宮崎 正弘
<平成29年(2017)6月30日(金曜日)弐 通算第5334号>
〜米、北朝鮮の不正送金、資金洗浄に手を貸した中国の銀行を制裁
米中「外交・安全保障」対話直後にムニューチン財務長官が発表〜
北朝鮮に禁止されているミサイル部品、精密機械など制裁品目に該当す
る不正輸出に手を貸して、資金洗浄に協力してきた遼寧省の丹東銀行を、
米国は「取引停止」とする。
同時に密輸に関係した2人の中国人と海運会社1社(大連のグローバル・ユ
ニティ海運)も制裁対象に加えるとした。
これは6月29日にムニューチン財務長官がホワイトハウスの記者会見で明
らかにしたもので、制裁を名指しされたのは以前から噂のあった銀行だけ
に、それほどの意外感はないが、同銀行と迂回取引のある米国の銀行は当
惑している。迂回融資、迂回送金も含めての捜査がなされるとした。
制裁の内容はと言えば、丹東銀行が米国内の金融システムにアクセスが出
来ないことにするためであり、制裁効果は疑わしい。トランプ政権の対中
姿勢の象徴的な打ち上げ花火に過ぎないと捉えることも出来る。
しかしタイミング的にみると、米中の高官対話(米中外交・安全保障対
話。ただし会談は決裂し、共同声明は発表されなかった)が行われた直後
でもあり、まして同日にトランプ大統領が文在寅・韓国大統領と首脳会談
を行う直前だったのである。
効果的なタイミングを演出していることがわかる。
トランプ・文在寅会談は、韓国のメディアにしたがうと米側は異例の厚遇
を示していると積極的な前宣伝に余念がないが、北朝鮮の核開発凍結に非
協力的であり、そのうえ米軍が進めるTHAAD配備に意図的な遅延をな
す韓国の文政権への不信感は払拭しがたく、米韓首脳会談が成功する可能
性は薄いだろう。
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◆樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1590回】
――「正邪の標準なくして、利害の打算あり」――(徳富29)
徳富猪一郎『七十八日遊記』(民友社 明治39年)
▽
いま手許の『新潮国語辞典 現代語古語』(久松潜一監修 新潮社 昭和
40年)を開くと、「忖度」は「他人の心を推し測ること。推察。推測。」
とあり、「手数料」は「?手数の報酬。コミッション。?[法律]国家・地
方自治体が特に個人のためにするする行為の報酬」と記されているが、や
はり「忖度」には日本式のウエットな、「手數料」には中国式のビジネス
ライクでドライな響きが感じられる。同時に「忖度」にせよ「手數料」に
せよ、それぞれの社会の仕組みと人付き合いの文化から生まれた振る舞い
と考えるなら、兎にも角にも互いの違いをハッキリと知っておくべきだ。
だが、ここで些か戯画化して考えてみるに、はたして殿サマと越後屋の関
係は「忖度」によって支えられているのか。はたまた両者は「手數料」に
よって結ばれているのか。おそらく権力と財力をテコにしたアコギな間柄
が「忖度」と「手數料」の相乗効果によって暴利を生み出すカラクリは、
日本も中国も同じようなものだろう。だが、考えてみれば、どこかが違う
ように思う。
日本の場合、取り引きの場に「葵の御紋」を手にした越後のちりめん問屋
に扮した水戸黄門が登場し正体を明かせば、一切が問答無用。殿サマも越
後屋も転がるように庭に飛び出し、「水戸のご老公様」の前に土下座して
一件落着となる。だが中国の場合、おそらく水戸黄門役も、ましてや「葵
の御紋」に相当する権威も存在しないだろう。万に一つ水戸黄門役が登場
したとしても、おそらく中国版の殿サマと越後屋の2人が「忖度」を働か
せる一方、水戸黄門は殿サマと越後屋の2人に応分の「手數料」を要求す
るに違いない。
ここで半世紀程昔の香港での細やかな経験を。
ある時、歩道を歩いていると、後ろの方からサイレンが。振り返ってみる
と、猛スピードのバイクを白バイが猛追。50メートルほど前方で白バイが
追い付きバイクを強制停止させ、取り調べを始めた。物見高いが何とや
ら。早速、走っていって2人の脇に立って取り調べの見物と思いきや、ど
うも様子がおかしい。
どうやら交通違反を見逃す代わりの金額の交渉、つまり「手數料」の相談
らしい。話が長引くばかり。すると暫らくして後方からもう1台の白バイ
が。てっきり助っ人かと思いきや、どうもそうではないらしい。それとい
うのも後の白バイの接近を見届けるや、先の白バイの警官が違反者を急き
立て別の場所に行ってしまったのだ。2台目の白バイの警官は、ニヤニヤ
しながらUターンし、いま来た方向に走り去っていった。
もうお判りだろう。かりに後から来た白バイを取り調べ(「手數料」の
交渉)に加わらせたら、「手數料」は目減りしてしまう。違反者(正確に
は、違反容疑者)からの「手數料」は検挙した者が“徴収”する・・・今は
昔の香港での生活の知恵だった。
(54)【立憲政治と受負主義】=「才取主義(コンミツシヨン)」に骨
絡みであればこそ、「如何に政治上に於て、受負社會主義を改め、才取主
義(コンミツシヨン)を改めんとするも」、成功は覚束ない。じつは「受
負主義」と「才取主義(コンミツシヨン)」はコインの裏表の関係で、と
どのつまりは同じで社会の仕組みに組み込まれている。「受負ふ故に手數
料を取る。手數料を取る者と豫定し、豫定せらるゝか故に、受負となる次
第」である。だから政治面の改革だけで、この悪弊・病理を取り除くこと
はできない。
当時、盛んに論じられていた立憲政治の行末を捉え、徳富は「立憲政
治は、受負政治とは、兩立致し難く候。如何に受負を廢止するも、「才取
主義(コンミツシヨン)」の流行する間は、先以てだめ」であり、それゆ
えに飽くまでも立憲政治を遂行しようとするなら「代議制度と、才取主義
(コンミツシヨン)との調和」を図るのが急務だろう、とした。
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【知道中国 1591回】
――「正邪の標準なくして、利害の打算あり」――(徳富30)
徳富猪一郎『七十八日遊記』(民友社 明治39年)
▽
徳富の主張を現在に敷衍してみると、共産党の一党独裁を廃止し、立憲
政治を貫徹し民主化を目指そうとするなら、やはり社会全般の全域に根を
張っている「才取主義(コンミツシヨン)」の根絶が必要条件となるだろ
う。逆に独裁政権が「受負政治」を墨守・貫徹するだけでなく、より巧妙
な形で進める一方、国民の側が「受負政治」に利得を求めている限り、民
主化は夢のまた夢・・・春の日の街道の前方に現れる「逃げ水」のような
もの。近づいたと思うほどに、民主化=立憲政治は遠のくことになる。
これを逆にいうなら、共産党政権は中国社会を“円滑”に動かしてきた
伝統的な「受負政治」と「才取主義(コンミツシヨン)」のカラクリを熟
知し、それを不断に“改良”しながら、より巧妙に延命を図っているとも考
えられる。
30年に近い毛沢東の暴政によって政権基盤が動揺をきたすや、共産党
政権は国是を政治(革命)から経済(金儲け)に180度切り替えること
で、失われた国民的支持の再構築を目指した。なりふり構わずに社会主義
市場経済という野蛮資本主義の道を驀進することになり、経済活動におい
て「受負政治」と「才取主義(コンミツシヨン)」が大手を振って動き出
す。かくて共産党政権と国民――北京の最上層から最下層の庶民レベルまで
――の関係に「受負主義」と「才取主義(コンミツシヨン)」という伝統が
完全に息を吹き返した。
独裁政治が「受負主義」と「才取主義(コンミツシヨン)」によって成
り立っていることが顕著になったのは、やはり天安門事件後に起きた経済
の高度成長だった。それというのも混乱収束後、権力と財力の合体した
「権貴体制」の弊害が叫ばれるようになりはしたものの、一向に改まる気
配がみられないからだ。やはり民主化の大前提は「受負主義」と「才取主
義(コンミツシヨン)」の克服しかないだろう。であればこそ共産党独裁
打破ではなく、諸悪の根源ともいえる「受負主義」と「才取主義(コンミ
ツシヨン)」という悪しき伝統の打倒を掲げるようになってはじめて、中
国における民主化運動は本格化するのではないか。
だが、ここで考えるべきは、中国が中国であるゆえに受け入れざるをえ
ない広大な土地と膨大な人口という前提条件である。この条件を受け入れ
たうえで(いや、受け入れざるをえいないわけだが)、より効率的な統治
制度を考えるなら、おそらく「受負主義」と「才取主義(コンミツシヨ
ン)」の組み合わせを選択するしかなかったのではなかろうか。それとい
うのも強大な封建王朝といえども、末端の個々人までを管理することは事
実上不可能だからだ。いわば「受負主義」と「才取主義(コンミツシヨ
ン)」という統治のカラクリは、中国にとって必要悪だったということに
なる。
歴史的に振り返った場合、中国は連綿として続く王朝国家ではなく、中
国と名づけられた統治制度を受け入れた封建王朝の集合体だと考えられる
が、この問題は孰れ別の機会を設け詳細に論ずるとして、徳富に戻ること
とする。
(55)【英人と支那人(一)】=「日本人と支那人とは、同文同種と申
し候得共、其の一皮を?ひて」みると、「日清の距離よりも、清英の距離
は、寧ろ接近致し居り候」。それというのも、清英双方は「其の個人主義
の實行者たる點に於て」、「其の?禮を大切にし、儀式を重んずる點に於
て」、「不器用にして、重くるしき趣味を有する點に於て」、「酷肖致
し」ているからだ。
たとえば「英國の日用品と、支那の日用品」を手に取ってみると、
「其の手鞏きと、頑丈なる擲ても、叩ても損はれぬ點に於て一致する」こ
とからも判るはずだ。
それにしても「日本人と支那人とは、同文同種」などという子々孫々にま
で害悪を流し続けるインチキを、いったい誰が、なぜ、いつ頃から口にし
はじめたのだ。
《QED》