2017年11月21日

◆ISイスラム国は黄昏か?

平井 修一


マラ・レブキン/イエール大学ロースクール博士課程、アハマド・ムヒ
ディ/ジャーナリストの論考「「イスラム国の黄昏 離脱したシリア人元
戦闘員たちへのインタビュー」(フォーリンアフェアーズリポート6月
号)から。

<イスラム国(IS)を後にするシリア人戦闘員が増えている。2016年3月だ
けでも、数百人のイスラム国戦闘員がラッカやアレッポを離れて、戦線離
脱したと考えられており、その多くがシリア人だ。

離脱後、穏健派の自由シリア軍(FSA)に参加する者もいれば、紛争から
離れようと、国境を越えてトルコやヨルダンに向かう者もいる。

シリアのISは、現地社会や地勢などをめぐるインサイダー情報をめぐって
シリア人メンバーに多くを依存してきた。逆に言えば、シリア人戦士の戦
線離脱の増大は、シリアにおけるISの統治と軍事活動を大きく脅かすこと
になるだろう。

現在トルコにいる8人の元IS戦闘員たちへのインタビューから浮かび上が
るのは、もはや勢いを失い、自暴自棄となったイスラム国の姿だ。

*シリアからトルコへの脱出

ISに参加して2年後、アンマールはこの武装集団のイデオロギーに背を向
けた。シリア北東部デリゾール県出身の法科大学院の学生だったアンマー
ルは、バッシャール・アサド政権を打倒しようと、2011年に反政府運動に
身を投じた。

反政府・革命運動が壊滅的な内戦へと姿を変えるなか、2014年11月、彼は
イスラム国のメンバーになることを決意する。

「アサド体制を倒し、欧米が強いた数十年に及ぶ屈辱と抑圧を脱し、イス
ラムの尊厳を取り戻すには、カリフ制国家が必要だ」と確信したからだ。
「イスラム国ならシリアに正義と安全をもたらせる」と彼は純粋に信じて
いた。

だが、数年に及ぶ終わりのない社会暴力が続くなか、アンマールは「次第
にシリア人戦士を二流市民として、シリアの民間人をそれ以下の存在とし
て扱うようになったIS」に対して幻滅を感じるようになった。

「子供時代からの友人たちを処刑し、ヨーロッパや湾岸諸国からの外国人
戦士に自分たちの数倍の賃金を支払い、指導的立場に引き上げている」

こうしたイスラム国のやり方に、彼は大きな反発を抱くようになり、特に
「能力主義を貫き、ルールを尊重する」と表明しておきながら、外国人戦
士を優遇するイスラム国はひどく偽善的だと感じるようになった・・・>
(以上)

一方でイラクでは政府軍がISへの攻勢を強めているが、政権は利害対立が
激しくほとんど機能していないようだ。酒井啓子・千葉大学法政経学部教
授の論考「イラク・ファッルージャ奪回の背景にあるもの」(ニューズ
ウィーク5/27)から。

<何故この時期に?という問題がある。ファッルージャからISを追い出す
ためにイラク軍が動き始めたのは2月だ。昨年末にISから奪回したラマー
ディは、ファッルージャから西方40km足らず。ラマーディを攻略した勢い
でファッルージャにもすぐにでも、という様子だったが、2月初めに
ファッルージャへの補給を断つ包囲戦を始めたあともなかなか手をこまね
いていた。

それがなぜ5月に一気に攻勢に出たのか? 国民や国際社会の目をIS叩きに
向けなければならないような状況が、イラク内政にあったからだ。

そう、アバーディ政権の足元は、グラグラというより、蟻地獄さながらに
崩れ落ちていっている。そのことを如実に示すのが、5月に入って繰り返
し行われているサドル潮流による旧グリーンゾーン(現在はインターナ
ショナル・ゾーンと呼ばれる、旧米軍管理地域)への乱入事件だ。

その嚆矢となったのは4月30日の、サドル潮流が組織する大衆デモの暴徒
化と、そのグリーンゾーンとそこにある議会庁舎への乱入である。ちょう
どバイデン米副大統領がイラク訪問中だったこともあって、アバーディ首
相の統治能力のなさを露呈する事件となった。

だが、アバーディ内閣の混迷は、その前、4月から深刻化していた。もと
もとマーリキー政権の権力集中、党派政治を脱却して改革を進める、とし
て1年10か月前に発足したアバーディ政権だったが、改革の成果はいつま
でたっても目に見えない。シーア派宗教界からも、「改革をしっかり実施
せよ」と厳しいお叱りを受けて、3月末に内閣改造を発表したのである。

その内容は、彼なりの「派閥脱却人事」だった。当然、主要派閥はいっせ
いに総スカンの態度をとる。たとえば、あるクルド人を閣僚登用したとこ
ろ、クルディスタン地方政府を仕切るクルディスタン民主党が、反発。い
わく、「クルド人を起用するのはいいけど、うちらを通してもらわないと
ね」。

アバーディの問題は、ここで「派閥をぶっこわす」と言い切れるほど、
リーダーシップを発揮できないことだった。大御所たちににらまれて、
つっぱれるほど周りに知恵者もいない。結局4月半ばには大派閥の意向を
組んだ、派閥割振りの人事に妥協せざるを得なくなった。

と、その途端にアバーディの足元を見た各派が、独自の行動に出る。ア
バーディに引きずりおろされたと怨み骨髄のマーリキー前首相派や、ア
バーディの「派閥脱却」路線を利用して発言力の拡大を図るサドル潮流。
紛糾する議会の議論は、ペットボトルの投げ合いから取っ組み合いに発
展、さらにはアバーディと彼の右腕のジュブーリ国会議長に反発する議員
が、議会内で座り込みを始めた。

サドル潮流が4月末に、支持者を率いて議会内になだれ込んだのは、「改
革を阻み派閥政治に拘泥する座り込み議員に鉄槌を下す!」との名目だっ
たのである。

この混乱に手をつけられないアバーディが取ったのが、「国民と国際社会
の目をISに向ける」という逃げ道だった。みんなの敵ISをやっつけて
ファッルージャを解放した、という手柄を喧伝して、弱い首相のイメージ
を払拭しようとした。

しかし、払拭できたといえる状況では、到底ない。ファッルージャ攻撃自
体が、新たな対立の火種を抱えている。それが、さらなる宗派対立ムード
の蔓延だ。

政権をどう立て直すかも手の施しようがないが、自制もなく宗派意識をむ
き出しに他宗派を罵る、宗派意識の深化はさらに深刻だ。ISがいなくなっ
たとしても、その残した遺恨は、図りなく大きい>(以上)

米軍のイラク攻撃以前はサダム・フセイン率いるバース党が強権独裁であ
れ、とにもかくにも統治していた。米国は占領に当たってはこの統治機構
を利用すべきだったのに、逆に完璧に破壊してしまった。ネオコンに引き
ずられて大失敗。パンドラの箱が開いてカオスになった。

ISイスラム国が黄昏かどうかは分からないが、イラクがシリアともども数
十年は混乱のままだろうことは確かだ。(2016/6/9)
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