2017年06月02日

◆中国国家統計局前局長の王保安に無期徒刑

宮崎 正弘



<平成29年(2017)6月1日(木曜日)通算第5311号 >  

 〜中国国家統計局前局長の王保安に無期徒刑
  河北省張家口地方裁判所に70人の記者が押しかけ、判決をまった〜

5月31日、河北省張家口の地方裁判所傍聴席は70人の記者で埋まった。 
中国国家統計局前局長の王保安に対する判決は無期徒刑。全財産没収だっ
た。彼が不正に得た賄賂は1億5428万元(25億円弱)だった。王保
安の「邯鄲の夢」は無惨な結末となった。

王保安は国家統計局長という立場を利用して、地方政府からあがってくる
「経済データ」の誤魔化しに協力し、その見返りを得ていた。

なにしろ中央政府が「ことしのGDP成長は6・5%」と言えば、地方政
府幹部はその二倍の数字を報告するのは常識であり、その数字を統計局が
認めるには、賄賂が必要というのが中国のシステムである。

王保安は身の危険を察知し、北京空港からパリかフランクフルトへ脱出す
る計画を練り、実際に偽名のパスポートを用意した上、その偽名でファー
ストクラスの航空券を買い(それも愛人と2人分)、飛行場へ向かおうと
していたときに、当局によって逮捕された。愛人は空港待合室で逮捕された。

この事件は何を意味するのか。

筆者は近刊『米国混迷の隙に覇権を狙う中国は必ず滅ぼされる』(徳間
店)のなかで、次の指摘をしている。

 (引用開始)
「2011年に中国のGDPは日本を抜いて世界第2位となったと発表
された。庶民の感情と期待も高揚していた。大きな夢を語ったのも、北京
五輪の成功があり、つづけての上海万博、広州アジア大会と連続的なイベ
ントの成功が手伝って「大国意識」が急速に拡大していた。「日本は相手
にしない。これからは米国をしのぐのだ」と稀有壮大な幻想を信じた人も
多かった。しかし同時にガンが進行していたのだ。

GDP世界第2位さえ誇大な宣伝であり、数字の信憑性はほとんどないの
である。例によって中国では歴史が政治プロパガンダであるように外国か
らの直接投資を維持するために大嘘を吐き続ける必要があった。

中国経済がゾンビ化しているのに、なお延命しているのは壮大な嘘にだま
されて外国企業が投資を続けたからである。

ソ連の経済統計が革命から70年間、まったくのデタラメだったことは広
く知られる。ノルマ達成だけが目的の数字をそのまま経済統計に用い、あ
とは作文と辻褄合わせだった。たとえば或る製鉄所では原材料の鉄鉱石の
割り当てが100トンなのに、生産が200トンと報告される。

アルミが原材料から50トン精製されるとすれば100トンと平気で報告され
る。在庫を確認しにくる係官は賄賂を貰って口をつぐむ。そもそも炭鉱事
故があると現場に飛ぶ新聞記者が会社幹部に「書かない原稿料」を請求す
るのが中国のジャーナリストの特徴であるように。

人気作家の余華が比喩している。

「ありゃあ売春しながら、忠孝貞節の札をかかげてるってもんじゃねえか?」

「良心は犬にかじられ、狼に食われ、虎にかみ砕かれ、ライオンの糞に
なってしまった」(余華『兄弟』文藝春秋)

システム全体は腐敗によって悪性の腐蝕が進み、制度が疲労を音を軋ませ
る。嘘を繰り返すうちに、嘘が一人歩きをはじめ、収拾がつかないばかり
か、誰も本当のことを把握できなくなってソ連は突然死のような終末を迎
えた」(引用止め)

もっと詳しくは前掲拙著を参照されたし。
『米国混迷の隙に覇権を狙う中国は必ず滅ぼされる』(徳間書店。1080円)
https://www.amazon.co.jp/dp/4198643660/
      
 
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIE 

 〜西郷隆盛はときに陰謀をめぐらすダークサイドもあったが
   革命家が策略を用いるのは古今東西、歴史の鉄則である〜

  ♪
渡部昇一『南洲翁遺訓を読む  わが西郷隆盛論』(到知出版社)
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渡部さんに西郷を論じた本があるのは納得できる。

なぜなら氏は山形県鶴岡出身。幕末、庄内藩は?川に忠実で、三田の薩摩
屋敷を襲撃し、焼き討ちにした。

官軍と戦った「東北列藩同盟」では、会津落城後も闘いつづけ、ついに降
伏したときは、苛烈な処分を覚悟していたところ、「寛大な措置を」とい
う西郷の決断のもと、会津がやられたような非道い処分がなかった。

感激した藩士らが明治になってから、鹿児島へ何回も通い、西郷の訓話を
集めて編纂されたのが『大西郷遺訓』(南洲翁遺訓)の初版の由来であ
る。この旧庄内藩士の本は千部印刷されて、その後、いろいろな解釈本も
出回り、どれほどの影響力を後世にもたらしたか計り知れず、平成の御代
においても、岩波文庫版のほか、数種類が上梓されているほどである。

渡部氏は、このなかで幾つかの重要なポイントを指摘され、原文と現代語
訳のあとに、独自の解釈を付け加えているのだが、ここでは二つのことを
採り上げたい。
 
第一は革命家としての西郷の陰謀である。

およそ戦時において軍事行動に謀略はつきものであり、これを冷徹に行え
る者が勝利を導く。つまり英雄にはつねにダークサイドがある。

西郷の陰謀、じつは沢山あってきりがない。薩摩藩邸焼き討ちにしても、
背後で庄内藩士を焚きつけたし、公武合体から倒幕に急変するや、坂本龍
馬が邪魔になったため、隠れ家を内通させたのも、西郷と考えられている。

渡部昇一氏はこういう。

「若き日の西郷は策略軍略に長けた大軍師、大参謀でした」。(中略)そ
の典型が「薩摩屋敷を根城にした関東攪乱です。西郷は相楽総三、伊牟田
尚平などを使って、江戸中に火をつけたり強盗をしたりして、不安に陥
れ」、「江戸取り締まりの庄内藩まで攻撃したので、(報復として)庄内
藩は薩摩屋敷を焼き、それが鳥羽伏見の戦いに結びついた」

相楽ら「赤報隊」の残虐非道も、用済みとなるや、「官軍にあるまじき非
道」といって処刑している。

その良心の呵責と反省から、西郷は「遺訓」のなかに、「一事の詐謀を用
うべからず」という表現を披瀝していると渡部氏は解釈している。
 もう一点が税金である。

『租税を薄くして、民を豊かにする』というのが西郷の基本信条である。
 それは「南洲は若い頃、取りたてられて郡方書役助(こおりかたかきや
くすけ)という農村を見回って村役人を指導する役目でありました。給料
は四石です。(中略)十年間、この仕事をしました。

すなわち薩摩藩の一番底辺の世界に直接ふれたわけです。当時、日本中ど
こでも百姓が過酷な年貢で苦しめられていたと思いますが、薩摩藩はとく
にひどくて、元来、同情心の強い」西郷は税金問題に鋭敏で、減税をなし
国力を富ますという、政治テーゼが産まれた、とする。
全体に、やさしい解説がなされ、西郷の人となりを学ぶ本となっている。
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