2018年04月11日

◆男らしさはどこへ行ったのか

加瀬 英明


夏季、冬季オリンピックが2年ごとに巡ってくるたびに、日の丸が何本あ
がるか、血涌き、肉躍る思いがする。

スポーツや、武道の領域で最高峰をきわめるためには、自分を相手に戦っ
て、努力しなければならないが、文弱の者には理解できないだろう。

韓国ピョンチャン大会で、日本が国として4つの金メダルを獲得した
が、3つが女性の活躍によるものだった。

個人では、5人の乙女に1人の男性によったから、5対1だった。

羽生結弦選手が金を勝ち取って、本当によかった! 羽生君、有難う!

女性ばかりが金を獲得して、もし男が1人もいなかったとしたら、女性
たちが大股で闊歩するのに出会うたびに、われわれ男は俯(うつむ)いて、
背中をまるめて、道を譲らねばならなかったところだ。

私はテレビで、5人の乙女の姿を見て、1300年の時空を超えて、大 伴旅
人(おおとものたびと)(665年〜731年)が『万葉集』のなかの 「松浦川
に遊ぶ」に、そこで会った乙女たちの「花の容双(かほなら)びな く、桃
の花を頬の上に発(ひら)く」と詠じているのを思った。

私は日本が天平時代に戻ったと、思った。

『万葉集』が編まれた天平の奈良時代には、日本は世界のなかで、男女
が対等だったか、女性が優っていた、唯一つの社会を形成していた。

『万葉集』のなかで、多くの男女が恋歌を交換しているが、男女が対等
でなければ、ありえないことだ。

平安時代でも、女性は男性に教養で劣らなかった。女性による平安時代
の文学作品は、多くが失われたにちがいないが、今日100点近くが存在 する。

同じ時代の世界をみれば、西洋、中東、中国、朝鮮とどこをとっても、
女性はほぼ全員が文盲で、男に従属していた。それに対して、日本の男は
やさしくて、繊細なのだ。

日本の最高神の天照大御神は、女神でいらっしゃる。西洋、中国、中東
の神話の最高神は、みな男性で絶対神だ。

 日本では祖国を母国といって、なぜか父国という表現がないが、英語で
はファーザーランド、ドイツ語ではファーターランドといい、フランス語
には父国(ラ・パトリ)しかない。
アメリカでは、昨年、高名なハリウッド映画界のプロデューサーのハー
ヴェイ・ワインスタイン氏が、多年にわたって多くの女優を弄(もてあそ)
んだことを、女性たちによって暴露されたことから始まって、与野党の連
邦議員にも及んで、全米にわたって女性による「ミー・ツウ」(私
も、#MeToo)運動となって、数千人、数万人による抗議デモが、毎日のよ
うに続いている。

西洋は、アメリカだけでなく、日本でひろく信じられているのと正反対
に、男尊女卑の社会だ。

とくに、アメリカは酷いものだ。2016年にハーバード大学では、報 告さ
れただけでも、27人の女子学生が男子学生によるレイプ被害にあ い、前
年卒業した女子学生の3人に1人の31%が、男子学生による性暴力を経験
している。

ヒラリー夫人が率いた民主党の選挙スローガンの1つが「女の戦い (ウォ
ア・オブ・ウィメン)」で、学園(キャンパス)をはじめとして、男性 の性
暴力を根滅しようというものだった。

西洋では女性に対するセクシャル・ハラスメント――性的な嫌がらせは、
日常茶飯事だ。ユダヤ・キリスト・イスラム教は同じ神を拝む宗教だが、
女性を蔑視している。

日本では、武士上位の江戸時代に入るまで、夫婦(めおと)は女男(めお
と)と書かれた。どうして、夫婦を「めおと」と発音することが、できる
ものか。

日本ではカーナビの指示の声も、交差点でスピーカーから流れる注意
も、女の声ときまっている。乳母車や、トラックのホロを「母衣(ほろ)」
と書くが、武士が首筋を守ってかけた鎖綱のことだ。女性への甘えが強い
のだ。日本では主な家屋は母屋、卒業校は母校だし、いまでも和船に女男
釘(めおとくぎ)が使われている。

私は安倍内閣の応援団だが、女性の“社会進出”を奨励する「一億総活躍
社会」に、首を傾げざるをえない。

専業主婦も家にあって、立派に活躍している。女性が家を守って、子育
てに当たることを、国が支援するべきである。少子化こそ、大きな国難だ。

北一輝といえば、青年将校が暴走した2・26事件に捲き込まれて処刑
された、政治思想家で、あの時代の傑出した申し子だった。 

『日本国家改造法案大綱』によって知られるが、次のように述べている。

「婦人は家庭の光にして人生の花なり。婦人が妻たり母たる労働のみと
ならば、夫たる労働者の品性を向上せしめ、次代の国民たる子女をますま
す優秀たらしめ、(略)特に社会的婦人の天地として、音楽美術文芸教育
学術等の広漠たる未墾地あり。(略)婦人が男子と等しき牛馬の労働に服
すべき者ならば天は彼(か)(女性)の心身を優美繊弱に作らず」

私は男性たちが牛馬のように、身を粉にして働いている会社労働に、女
性たちが競うようにして、加わるべきではないと思う。

それぞれの国の国民性は、2000年にわたって、雛型が変わらない。

日本は女性が強い国であってきた。男性が武に励むことによって、辛じ
て男女の均衡を保ってきた。もともと女性上位の社会であったために、男
たちは女性から男として認めてもらうために、凛々しく振る舞ってきた。
女が男に「男らしくしなさい」というのは、日本だけだ。

それなのに、アメリカが強要した憲法によって、武が否定されたため
に、男が腑抜けで、軟弱になってしまった。このままでは、国が滅びる。



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