2018年05月05日

◆安珍・清姫伝説で有名な「道成寺」(御坊市)

石田 岳彦


長い階段を数えながら登ると確かに62段でした。上りつめたところには仁王門があり、当然のことながら仁王さんが立っています。門をくぐって左側には金属製の手水鉢が置かれていました。
 
小学校の音楽の時間に教わった童謡「道成寺」にある「62段の階(きざはし)をあがりつめたら仁王さん 左は唐銅(からかね)手水鉢」との歌詞は事実でした。しばしば追憶と感傷にふけります。

安珍・清姫伝説で有名な道成寺です。

大阪からJRの特急で御坊駅まで。そこから普通電車に乗り換え(本数が少ないので、時間的余裕と人数に応じてタクシーを利用するのがよいかと思います)、1駅行くと道成寺駅です。

改札を通り、踏切を渡って、駐車場と土産物屋(兼食堂)に挟まれた短い参道を通り抜けると冒頭の階段へ至ります。

62段の階段を登りつめ、仁王門をくぐると、正面に本堂、その右側(東側)には三重塔。いずれも江戸時代の建物で、相応に貫禄があります。

もっとも私の(おそらく、ほとんどの参拝客の)お目当ては、境内西側にある鉄筋コンクリート製の宝仏殿・縁起堂の中で待っています。

宝仏殿・縁起堂は1つ繋がりの建物で、仁王門から見て、手前の、入り口のある建物が縁起堂、奥が宝仏殿です。

縁起堂では、和尚さんが絵巻物(のコピー)を拡げ、安珍・清姫伝説についてユーモアを交えながら、絵解き説法をしてくださいます。説法は頻繁に繰返し行われるので、そう待たされることはないでしょう。

次に述べるように、安珍と清姫の伝説は、事件それ自体は極めて陰惨で後味の悪いものですが、和尚さんの語りのお蔭で、全く暗くなりません(それはそれで問題な気もしますが)。

時は平安時代前期の醍醐天皇の御世。安珍という若い僧侶が、熊野三山の巡礼のために奥州から紀伊の国にやってきました。

ところが、道中、安珍が土地の有力者の屋敷に泊まった際、その屋敷の娘である清姫は安珍に惚れてしまい、還俗して自分と結婚してくれるよう強く迫ってきたのです。

結果から見ると、ここで安珍はきっぱりと断るべきだったのでしょうが、清姫の執拗な懇願を拒絶し切れず、結局、巡礼を終えたら帰り道にまた清姫に会いに来ると嘘をつき、屋敷を後にしました。

その後、清姫は首を長くして安珍を待ちますが、約束の日になっても安珍は訪れません。清姫は屋敷を抜け出し、安珍を探し出しましたが、安珍は人違いだと嘘をつき、清姫を相手にしようとしません。

これも結果論ですが、安珍はここできちんとした謝罪のうえ、清姫と一緒になるなり、きっぱりと拒絶するべきだったのでしょう。清姫は悲しみの余り、半狂乱になってしまい、やがて蛇の化け物になり、安珍を猛追します。

安珍は死に物狂いで逃げ、道成寺に逃げ込み、寺の僧侶らに事情を話しました。僧侶らは鐘楼に吊ってあった梵鐘を下ろし、その中に安珍を隠しますが、清姫の化けた大蛇は梵鐘に撒きつき、火を噴いて安珍を焼き殺してしまい、自身は入水自殺してしまいました。お終い(実際の説法では、この後、夫婦円満その他の在り難い和尚さんのお話が続きます。)。

この事件は、記録(?)に残っている限り、日本で最古・・・かは知りませんが(未遂でよければ、イザナギ、イザナミの黄泉比良坂の件が最古の事例として挙げられそうです)、おそらく最も有名なストーカー殺人事件でしょう。

歌舞伎、謡曲等、様々な芝居の題材になっていて、道成寺ものというジャンルを形成しており、縁起堂にも様々な道成寺もののポスターが張っていました。

和尚さんの絵解き説法を聴き終えたら奥の宝仏殿に進みます。

道成寺の創建には複数の伝承があり、時期についてもはっきりしないそうですが、遅くとも奈良時代前半には建立されていて、古い寺宝・仏像も少なからず残っています。

その中で最も有名で、かつ特筆するべきものは、やはり国宝に指定されている平安時代の千手観音立像・伝日光菩薩立像、伝月光菩薩立像の仏像3体でしょうか。

肉付きのよい、がっしりとした体躯の堂々たるお姿です(ご多聞にもれず、写真撮影禁止なので残念ながら画像はありません。)。ここで、あれっと思われた方もいるかも知れません。

というのも、日光菩薩、月光菩薩は本来、薬師如来の左右を守る脇侍であり、他の如来や菩薩につくことは基本的に無く、また、千手観音は単体で祀られることがほとんどで、脇侍がつくことは、まず無いからです。
   
そういうこともあり、実のところ、この3体が1つのセットとして作成されたものか否かについては確証がなく、争いがあるとのことでした。

ちなみに奈良市の東大寺の法華堂では、千手観音ではありませんが、不空羂索観音と日光菩薩・月光菩薩という組み合わせが見られます。

こちらについては、日光菩薩と月光菩薩が後になってから余所のお堂より移されてきたのではないかとの説が有力なのだそうです。

大阪からはやや遠いですが、早起きをすれば余裕をもって日帰りできるはずです。白浜温泉への行き帰りに途中下車をして立ち寄るのもよいかもしれません。
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