2017年06月14日

◆京都山科 近辺の祭りー@

渡邊 好造



山科近辺の伝統的な祭りを拾ってみた。2回に分けて紹介するその1回目。

1)「日向(ひむかい)大神宮」=”若水祭り” ・1月1日開催 ・所在地=山科区一切経谷町 ・地下鉄東西線蹴上駅徒歩15分。

京都の伊勢神宮といわれ京都人が手軽にお伊勢参りができるとして重宝がられる神社で、第38代天智天皇(7世紀)の頃の創建といわれる。応仁の乱(15世紀室町時代)で焼失したが、江戸時代初期(17世紀)に篤志家の寄進で再建された。この神社の霊水「朝日泉」は京都名水の一つである。

第56代清和天皇(9世紀平安時代)が疫病の民に神社の水を飲ませたところ治癒した、といわれる故事をもとに”若水祭り”が行われる。正月3日間この霊水をわけてもらえる。

2) 「白石神社」=”にのこう(二九、二の講)祭り” ・2月9日開催  ・所在地=山科区小山中島町  ・京阪バス小山停留所徒歩30分。

平安時代の大同年間(800年初め)から、伊邪那岐尊(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)を祀っている。両神は、日本書記によると国々と山川草木を生み出したとある。境内に高さ4メートル、左右9メートルの白い大石があり、これが神社名の由来で白石大明神ともいう。

この神社で700年来行われているのが「にのこう(二の九)祭り」である。平安時代からこの地に代々住む勇者が音羽山の大蛇を退治したら、その祟りで病になった。祭りは、蛇の霊を鎮撫するために、孟宗竹に300束の藁を巻きつけてつくった20メートル位の大蛇をかつぎ練り歩く。

3) 「随心院(真言宗)」=”はねず祭り” ・3月第4日曜開催 ・所在地=山科区小野御霊町 ・地下鉄東西線小野駅徒歩5分。

小野小町ゆかりの寺院で、平安時代の正暦2(991)年創建された。小町は、仁寿2(852)年に宮廷を辞したあと寺院内の小町の化粧井戸跡あたりに住んでいたらしく、その後この邸宅跡に寺が建てられた。

はねず(薄紅色の梅)の咲く3月に、小町が里の子と楽しく過ごしたといわれる故事に由来して行われるのが”はねず祭り”である。境内で梅を思わせる当時の色鮮やかな衣装をまとった踊りが披露される。庭内の観梅は3月中。
 入園見学料1000円(庭園見学料400円を含む)。

4) 「醍醐寺(真言宗)」=”五大力尊仁王会(ごたいりきそんにんの-え)” ・2月23日開催
              =”豊太閤花見行列” ・4月第2日曜開催
・ 所在地=伏見区醍醐東大路町 ・地下鉄東西線醍醐駅徒歩10分。

醍醐寺は、理源大師聖宝が平安時代の貞観16(874)年に開基した。現存する建物は秀吉の寄進した安土桃山時代のもの。世界文化遺産京都(17社寺院の集合遺産)の一つである。

“五大力尊仁王会”は、1100年以上の伝統を持つ五大明王の功徳を称える行事で、約10万人の参拝者がある。災難、盗難除けのお札が配られる。当日"餅上げ力奉納"の余興があり、男150キロ、女90キロの餅運び競技も人気のひとつ。

“豊太閤花見行列”は、慶長3(1598)年、豊臣秀吉が死ぬ5ヶ月前に一族総出で華やかに催した醍醐寺での花見を再現したもの。太閤役は、京都ゆかりの財界人や文化人がつとめる。

5) 「徳林庵(臨済宗)」=”四ノ宮祭り” ・8月22〜23日開催 ・所在地=山科区四ノ宮泉水町 ・JR山科駅から徒歩10分。

徳林庵は、室町時代の天文19(1550)年開創され、子宝の霊験があるとされている。高さ3メートルの地蔵尊、歌人・蝉丸と地名の由来となる四之宮人康=第54代仁明天皇の第4皇子、の供養塔が目玉。 “四ノ宮祭り”は、門前の旧三条通り約500メートルが歩行者専用道路となり、露天が立ち並び参拝者で大賑わいとなる。  

* 「どなたはんも山科へいっぺん来てみとおくれやす。お祭りの日でのうてもなんぼでもええとこ案内さして貰いまっさかいに、、。お待ちしとります。ほな、おおきに」。---京都人曰く「字イで書いた-んのん見てたら京都弁らしおすけど、あんさんの喋り方はなんぼ聞いても大阪弁どすな」。(完)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/450816649
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック