開催され、プーチン、ドウテルテ(比大統領)、アウンサン・スー
チー、米国からはトランプ特使としてポテンガー代表、日本からも経団連
会長、自民党幹事長等が参加した。

当面、中国は具体的プロジェクトに1130億ドル(邦貨換算で13兆円)を追
加支出するとした。

習近平は基調演説で「アジア、欧州、アフリカの全ての国に裨益する」と
獅子吼したが、直前の「祝砲」は北朝鮮からだった。

金正恩は、当日の午前5時半ごろ、日本海へ向けて新型ミサイルをお見舞
いした。

ともかく巨額の打ち上げ花火、未曾有の金額、それこそ天文学的な数字が
鼓吹されている。起債の裏付けは何もなく、中国の銀行が「シルクロード
基金」に追加出資を余儀なくされた。中国開発銀行が2500億元、中国輸出
入銀行が1300億元を追加融資。すべては口約束だ。

中国が計画している一帯一路プロジェクトは、構想されたプロジェクト
が、もし、2030年までにすべて遂行されると仮定すると、その投資金額は
60兆円になる。

すでに中国の経済専門家さえも、この数字に疑問符をつけている。

シルクロート基金は400億ドルの規模で設立され、いままでに60億ドル
を15のプロジェクトに投資し、現在20億ドルを、カザフスタンのプロジェ
クト投資にあてる最終審議中だ。この基金を、あと600億ドル増資する
というわけである。

AIIBの資本金は1000億ドルだが、現在までに決まった融資は僅か20億
ドル。そもそも、AIIBは、まだスタッフが百人しかおらず、審査作業
ができる状態ではない。日米は、この妖しげな銀行には参加しない。

BRICSの方は原油価格低迷で、蹉跌している。ようやく原油代金の回
復基調でロシアとブラジル、南アの通貨が回復軌道に乗ってはいるが。。。


 ▼構想と現実のあいだには巨大なギャップが存在している。

ADB(アジア開発銀行)が問題視しているのは、計画投資額60兆ドル
と、現実に投資されてリアルな金額との巨大なギャップである。それこ
そ、中国お得意の大風呂敷も、こうなると破天荒すぎて、開いた口がふさ
がらないというところかも知れない。

シルクロートの目玉は次の5つである。

(1)ロンドンー上海を繋ぐ鉄道(これは完成した)

(2)パキスタンのグアダール港から新彊カシュガルまでの鉄道、ハイ
ウェイ、光ファイバー網の建設。現場のバロジスタンでは、反パキスタン
政府暴動と中国人へのテロが頻発。工事が遅延している。暴動はおさまり
そうにない。

(3)トルクメニスタンから上海へのガスパイプライン(これは完成)

(4)テヘランー北京の鉄道(カザフスタンから中国への鉄道網は完成し
ているので、残りはテヘラン ー カザフ間工事である)。

(5)アジア一帯へのカスパイプライン(ミャンマー沖合から雲南省間は
完成)

このうちの(1)と(3)は既に完成しているから新しい計画とは言えない。

他方で、挫折もしくは中断のプロジェクトにはメキシコ新幹線のキャンセ
ル(37億5000万ドル)、タイの新幹線の白紙化、コロンボ沖合人口島建設
(11億ドル)の大幅な遅延、インドネシア新幹線の工事開始遅延と支払い
条件の再交渉等々。

マレーシアも中国と交渉中だった新幹線プロジェクトを日本に乗り換える
方針という。
 
「世紀のプロジェクト」は、まさに前途多難である。
        
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 
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 楯の会、その後半世紀の人生は何であったか
  第1期生が編んだ、三島の感動的箴言、その訓練、訓話を独自に回想

  ♪
篠原裕『三島由紀夫かく語りき』(展転社)
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「楯の会」に参加した学生からみた事件への疾走、その三島の思想をいか
に捉えていたのか。著者の篠原氏は「楯の会」の第1期生である。

初代学生長だった持丸博と水戸の高校が同じだった。早稲田入学後、誘わ
れて日本文化研究会に入り、その日学同で日常活動を展開している裡に、
やがて「楯の会」第一期生となって多くの同士、友人を得た。

森田必勝、伊藤好雄、阿部勉、宮沢撤補、倉持清。。。。。ほかの大学か
らも田中健一らがかけさんじた。評者(宮崎)は、その環境を鮮明に思い
出せるし、第1期生の20名は知っている学生ばかりである。

そんな著者が、三島不在となって以後の半世紀を振り返り、思い立って三
島全集を隅から隅まで読んだ。それも、二回、全集の完全読破に挑んだ。
 その読後感を、楯の会のメンバーだった視点と感性で、三島由紀夫の思
想的な箴言、あるいは人生訓を拾い集め、おりおりの想い出を挿入していく。

楯の会の制服が出来たときは、平凡パンチ、プレイボーイなど男性週刊誌
のグラビアを飾り、三島の私的軍団は、いきなり知名度が上がった。

楯の会という命名の由来は、その出典を金子弘道(やはり水戸学の徒)が
捜しだし、提案した。

編者が三島に、その思想に磁石のように惹きつけられるのは、三島の先祖
に水戸の血が入っているからだった。楯の会の一期生には、水戸からの参
加者が際立って多いのである。

そして三島研究者なら誰もが知っている三島の「青年嫌い」。それが『論
争ジャーナル』の、木訥で寡黙だった万代潔が来訪して、その保守雑誌創
刊への由来を語るや、三島は青年嫌いを辞め、積極的に論争ジャーナルへ
協力する。

本書では、長く消息が知られなかった万代氏のその後がさらりと挿入され
ている。そのうえ、楯の会一期生の多くがすでに鬼籍に入っていたことが
分かる。

もう1つ、評者が知らなかった新事実がある。

本書にさらりと挿入されている逸話は昭和45年11月4日から6日にかけて
2泊3日のリフレッシャー訓練のことだ。

これは「富士山の周囲の1000メートル級の複数の峠をわずかの水と食料だ
けで踏破するというハードな」訓練だった。それこそ、こんにちの特殊部
隊、グリーンベレーのようなハードさ。

そのあとに開かれた宴会のおり、三島は参加者全員を前に、これで自衛隊
での訓練は「所期の目的を達したので終了する」と唐突に宣言した。
酒になった。宴では三島が「唐獅子牡丹」を謳ったそうな。

そして次の場面。

「(いずれ)蹶起メンバーの森田、小賀、古賀、小川の4人が最近北海道
を旅行してきて覚えたという当時はやっていた『知床旅情』を歌った。そ
の様子を見て、あれなんであの4人が? という組み合わせを不思議に
思ったことを記憶している」

この4人が三島と最後の行動をともにした。

訓練から3週間後に蹶起は迫っていた。

           
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◆樋泉克夫のコラム 
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知道中国 1570回】      
――「正邪の標準なくして、利害の打算あり」――(徳富9)
  徳富猪一郎『七十八日遊記』(民友社 明治39年)

               ▽
徳富の足は、市内の孔子廟、国子監、雍和宮、天壇から天寧寺、白雲観な
どの旧跡から玉泉山、万寿山などの景勝地に向う。

「何を見ても零落、荒廢の感は、免かれ不申候」と第一印象を記した
後、「支那人は、不思議なる人種に候。精々念を入れて作り候得共、愈よ
作り上けたる後は、丸て無頓着に候。而して其の無頓着さ加減の大膽な
る、只管呆れ入るの外無御座候。或る人は、北京の新修道路も、三年の後
は、依然舊時の荒廢たる可しと、豫言致し候」と、ズバッと民族性の本質
に切り込んだものの、「併し小生は、切に其の豫言の適中せ去らんことを
祈り候」と留保してもいるが。

たしかに「支那人は、不思議なる人種に候」ではある。

毛沢東にしたところで、1958年には当時の世界第2位の経済大国のイギリ
スを15年で追い越し、第1位のアメリカを追走せよとばかりに「超英?美
(イギリスを超え、アメリカの追い付き、追い越す)」の超誇大妄想式大
風呂敷を広げ大躍進政策をブチ上げてみたものの、挙句の果てに最多では
4500万人と推定される人々を餓死に追い込んでしまった。にもかかわら
ず、「我々は社会主義建設の経験が不足していた」と世の中を煙に巻いて
しまい全くの無責任。

4500万人の餓死など、「丸て無頓着に候」だった。66年に勃発した文化大
革命においても、自らの権力に執着するあまり、「精々念を入れて作り」
あげたはずの共産党組織をいとも簡単にぶっ壊してしまう。

「其の無頓着さ加減の大膽なる、只管呆れ入るの外無御座候」といったと
ころ。だが1歩進めて考えるなら、あるいは「其の無頓着さ加減の大膽な
る」ところに、彼の民族が「不思議なる人種」である所以が潜んでいるよ
うにも思える。

毛沢東以降の指導者の言動をみても、?小平のブチあげた社会主義市場経
済であれ、江沢民の主張した共産党が?先進的社会生産力、?先進文
化、?広範な人民の根本的利益を代表すると規定する「三個代表論」であ
れ、胡錦濤が実現を目指しながらの空鉄砲に終わってしまった「和諧(和
解)社会」の建設であれ、習近平の「中華民族の偉大な復興」「中国の
夢」であれ、そこに共通して浮かんでくるのは“言いっ放し、遣りっ放し”
で、後は野となれ山となれ。

無人の巨大な高層マンション群の鬼城(ゴースト・タウン)に吃驚仰天
し、これぞ不動産バンブルの象徴だ。早急に手を打たないと経済はハー
ド・クラッシュすると理を尽くして懇切丁寧に説明したところで、「無頓
着さ加減の大膽なる」人々には馬耳東風。馬の耳に念仏でしかない。まさ
に「只管呆れ入るの外無御座候」である。

どうやら日本を含め世界各国は、彼ら一流の「無頓着さ加減の大膽なる」
点に過剰な反応をみせ、振り回されているのではないか。やはり彼らの術
策に嵌ってはならない。

ここで再三再四いうが、膨大な数の「無頓着さ加減の大膽なる」人々を一
まとめにするには、毛沢東、とう小平、江沢民、胡錦濤、それに習近平の
ように、超ド級の「無頓着さ加減の大膽なる」姿勢で臨まない限り、それ
は不可能だろう。

閑話休題。再び徳富の旅に戻る。

元朝以来の「天子祭天の壇にして」、清幽な環境と広大な面積を持つ天壇
にしても、荒れ果てたまま。これを整備のうえで開放して「北京の大公園
となさは、北京百150萬人の壽命は、更らに幾許の延長を見可申候」。

だが問題がないわけではない。じつは「支那人か、如何なる程度迄公?を
重し、其の清潔を保つ可き歟、それか中々の問題と存候」。古書骨董街の
瑠璃廠に屡々足を運ぶ。「面白き書籍の掘出物はなき乎と、吟味致候得
共、今日迄何等の獲物も無之候」であった。
骨折り損の草臥れ儲けを覚悟し、それを愉しむまでの境地に至らなけれ
ば、「無頓着さ加減の大膽なる」民族とは付き合えそうにない。ヤレヤレ。
《QED》
      
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