2017年11月11日

◆日本の悪夢、米中の大取り引きはあるか

櫻井よしこ


11月5日からドナルド・トランプ米大統領がアジアを歴訪する。北朝鮮情
勢が緊迫する中で最も注目したいのが中国訪問である。
 
折しも習近平国家主席は第19回中国共産党大会を乗り切ったばかりだ。
自身への権力集中で専制独裁者並みになった習氏にトランプ氏はどう向き
合うのか。アメリカは価値観の旗を掲げ公正な秩序の形成と維持に貢献し
続けられるか。トランプ・習会談は、間違いなく、アジア、とりわけ日本
の命運を大きく左右する。
 
気になる記事が10月28日号の「ニューズウィーク」誌に掲載された。同誌
や雑誌「タイム」の執筆者として知られるビル・パウエル氏による米中関
係の分析である。
 
トランプ大統領が北朝鮮問題で中国と「大取り引き」(grand bargain)
するのではないかというのだ。氏の分析はヘンリー・キッシンジャー元国
務長官が10月にホワイトハウスを訪れたことに端を発している。
 
キッシンジャー氏の親中振りは周知のことだ。「年老いて弱くなったキッ
シンジャー氏がホワイトハウスに入ったそのタイミングが重要だ」と、パ
ウエル氏は書いた。トランプ政権がアジア歴訪を前にアメリカのアジア政
策を検討中に、大統領に助言することの意味は大きい。
 
パウエル氏の書く中国との大取り引きとは、➀中国は全ての手段を用いて
金正恩氏に核計画を諦めさせる、➁アメリカが検証し納得する、➂アメリカ
が北朝鮮を正式に認め経済援助する、➃在韓米軍2万9000人を撤退させる、
である。
 
在韓米軍の撤退は北朝鮮だけでなく、中国にとっても願ってもないこと
だ。反対に、韓国の安全にとっては危険を意味し、日本にとっては最悪の
事態である。
 
米中のこのような取り引きの前提と見做されているのが、ティラーソン
国務長官が繰り返し表明してきた「4つのノー」の原則である。
 
つまり、➀北朝鮮の政権交代(レジームチェンジ)は望まない、➁北朝鮮の
政権は滅ぼさない、➂朝鮮半島統一は加速させない、➃米軍を38度線の北に
派遣しない、である。

米韓同盟は消滅する
 
米軍が北朝鮮に入らない、つまり北朝鮮における中国の権益は侵害しな
いと言っているのであり、中国側が4つのノー政策に強い関心を寄せるの
も当然だ。いま北京を訪れるアメリカの要人は皆、4つのノー政策に関し
て国務長官はトランプ大統領の承認を得ているのか、どこまで真剣な提案
なのか、トランプ大統領はこれを正式な政策にするのかなど、質問攻めに
あうそうだ。
 
キッシンジャー氏も、別の表現で、アメリカは中国の思いを掬い上げるべ
きだとの主張を展開している。たとえば今年8月11日の「ウォール・スト
リート・ジャーナル」紙への寄稿である。その中で、年来のアメリカの対
北外交は全く効果を生んでいない、その原因は「米中の目的を融合させる
ことができなかったから」だと指摘している。
 
米中は核不拡散で原則的に一致していても、各々の主張の度合は異なる
として、キッシンジャー氏は中国の2つの懸念を説明している。ひとつは
北朝鮮の分裂又は混乱がもたらす負の影響への中国側の恐れである。もう
ひとつは、半島全体を非核化したい、国際社会の合意形成はともかくとし
て、朝鮮半島全体を非核化地域として確定したいとの中国の思いについて
の指摘だ。
 
ティラーソン氏の4つのノーに従えば、米軍は朝鮮半島から撤退する。即
ち米韓同盟は消滅する。当然、中国の影響力は格段に強まる。アメリカは
それを受け入れ、さらに朝鮮半島からの難民の流入や多くの少数民族への
影響を中国が恐れていることに留意してやるべきだと、キッシンジャー氏
は言っているのである。
 
氏の中国への配慮は非常にきめ細やかだが、日本に対してはどうか。朝
鮮半島の非核化を固定化したいという中国とそれに同調するキッシン
ジャー氏の頭の中には、その先に、日本には未来永劫核武装を許さないと
いう信条があると考えるべきだ。この寄稿を読んで、私は1971年に周恩来
首相に、在日米軍は中国に向けられたものではなく、日本の暴走を許さな
いための配備だと氏が語っていたことを思い出した。
 
斯様にキッシンジャー氏は論文で中国の主張を代弁しているのであり、
氏は同じようなことをトランプ大統領に助言したはずだ。
 
北京の代弁者としてのキッシンジャー氏が中国政府にとって如何に重要
な人物かは容易に推測できる。そのことを示すスピーチが、今年6月にロ
ンドンで行われていた。

最悪の事態
 
マーガレット・サッチャー元首相の名を冠した安全保障関連のセミナーで
のことだ。氏はサッチャー氏の先見性のある戦略論を讃えた後、中国につ
いて論じ、習氏を20世紀初頭の大戦略家、ハルフォード・マッキンダーに
とって替わる存在と位置づけた。一帯一路構想で習氏が世界の中心を大西
洋からユーラシア大陸に移行させたと持ち上げた。古代文明、帝国、グ
ローバル経済と発展した中国が、西洋哲学とその秩序に依拠していた世界
を新たな世界へと転換させていると評価した。

「この進化は中国の過去半世紀間での3つ目の大転換だ。毛沢東が統一
を、ケ小平が改革を、習近平が2つの100年を通して中国の夢を実現しよう
としている」と、氏は語った。
 
中国共産党成立100年に当たる2021年、中華人民共和国建国100年に当た
る2049年、2つの100年で、中国はそれまでの人類が体験したこともない程
強力な国家となり、並び立つものがない程豊かな国民1人当たりの富を実
現すると、描写している。
 
共産党大会で中華民族の復興の夢を3時間余りも語った習氏の主張と、
キッシンジャー氏の演説は重なっている。高揚した気分も同様だ。注目す
べきことは、この演説が今年6月27日に行われていることだ。習氏の第19
回共産党大会での演説は10月18日であるから、習演説の約4カ月も前に、
その内容を先取りして行われたのだ。氏は習氏の考え方の全容をずっと前
から聞いていたのだ。
 
田久保忠衛氏が語る。

「習体制と一心同体のようなキッシンジャー氏が、トランプ氏がアジア外
交を考えている最中にホワイトハウスに招かれ耳打ちをした。米中関係が
氏の思い描く方向に行けば、米朝の軍事衝突などあり得ない。日本は取り
残され拉致被害者救出も含め、中・長期的に日本の出番はないでしょう。
日本にとっての最悪の事態です」
 
自力で国も国民も守れない日本はどうするのか。もう遅いかもしれない
と思う。それでも、強調したい。1日も早く、独立不羈の精神を取り戻
し、憲法改正を実現することだ。それが安倍晋三首相の使命である。
『週刊新潮』 2017年11月9日 日本ルネッサンス 第777回
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