2017年05月18日

◆対中国外交に思う

真鍋 峰松



まず、この文章をお読み頂きたい。

「正道を歩み、正義のためなら国家と共に倒れる精神がなければ、外国と満足できる交際は期待できない。その強大を恐れ、和平を乞い、みじめにもその意に従うならば、ただちに外国の侮蔑を招く。


その結果、友好的な関係は終わりを告げ、最後には外国につかえることになる。とにかく国家の名誉が損なわれるならば、たとえ国家の存在が危うくなろうとも、政府は正義と大義の道にしたがうのが明らかな本務である。・・・・戦争という言葉におびえ、安易な平和を買うことのみに汲々するのは、商法支配所と呼ばれるべきであり、もはや政府と呼ぶべきでない」。 


キリスト教信者として名高い内村鑑三氏の著書「代表的日本人」中の西郷隆盛の言葉である(1908年原著 岩波文庫 鈴木範久訳)。


この言葉の真髄は“ただ相手国の強大さに萎縮して、うまくやろうというような処世術的外交は避けるべきである。 そうすると、かえって侮られ、それまでの友好関係もくずれてしまう”という一点にある。
 

読めば、この文章、これまでの我が国の対中国外交への痛烈な皮肉と解釈できるような気がする。 戦後数十年かかってここまできた日中の外交関係。この偉大な先人の言葉を無視・軽視するような事態を招くことによりその成果まで灰燼に帰すことのないよう願いたい。


また、過去の日本外交においてややもすれば多々見受けられた“商法支配所”、即ち、経済的利益を重視するあまり、我が国外交を誤らせたという事態も同様である。

幸い、今回の尖閣列島を巡る二国間の衝突に関しては、経済界や財界からの、紛争の早期解決だけを願う声も少ないように思う。それにはそれなりの理由があるのだろう。


周知のように、近年の中国の居丈高な過剰反応は尖閣列島周辺海域の石油等の資源開発に絡んでのことであり、日本においてもこの側面が熟知されている。 これが今回の場合、経済界・財界からの横槍や雑音がない理由であろう。

著しく経済力を増した中国にとって経済カードは強力な武器になる。我が国経済にとってレアアースの輸入停止は甚大な影響を及ぶすとしても、中国経済にとっても多少影響があろう。


だが、全てにおいて政治が優先する社会ではそれは問題にならない。そこで参考になるのは、米国のグーグル社の態度であろう。

自由主義社会の柱とも言うべき情報の自由を求めて中国当局と真正面からぶつかったのだが、これも最悪の場合には撤退もやむを得ないという同社の覚悟があってのこと。

果たして、口を開けば自由主義経済・市場経済の効用を説く日本の財界・経済界の人達にこの覚悟が有りや無きや。 史上初の財界人から登用された日本の中国大使、これにどう対処していくのか、注目したい。


また、事件に関する新聞テレビ等の報道やコメンテーターの解説を見聞きしていると、相変わらず、中国側の国内事情、つまり国家指導者間の主導権争いや貧富の過大な所得格差問題などを取り上げ、訳知り顔で背景説明をしているように見受けられる。

このこと自体は事実なのであろうが、だからどうだと言いたいのだろうか。日本の主張を手控えよ、とでもいうのだろうか。


それより、国際紛争対処の常識として、これら外交紛争に関する政治上の議論は国内だけで止めるべきであり、交渉相手国の国内諸事情を参酌し過ぎる人間や最終的な解決策を持たずして、相手国に乗り込む愚を犯す政治家等が多過ぎるのも困ったことではないだろうか。

こういった国内の無責任な議論や対応で、対外折衝の任にある者の足を引っ張って何になると言うのか。 老獪な中国外交のこと、日本国内の議論の誘発・分断が計られ、結局は日本の国益が損なわれるだけだろう、と思う。


皮肉なことに、中国古典である孟子の離婁篇第四に「夫れ、人は必ず自から侮りて 然る後によそ人もこれを侮り、家は必ず自から毀(こぼ)ちて 然る後によそ人もこれを毀ち、国は必ず自から伐(やぶ)りて 然る後によそ人もこれを伐う。」とある。


つまり、人間というものは、自尊心を失って、自身を軽蔑するようになると、その気持が言動に現れて卑屈、投げやりになり、それが他人の軽侮を招く、他人に軽蔑される原因は、自分が作っているのだ。


自らを持することが厳でなくなると、家を治めることもできなくなって、家は崩壊する。内輪がしっかりしてさえおれば、外圧だけでは決して壊れるものではない。


国家とても同じことで、内に姦邪の臣がはびこり、君主に統御の才なく、国民に不平不満が高まるという末期症状が現れて、他国に攻め滅ぼされるわけであり、明主賢臣がいて善政を布いている限り、自壊作用が起こらず、従って他国の攻め込む隙はない、というのである。


この紀元前4世紀の孟子の言葉は、ひとり我が国のみならず、現代中国の為政者への痛烈な皮肉となり得ると受け止めるのは、私だけではあるまい。

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