2018年02月12日

◆英語には意外な言い方があるのだ

前田 正晶


It’s yours.

解説)こういう言い方を1970年頃に香港から来た貿易商にされた時には、
悲しいかな何のことか解らなかった。言うなれば Make it yours. でも同
じような意味になるとは、後に知ったのだった。何れも「君に上げるよ」
なのである。それなら素直に I will give ~ to you. とでも言ってくれ
れば良いのにと思った。



このことをアメリカ人に話してみたら「そういう言い方はあるが、そのま
までは一寸不躾だと思う。我々ならば please を付ける」と教えてくれた。



It’s all yours.

解説)これは上記と似ているが、全く異なる意味で使われていた。即ち、
司会者が講演か説明かプレゼンテーションをする人を紹介した後で、言っ
たことだった。敢えて日本語にしてみれば「さー、貴方の番です。どうぞ
お話し下さい」とでもなるだろうか。All が入っただけで全く意味が変
わってくるのが面白かった。



It’s a piece of cake.

解説)日本語にすれば「朝飯前」ということだろう。要するに「簡単なこ
とだ」か「お安い御用だ」と言いたい時に使える表現だと思う。同じよう
な意味で彼らがよく使っている言葉に cinch というのがある。これは、
Oxfordには「アメリカン・イングリッシュの話し言葉であり、馬の腹帯を
締めるという意味」とある。なお、余計なことかも知れないが、It would
be a before breakfast matter. などと言っても通じないと思う。



I will give you a ride.

解説)これも話し言葉に馴れていないとまごつく表現の一つだと思う。要
点は ride である。「私の車で送ってあげるよ」という意味なのだ。これ
も初めて聞いた時には「何のこと?」と一瞬戸惑ったが、雰囲気で見当が
付いた。自動車の運転をしない(出来ないし、免許を取ったこともない)
私がアメリカで常に言っていたことが Who will give me a ride back to
my hotel? と Who will pick me up tomorrow morning? だった。後者は
「明朝は誰が迎えに来てくれるの」となる。I need a ride.となどという
一寸図々し言い方もある。



Let’s play it by ear.

解説)これも初めて聞いた時には「何を言っているのか」と困惑させられ
た。“to play it by ear”は本来は「譜面を見ないで(即興か諳譜で)演
奏する」という意味だそうだが、それが転じて「どうなるかは解らない
が、その場の状況に応じてやってみよう」と言いたい時に使われるように
なった。言わば「臨機応変に行こう」なのである。



I’ll tell you what.

解説)これも何のことか直ちに理解できなかった。日本語で何と言えば良
いかも解らない話し言葉かと思う。皆で昼食に出掛けようとなった時に、
中華か日本食か意見が纏まらなかった。そこに最年長者が割って入って I
will tell you what. Let’s try Mexican.と言ってメキシコ料理に決まっ
たのだった。



We are a party of four.

解説)前項の続きのような言い方。レンストランに入って入り口の
Please wait to be seated. の看板のところに立っている係員(maître-
d‘ または maître d)に「我々は4人である」と告げているのだ。ただ単
に Four. と言っても通じるが、この方が格好が良いか?電話予約の時な
どには使える言い方だ。尤も、電話では We need a table for four.と
言っても良いと思う。



何時のことだったか、私が昼食が終わって一緒に来ていた秘書さんたち
を、この「お席にご案内しますので、ここでお待ちを」と看板のところに
立って待っていた時に、後から入ってきたお客に Table for two,
please. と言われてしまったことがあった。その日は金曜日で、私は寛い
だ服装で濃紺のダブルブレストのブレザーを着て濃灰色のズボンをはいて
いたので、如何にもメートルデイ―っぽく見えたらしい。それを見ていた
女性たちに「貴方は新しい職を確保できたではないか」と大受けだった。



筆者の意見:

私はこれまでに繰り返してアメリカで日常的に使われている表現を紹介し
てきた。しかし、我が国の学校教育での英語で育った来られた方々には
「これぞ一般的に通用する話し言葉であるから、会話を為さる時には積極
的にお使いになれば」と薦めた記憶はない。その理由は簡単且つ明らか
で、我が国で教えられている『科学としての英語』とは違いすぎで、この
ような表現を使えば、木に竹を接いだようなおかしな事になる危険性が高
いから」である。



でも、彼らがこういう表現をするものだと予め備えができておられれば、
「何を言っているのだろうか?」と困惑せずに済むとは考えている。正直
なところ、私はそういう未知な表現に出会った際には、「解らない」と正
直に申告するか、後で同僚にでも尋ねて「そういうことか」と覚えて自分
のものにしてきたのである。これも重要な勉強法の一部だった。

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