東郷 勇策
“南京虐殺事件”は支那とアメリカの合作捏造プロパガンダ
今月20日の早川昭三氏のご論考『「南京大虐殺」は無かった』に触発さ
れ、少し書かせていただきたい。私も映画『南京の真実』第一部を拝見し
ていて、早川氏の描写に当時の記憶が蘇ってきたし又、これを機会に「史
実を世界に発信する会」の委員の端くれとして事実の拡散に資したいと考
えるからである。
先ず、南京(大)虐殺事件件なるものは捏造プロパガンダ過ぎなかったこ
とが明らかになり、今や論争そのものはほぼ鎮火したと考えていたが、早
とちりであったのか。
自虐史観に立つ反日左翼を中心に肯定論が喧しかったが、私などは極めて
単純に「我らが父祖がそんな残虐非道な戦争犯罪を起こす筈がない。愛国
心があればこんな与太話を信じられるわけがない」と受け止めていた。愛
国心と言ったが、これは“連綿と続く我が日本国の歴史の中で培われ育ま
れた文化・伝統を知る日本民族の一員であれば”というニュアンスでご理
解願いたい。
この問題は、揚げ足取りの反論等を含む夥しい議論で賑わったが、東中野
修道・亜細亜大学教授(当時)が著作『南京事件――国民党極秘文書から読
み解く』(草思社、2006年)にて台湾の国民党史館で発見した【国民党宣
伝部国際宣伝処工作概要1938〜1941】の内容を発表したことで、真実が明
らかになった。
支那国民党が外国人ジャーナリストを篭絡し密接な関係を築いていたこと
が記載されていて、外人記者の記述や証言の信憑性が大きく損なわれた
他、次のことが決定的だった。
支那共産党は、日本軍の南京入城約1ヶ月前から約11ヶ月間に外国人記者
団を相手に300回の記者会見を開催していたが、記録では、その中で唯の
一度も日本軍による組織的虐殺に言及していなかったのである。捕虜の不
法殺害も言及されていない。
白髪3千丈の支那人の社会であるから、仮に少しでも疑惑の行為があれば
嘘を交えてでも大いに非難した筈であるが、それがなされなかったという
ことは、組織的な犯罪行為は殆ど起きなかった、ほぼ皆無であった、とい
うことであろう。
それはそうであろう。ゴロツキ紛いの兵隊が多い他国の軍隊と比べ、我が
皇軍は厳しい軍律で知られる存在であったことに加え、他国の首都を巡る
攻防戦という観点から、より厳正な管理・指導が行われていたのである。
当然の帰結である。
南京虐殺事件を巡っては前述の通り議論百出であるが、事件の否定派は如
何なるイチャモンをつけられても無視し、この支那国民党の記録の存在と
いう事実を突きつければ事足りるのではなかろうか。この結果、私がこの
論争は鎮火済みと思い込んだのも当然であろう。
次に、なぜ支那国民党とアメリカとの合作による捏造プロパガンダと言え
るのか。
米軍は、大東亜戦争の末期に制空権を握るや日本本土の空襲に踏み切り、
人口密集地である都市の空襲を活発化して無辜の市民を虐殺した他、遂に
は悪魔の原子爆弾の投下にも手を染め、多数の日本国民の生命を奪った。
彼らは国際法規違反の戦闘行為であることを承知しており、それに対する
非難の排除或いは減衰化を狙った。GHQによる報道管制である30項目のプ
レス・コードに加え、色々と工作を行ったが、その証拠が残っており、そ
の一つを紹介する。
第2次大戦中、主として欧州戦線を戦った米国のマーシャル元帥が1945年
9月1日に著したレポート、“Biennial Report of the United States Army
to the Secretary of war 1 July 1939 - 30 June 1945”の和訳本が二冊
(次のA.及びB.)、異なる訳者によって別々に発行された。A.「勝利の
記録」(1946年8月発行) B.「欧・亜作戦」(1946年11月発行)その
A.とB.には次の違いがある。
1.GHQに関する言及
A:訳者の序文に 「GHQ民間情報教育局の絶大なる援助があった」 と
記載。
B:GHQについての言及なし。
2.「最後の勝利」の章における「日本が広島。長崎の原爆を蒙った」
と述べた後の文章
A:「日本は奉天、上海、真珠湾、バターンにおける悪逆に対し充分なる
償いを・・・」
B:「日本は南京、奉天、上海、真珠湾及びバターンにおける反逆に、充
分なる代償を・・・」
問題は、2.の記述の違いにあり、B.には原文にない「南京」が唐突に
付け加えられているのである。その背景を忖度すると、米国は1946年7月
頃、東京裁判の法廷に突如持ち出した「南京虐殺」をこの和訳本に反映さ
せようとしたものの、A.には間に合わず、B.への追記となったもので
あろう。そこでGHQとの関係の痕跡を消し去るべくB.ではGHQへの
言及は割愛したものであろう。
時系列からは上海の後に来るべき南京が、何の脈略もなく地名の最初に記
載されており、唐突性が強く感じられ、捏造を確信させるものである。
上記の内容は、2011年5月に目を通した『絵の具と戦争』(溝口郁夫著
(株)国書刊行会) の中で、著者の溝口氏が捏造の痕跡として指摘され
ていることである。当にその通りとメモを残したものが6年ぶりに陽の目
を見た。