2017年05月27日

◆天才詐欺師の郭文貴

宮崎 正弘



<平成29年(2017)5月26日(金曜日)弐 通算第5306号>   

〜天才詐欺師の郭文貴、アブダビ王室とベンチャー・キャピタル?
自家用ジェット機にブレア英首相(当時)を乗せてアブダビへ乗り込んだ〜


北京が[WANTTED]として国際手配している天才的詐欺師、郭文貴
は中国から忽然といなくなったが、その後も欧米メディアに頻繁に登場
し、「共産党幹部等の秘密を握っているが、ばらしても良いぞ」とでも言
いたげに、爆弾発言を続けている。

そればかりか、最近はダライラマ法王とも面会したことがわかった。

郭文貴は江沢民、曽慶紅ら上海派人脈に深く食い込み、かれらの資産形
成、とくに外国への資産隠匿の走狗として世界を走り回った。

いま中国に拉致拘束されている肖建華の兄貴分とも言える。権力者の金庫
番である。

5月25日にサウスチャイナ・モ−ニングポストが伝えた。

郭文貴族は英国のブレア元首相を仲介に自家用飛行機でアブダビへ飛ん
で、モハメド・ビン・ザイード・アル・ナーヤン皇太子ら王室のメンバー
と会見し、共同のファンドを設立したという。アブダビ訪問の時期は不明。

郭文貴は中国の株式インサイダー取引に絡み、秘密口座などを駆使して、
太子党や共産党幹部のカネを運用していたため、秘密を握る人物とされた
が、馬健(当時公安部副部長)の失脚直前に海外へ逃亡した。

この逃亡は令計画の実弟、令完成の米国亡命と時期が重なったため、世界
のマスコミも騒いだ。

郭文貴は上海に設立した「海通国際証券」(Haiton 
Security)を通じて世界のプロジェクトに派手は投資を繰り返
し、とくに2014年には385億ドルを7つのプロジェクトに投下した。

資金繰りが苦しくなると、2015年にはUBSから7億7500万ドルを借りて
焦げ付かせ、UBSが訴追した。

スイス銀行の大手UBSも、彼の手口に引っかかった。

ブレア元首相は「郭文貴とは10年来の友人である」と語ったこともあるの
だが、今回の報道には一切口をつぐんでいる。
       
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ◆樋泉克夫のコラム 

【知道中国 1576回】        
――「正邪の標準なくして、利害の打算あり」――(徳富15)
   徳富猪一郎『七十八日遊記』(民友社 明治39年)

                ▽

これまで秦檜の石像への放尿は、岳飛を讃え、秦檜を怨み蔑みを募らせ
る、いわば復仇への執念の発露だと迂闊にも思いこんできた。宋朝が危機
に陥ったのは千年余も昔だ。そんな遠い過去の話をいつまでも引きずって
いるとは、なんとも執念深い民族だと半ば呆れ果てていたものだ。

だが、放尿すれば養蚕の出来がいいとの徳富の説に接するに及んで、ここ
は考えを“劇的”に転換する必要がありそうだ。底なしに功利的な行為であ
ることか。

はたして養蚕の出来がよくなるとのデマを撒き散らして無智な農民を騙
し、秦檜を侮辱し、漢奸(民族を売り渡した犯罪者)の罪の重さを未来永
劫に民族の歴史に刻み付けようとしたのか。それとも偶々秦檜の石像に放
尿したら、その年の養蚕のデキが佳かったから、バカの一つ覚え然と、そ
れ以後も季節になれば放尿を続けてきたのか。どちらにしたとろでマトモ
ではない。

バカバカしい話だが、そんなバカバカしく不謹慎な放尿をバカバカしくも
続けているバカバカしさが、じつにバカバカしい限りだ。

 孔子の「巧言令色、鮮なし仁」に倣うなら、「放尿大量、豊なる哉、
収穫」ということになりそうだが、放尿の狙いが養蚕の豊作にあると考え
た方が、よりリアルにも思える。それにしても人前で放尿とは不衛生で風
紀紊乱の極み。子供の放尿でも問題だが、大人ならなお問題だろうに。

(13)【降參者の辛抱】=古来、「支那人か、征服せられたる經驗に致さ
れて」、常に「被征服者」やら「弱者」の立場から振る舞う。

いわば「降参者の心得にして、唯た無理非道の目に遭ふても、其の辛抱す
る心得を示」す。陶淵明にしても、その文学を「詮し來れは、此れの消極
的作用」に基づいているわけだ。
 
度重なる引用になるが、林語堂の『中国=文化と思想』(講談社学術文庫
 1999年)は、「成功したときは中国人はすべて儒家になり、失敗したと
きはすべて道家になる。儒家は我々の中にあって建設し、努力する。道家
は傍観し、微笑しているのである。

中国の文人は朝にあれば道を説き、徳を論ずるが、いったん野に下ると詩
を賦し、詞を作る。その詩は道家思想に溢れたものばかりである。これ
が、中国の文人のほとんど全部が詩を作る理由であり、彼らの著作の中、
詩歌がその大部分を占めている理由である」「道家の思想はモルヒネのよ
うな麻痺作用があり、人の心を鎮めてくれる。

それが中国人の頭痛や心痛を軽減しているのである」「道家のロマン主
義、道家の詩、道家の自然崇拝は、(中略)乱世の時代に中国人の苦しみ
や憂いを解き放っている」などと、道家思想が中国人の本性に根差してい
るものであると説く。

一方、大正期に京都帝国大学で「支那学」を修めた粋人学者の青木正児
は、『江南春』(平凡社 昭和47年)で「上古北から南へ発展してきた漢
族が、自衛のため自然の威力に対抗して持続して来た努力、即ち生の執着
は現実的実効的の儒教思想となり、その抗すべからざるを知って服従した
生の諦めは、虚無恬淡の老荘的思想となったのであろう。彼らの慾ぼけた
かけ引き、ゆすり、それらはすべて『儒』禍である。諦めの良い恬淡さは
『道』福である」と綴る。

有史以来の度重なる王朝交代、異民族支配を受けた経験から、徳富は中国
人の行動原理は「被征服者」「弱者」の立場から導かれる、と説く。

一方、林語堂の見解に従えば、中国人は「失敗したときはすべて道家に
な」り、自らをも「傍観し、微笑している」。

さらに青木は、「『儒』禍」と「『道』福」の間で揺れ動く中国人だが、
とどのつまり「生の諦めは、虚無恬淡の老荘的思想となった」とする。

徳富、林、それに青木・・・判り易く言えば、泣き寝入りの恨み言とい
うことか。《QED》
     
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック