2018年01月04日

◆「慰安所の帳場人の日記」は何を物語るか

櫻井よしこ


東亜大学人間科学部教授の崔吉城氏の近著に、『朝鮮出身の帳場人が
見た慰安婦の真実 文化人類学者が読み解く「慰安所日記」』(ハート出
版)がある。

この「慰安所日記」とは、戦中、ビルマ(現ミャンマー)やシンガポール
の慰安所で帳場人として働いていた朝鮮人男性の日記だ(以下『帳場人の
日記』)。慰安所の実態を誰よりもよく知る立場にあった人物の記録であ
り、慰安婦の実態を知るこの上ない手掛かりとなる。それだけに、意気込
んで手に取ってみた。

しかし、読んでもどかしい思いが残る。もっとはっきり知りたいと思うと
ころに中々行きつかない。

崔氏は3年前、同じ出版社から『韓国の米軍慰安婦はなぜ生まれたのか』
も上梓している。合わせて読めば、氏が『帳場人の日記』に深い関心を寄
せ続けてきたこと、日記をできるだけ客観的に読み解こうとしていること
も、明らかである。

氏は、「国家や戦争などを通じて性を考察すること」をテーマとしてきた
という。背景には、10歳の頃に勃発した朝鮮戦争の体験があった。序章か
ら引用する。 

「国連軍は平和軍であり、共産化、赤化から民主主義を守ってくれる天使
のような軍だと思われていた。だからみんなが手を振って迎えたのに、村
の女性に性暴行するとは、思いもよらないことであった」

氏の生まれ故郷の村では儒教的な倫理観が強かった。しかし「戦争とい
う不可抗力と、性暴力の恐怖によって、住民たちは売春婦、つまり『米軍
慰安婦』を認めざるを得なかった」、「国連軍に翻弄された小さな私の故
郷の村は、売春村となった」、それによって「一般の女性たちが性暴行を
免れることができた。いま問題となっている慰安婦問題にも、そうした側
面があったのか」と、氏は問うている。重要な問いだ。

慰安婦問題は日本だけではなく、国連軍や各国の軍を含めた問題である。
さらに加害、被害の両面において、韓国自身も関係するという認識が、崔
氏の分析を公正なものにする力となっている。

韓国では「慰安婦は被害者から愛国者へと変換され、民族的英雄のように
銅像が建てられ、拝まれているが、実はその現象は、新しいものではな
い」と氏は指摘し、 妓生(きーせん)の論介(のんげ)の例を引用する。

当時の事実

朝鮮の人々が日本人を「倭」と呼んでいた時代、妓生の論介は国を守るた
め、敵である日本の武将を抱いて川に身を投じたそうだ。韓国の人々は慶
尚南道晋州に彼女を奉る『義妓祠』を建てて、彼女を英雄から神に祭り上
げた。妓生や売春は儒教的道徳観によって否定されるが、政治的要素で状
況は大きく変わり得るということだ。

『帳場人の日記』は4年前の2013年8月、ソウル大学名誉教授の安秉直(ア
ンビョンジク)氏が解説する形をとって韓国で出版された。同書は韓国に
おいて、慰安所は「揺るぎない日本軍の経営」の下にあり、従って慰安婦
も厳しく監視されていたという主張の論拠となる資料だとされた。反対に
日本では、慰安所が公娼制度の下で営まれていたことを示す証拠と見做さ
れた。

前述のように崔氏は、どちらの側にも与(くみ)しないよう、慎重に本にま
とめた。内容が物足りないのは、日記の日本語訳が部分的な引用にとどま
り全体として示されていないからであろう。全てを日本語訳で出版できな
いわけを私は知る由もないが、慰安婦問題を正しく知る上で残念なことだ
と思う。

それでも崔氏の著作は、当時、慰安所がどのように位置づけられていたの
か、どんな人々が関わっていたのかを、教えてくれる。過去の事象に現代
の価値観や見方を当てはめるのではなく、帳場人だった朴氏の視線を通じ
て当時の事実を見せてくれる。朴氏は1942年7月に釜山からビルマのラン
グーンに向かう船上にいた。第4次慰安団の一員だったのだ。同じ船に、
高額の貯金を残したことが日本でも知られている慰安婦の文玉珠氏も乗っ
ていた。

ラングーン到着後、朴氏は暫くして慰安所で働き始める。11月にはアキャ
ブという所に移動しているが、この地にあるシットウェーという港は、近
年中国が巨額の資金を投じて整備し、中国海軍が拠点としている。年が変
わった43年、氏は再びラングーンに戻り、その後幾つもの市や町を移動し
た。慰安所は1カ所に定着して営業することはあまりないのだと実感する。

各地を移動し、43年の9月末にはシンガポールに移り、朴氏は翌年の44年
12月に故郷に戻った。

その間に朴氏は自分や同僚のために、また慰安婦の女性のためにも驚く程
の送金をしている。たとえばビルマに戻って日も浅い43年1月16日、朴氏
は慰安所経営者の山本龍宅氏から3万2000円を故郷の家族に送金するよう
指示されたと書いている。

実はこの山本氏は、朴氏の妻の兄弟である。朴氏の働いた慰安所は同胞が
経営していたのだ。朴氏の日記には慰安所経営者として多くの日本名が登
場するが、人間関係を辿っていくと、その多くが朝鮮人だと崔氏は指摘する。

「本人に戻るブーメラン」

朴氏が、妻の兄弟から送金を頼まれた3万2000円は現在の貨幣価値ではど
のくらいなのか。崔氏は当時の公務員の給与を75円、それがいま約20万円
として計算した。3万2000円は現在8530万円になる。

「実に、1億円近い大金が、行き来していたわけである」と崔氏は驚いて
いるが、朴氏が朝鮮の家族や自分の口座に送金した中に、1万円台、2万円
台、3万円台の額が目につく。1億円近い額を2年の間に数回送金できた
程、慰安所経営は利益が上がったということだ。

他の多くの慰安所でも同じような状況があったはずだ。女性たちも高額の
収入を手にし、経営者は慰安所を営み、時にはそれ自体を売買していた。

わずかだが、慰安所での生活も紹介されている。朴氏は公休日には映画を
よく見たようだ。「たいていは同業者と一緒」だが、「時には慰安婦たち
や仲居などと一緒」だった。「鉄道部隊で映画があり、慰安婦たちが見て
きた」という記述もある。

朴氏の日記を精読した崔氏が結論づけている。そこには慰安婦の強制連行
に繋がるような言葉すらない、と。氏は、「性的被害をもって問題とする
ことは、どの国、どの民族でも可能だ」、従って「韓国が、セックスや貞
操への倫理から相手を非難することは、韓国自身のことを語ることに繋
が」る「いつか必ず本人に戻るブーメラン」だと強調する。

韓国はそのような対日非難をただちに中止すべきだというのが氏の結論
だ。私は同感だが、トランプ大統領との晩餐会に元慰安婦を招く政権の耳
には、この直言は届かないのである。
『週刊新潮』 2017年12月14日号  日本ルネッサンス 第782回

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