2017年06月04日

◆「個人」や「幸福追求権」のおぞましさ

加瀬 英明


「日本国憲法」であれば、いうまでもないことだが、日本の2000年以 上
の歴史が培ってきた生活文化に適っていなければならない。

だが、外国人であるアメリカ人が書いて、占領下にあった日本に強要した
から、文化を全く異なっているし、翻訳臭がひどくて、私たちになじまない。

第13条【個人の尊重・幸福追求権・公共の福祉】すべて国民は、個人とし
て尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、
公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要
とする。

「個人」という言葉は明治に入ってから、西洋諸語を翻訳するために、新
しくつくられた「明治訳語」だから、いまでも日本人の心に根づかない。
江戸時代が終わるまで、日本人は人と人との絆(きずな)のなかで生きてい
たから、一人の孤立した人間として人を意識することがなかった。「個
人」ではなく、「人間の尊重」「人間として尊重」でよいではないか。

「幸福追求権」にいたっては、不平不満をあおって、かえって人を不仕合
せにするから、憲法のなかでうたうのは、おぞましい。

西洋で「幸福追求権」が、法律によって定められるようになったのは、日
本で江戸時代に当たったが、支配階級による庶民の収奪と搾取が酷かった
ために、近代に入って人権や平等が求められるようになってからだ。

イギリスの詩人ウイリアム・ブレーク(1年〜1757ー1827年)は、ロンド
ンを流れる「テームズ川のほとり、私の出会った顔にはどれも弱々しさ
と、呪いの烙印(らくいん)が刻まれていた」と嘆き、もう一人の著名な作
家オリバー・ゴールドスミス(1728年〜1774年)は、「富が積まれ、人は
衰えゆくところ、国の歩みは道をはずれ、ますます悪の餌食(えじき)とな
る」と、憤っている。

明治初年のお雇い外国人の一人だった、イギリスのウイリアム・ディクソ
ンは明治9年に来日したが、「日本では西洋の都会にみられる、心労に
よってひしがれた顔つきなど、まったく見られない。老婆から赤子にいた
るまで、誰もがにこやかで満ちたりている。まるで世の中に悲哀など存在
しないかのようだ」と、書いている。

世界のなかで江戸時代の日本ほど、庶民が物心ともに豊かで、自由を享受
していた社会はなかった。庶民は武士よりも恵まれた生活を営んでいた。
庶民はよく働き、よく遊んだ。

歌舞伎は世界でもっとも絢爛豪華(けんらんごうか)な舞台芸術だが、庶民
のもので、武家は観劇を禁じられていた。ゆとりがあったから、庶民は芝
居、見世物、辻相撲、落語、楊(よう)弓場(ゆみば)から、活花(いけば
な)、茶会、香道、書道、囲碁、将棋、園芸、花火、食べ歩き、団体旅行
などの多くの余暇を楽しんだ。

今日の日本はどうだろうか。このごろの人は身勝手な幸せを追うために、
かえって自分を傷けて、不平不満をかこつている。幸せはあくまでも努力
した結果として、ついてくるものだ。

ついこのあいだまで、日本人は無事息災(健康で生活に障りがないこと)
のありがたさに感謝し、損得で幸せを計ることがなかった。たしかに、幸
福を享受している時には、意識されない。幸せは心のなかにあるもので、
物のなかにはな
い。

今日の多くの日本人が、「人生は楽の連続でなければならない」と、誤解
している。これでは人生の真実から、ほど遠い。     

憲法から「幸福追求権」を、削除したい。


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