2018年03月31日

◆9条の2加憲条文の熟議を

宝珠山  昇


3月25日、自民党の「自衛隊を明記する自民党案:改正案の軸となる執行
部案(以下「執行部案」という。)(注)が報道された。

この執行部案は、九条の規定と現実態の矛盾を解消し、自衛隊を正当に位
置づけるものとは評価し難いものである。

安倍総裁が期待した、国会の発議の可能性が見込めるたたき台とはなり難
いものであろう。むしろ、自衛隊加憲反対勢力の、疑心暗鬼を煽り、歩み
寄りを困難にし、反対勢力に塩を送るに等しいものとさえ思われるもので
ある。

(注)9条の2(新設):前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国
及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、その
ための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣
総理大臣を最高の指揮監督権とする自衛隊を保持する。 (2項 引用を
省略)

24 日の読売新聞の社説は「自民9条改憲案・明快な条文へ熟議が必要だ」
として、次の趣旨の懸念等を述べている。いずれも至当なものである。

△党内の一任を取り付けた細田博之本部長が、他党との協議で示すという
憲法改正推進本部執行部案は、次のような難題を孕んでいる。

(1) 戦力の不保持などを定める2項を残せば、自衛隊が「戦力」に当
たるのか、という長年の不毛な議論に終止符は打てないことが懸念される。

(2) 執行部案にある「自衛の措置」は、集団的自衛権の全面的な行使
を意味するのかどうか、今後、議論が続くだろう。

(3) 2項を削除し、「陸海空自衛隊」を保持するとの案は、「軍隊」
であるとの位置付けを明確にし、「戦力」との整合性は問われず、あいま
いさがない。一方、現行解釈の撤廃であり、防衛政策の全面的な転換と受
け取られかねない。国民の理解を得るのは容易ではないだろう。

このような意図や効果の異なる複数の9条改正案を、自民党が示せば、混
乱を招き、合意形成の妨げになりかねない。自民党案の一本化は欠かせな
い。自民党は分かりやすい条文案を早期にまとめ、国民の理解を得る努力
を尽くすべきだ。

各党は、(森友学園に関する決裁文書の書き換え問題等とは切り離し
て)9条に関する見解をまとめ、衆参両院の憲法審査会で、建設的な議論
を深めるべきだ。

執行部案が、自衛隊を「戦力」と認めないものであれば、「自衛隊を正当
に位置づける」ことにはなるまい。自衛隊は、戦力であってこそ「自衛の
措置をとるための実力組織」である。実態も、世界有数の通常兵器による
武力・実力組織、戦力として内外で認知されている。戦力として公認すべ
きである。

補足説明:言うまでもないことであるが、占領下の、昭和21年(1946
年)11月3日公布の憲法9条は、「国権の発動たる戦争と、武力による威
嚇又は武力の行使ができる陸海空軍その他の戦力の保持」と「交戦権」を
否認している。

しかし、これは、昭和27年(1952年)4月28日の対日講和・日米安保条約
の発効、極東委員会・対日理事会・GHQ廃止、即ち、占領状態が終わ
り、わが国が独立・主権を回復したことに伴い、憲法改正の手続きをとる
暇などがないまま、国権の最高機関の議決により実質的に改正されている。

現在の自衛隊は、国際法的には、憲法98条2項により「誠実に遵守するこ
とを必要とする」日米安全保障条約第3条の規定に従って「締約国は、個
別的に及び相互に協力して、継続的かつ効果的な自助及び相互援助によ
り、武力攻撃に抵抗するそれぞれの能力を、憲法上の規定に従うことを条
件として、維持し発展させ」てきたものである。

国内法的には、昭和29年(1954年)6月9日公布の防衛庁設置法及び自衛隊
法により、「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため直接侵略及
び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、
公共の秩序の維持に当たるもの」として、国力国情に応じ漸進的に、公然
に整備されてきたものである。

これらの歴史的事実は、自衛隊が、自衛権の武力による行使手段、戦力、
軍隊、交戦権を持つ主体として、内外において、六十余年にわたり認めら
れ続けている、合憲の実力組織、国際法上の軍隊であることを証明している。

安倍総裁が提案した「自衛隊加憲」の条文案は、これらの歴史的事実を、
これまでの憲法九条に関連する政府統一見解などを踏まえて、追認する、
素直に憲法の条文に移せば、前述の読売新聞社説が提示している懸念等は
解消ないし軽減できるはずである。

例えば、(執行部案の注釈的表現は避けて)、「9条の2 前条に規定す
る正義と秩序を基調とする国際平和が実現するまでは、前条の規定にかか
わらず、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つため必要最
小限の実力組織として、法律の定めるところにより(以下執行部案と同
じ)」などとすればよいはずである。

執行部案は、「必要最小限の実力組織」の表現は「理解しにくい」などと
し「自衛の措置をとる実力組織」の表現を選択しているという。しかし、
この方が、必要最小限よりはるかに質・量、行動ともに広い印象を持たれ
るもので、無用の誤解を招き、国民の合意を得られ難くするものと思われる。

防衛省(庁)・自衛隊は、「必要最小限」の用語の下で、六十余年にわた
り、安全保障環境の変転に対応しつつ、整備、充実されてきている。例え
ば、要撃戦闘機の「空中給油装置」を、戦闘行動範囲が必要最小限度を超
える恐れがあるなどとして一時期は撤去され、その後防衛環境の激化が進
むと、必要最小限の範囲内のものとして再装備されるなどして来ている。

必要最小限の用語は、関連する政府統一見解などの各所で使用され、定着
しているものであり、自衛隊の質、量、行動などを縛りすぎるもの等の懸
念は誤解に発するものである。

自衛権の行使は、国民の意思、保有する自衛力の質・量及び生存環境に
よって限界づけられるものである。国際社会もこれを必要最小限度に抑制
することを要請している。

国は、自衛権行使の必要最小限度を、常々論じて準備して行かなければな
らない。その判断を誤れば国を滅亡に導きかねない。

「自衛隊は憲法9条2項の戦力ではないのか」とか、「集団的自衛権の行
使は憲法違反ではないか」などと言った、憲法を守って国が亡びることも
厭わないに等しい、本末転倒した、国益・国防を軽視した、不毛・非生産
的な論議はやめるべきである。日本国民とその代表の良識は、自衛権の過
剰行使、乱用などを許容することはないと信じている。

時々の安全保障環境、国益等を踏まえ、「それは、自衛のための必要最小
限度のものであるか」を中心に、普通の国の防衛・安全保障論議ができる
環境を整えられる自衛隊加憲案が、提示され、速やかに実現することを希
求する。  (2018年3月28日 記)

〇以上の老生の呟きについてご興味をお持ちいただける方は、2017年6月
19日以降の「頂門の一針」、「国際平和戦略研究所」(CISS)のHP
の「提言」欄や、老生のHP[ 
http://natdef.exblog.jp ]の憲法改正の項などを参照いただければ幸い
です。また、これらは、これまでに掲載されたものと重複があることをお
許し願います。

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