2018年06月01日

◆米国はリビア方式を貫けるか

        櫻井よしこ


約3週間後に予定されている米朝首脳会談を前に、朝鮮労働党委員長の金
正恩氏が、またもや恫喝外交を展開中だ。北朝鮮の得意とする脅しとすか
しの戦術に落ち込んだが最後、トランプ大統領はこれまでのブッシュ、オ
バマ両政権同様失敗するだろう。

いま大事なことは2つである。国家安全保障問題担当大統領補佐官、ジョ
ン・ボルトン氏のいわゆる「リビアモデル」の解決策を貫くことと、「制
裁解除のタイミングを誤れば対北交渉は失敗する」という安倍晋三首相の
助言を忘れないことだ。

北朝鮮の恫喝は米中貿易摩擦に関する協議が行われるタイミングで発信さ
れた。5月16日、北朝鮮第一外務次官の金桂冠氏が、米国が一方的な核放
棄を強要するなら、米朝首脳会談開催は再考せざるを得ないと言い、ボル
トン氏を、「我々は彼に対する嫌悪感を隠しはしない」と名指しで批判し
た。ボルトン氏はホワイトハウス内の対北朝鮮最強硬派と位置づけられて
いる。

翌日、トランプ氏は大統領執務室でこう反応した。

「北朝鮮の核廃棄についてのディール(取引)ができれば、金氏はその地
位にとどまることができるだろう。そうでなければ、『完全崩壊』の運命
を覚悟すべきだ」

同時に、ホワイトハウスのサンダース大統領報道官もトランプ氏も、リビ
ア方式は考えていないとのメッセージを発信した。サンダース氏は、「リ
ビアモデルではなくトランプモデルだ」とも語った。

ここで見逃せないのは、「リビアモデル」という言葉を用いながらも、そ
の正確な意味をトランプ氏が理解していないと思われることだ。トランプ
氏は北朝鮮へのリビア方式の適用は考えていないとして、次のように語っ
ている。

「米国は(リビアの)カダフィを存続させるなどというディールはしな
かった。しかし、米朝で合意が成立すれば、金氏は米国による安全の確約
と十分な保護を得て彼の国を統治し続けるだろう。彼の国はとても豊かに
なるだろう」

日朝会談にも負の影響

この他にもトランプ氏は、米軍はカダフィを滅ぼすためにリビア入りし
た、などとも語っている。しかしカダフィ氏は核を廃棄したから殺害され
たのではない。反対に、彼は核廃棄によってクビをつないだのだ。8年間
生き延びた果てに2011年に、リビア国民に殺害されたのである。

ここは大事な点だ。この点の理解なくしては米朝会談にも、いずれ開かれ
るであろう日朝会談にも負の影響が及ぶだろう。

03年12月、地下の穴蔵に潜んでいたイラクのサダム・フセイン大統領が米
軍に発見された。それを見てカダフィ氏は震え上がった。3日後、カダ
フィ氏は英国政府経由で米国政府に「これまで行ってきた核開発をすべて
止める」と伝えた。

米英両国は中央情報局(CIA)と秘密情報部(MI6)の要員を直ちに
リビアに送り込んで、秘密の核開発施設など全ての拠点を開示させた。そ
の上で翌年1月に米空軍がリビア入りし、濃縮ウラニウムやミサイルの制
御装置などを米国に運び出した。3月には艦船を送り、遠心分離機をはじ
め核開発に関する装置のすべてを搬出したのである。

一連の作業は3か月で終了した。すべてが終わった時点で初めて米国はリ
ビアに見返りを与え始めた。米国とリビアの国交正常化は06年5月。カダ
フィ氏は核放棄を伝えてから8年後に殺害されたが、これは核放棄とは無
関係だ。

10年から中東に吹き荒れた民主化運動、「アラブの春」がカダフィ氏の惨
めな死の直接的な原因である。リビア国民が民主化運動に触発されて、長
年続いたカダフィ家による専制支配に抗して立ち上がったのだ。その結
果、カダフィ氏も子息達も、殺害された。これが11年10月だった。

日本でも、ボルトン氏の主張するリビア方式と、アラブの春での殺害を混
同してとらえる向きがある。しかし両者は無関係である。トランプ氏の先
述の発言は、氏がその違いを理解していないことを示している。

理解していなければ、トランプ氏は正恩氏に、「米国は北朝鮮の体制転換
を考えているわけではない。従ってリビアモデルはとらない」と言い続け
るだろう。そこに浮上するのが、「段階的核廃棄と、段階ごとにそれに見
合う経済援助を北朝鮮に与える」という方式だ。これこそ北朝鮮と中国が
主張する方式で、元の木阿弥である。アメリカは失敗し、トランプ氏が日
本のために発言し続けている拉致問題も解決されないだろう。だからこ
そ、03年からのリビア方式による核問題解決と、11年のカダフィ氏殺害の
背景の相違をまずトランプ氏に、次に正恩氏に認識させることが非常に大
事なのである。

対北政策で微妙な違い

トランプ氏の下で、米国の北朝鮮政策を担っているのがボルトン氏とマイ
ク・ポンペオ国務長官である。両氏の間には対北政策で微妙な違いが見て
とれる。5月9日、2度目の平壌訪問で米国人3人の身柄を取り戻してワ
シントンに連れ帰ったポンペオ氏は、その直後の11日、「正しい道を選べ
ば北朝鮮には繁栄があるだろう」と語った。非核化の成果が何も見えてい
ないにも拘わらず、制裁緩和に言及するのは早すぎる。同じ日、ボルトン
氏は対照的な発言をした。

「完全、検証可能、不可逆的な核廃棄(CVID)だけでなく、ミサイ
ル、生物化学兵器の廃棄が実行され、日本人と韓国人の拉致被害者問題も
解決されなければならない」と語ったのだ。

北朝鮮との交渉でどちらの方針が失敗するか、過去の事例から、ポンペオ
氏の方針であることが明らかだ。成功はボルトン方式の中にしかない。

トランプ氏はこうも語っている。「中朝首脳の2回目の会談以降、(正恩
氏の側に)大きな変化が起きた」「習(近平)主席が金正恩に影響を与え
ている」と。そのとおりである。

北朝鮮の態度の豹変は米中貿易摩擦を巡る高官級協議の時期に重なる。中
国が有利な条件を勝ちとるために北朝鮮を取り引き材料に使おうとしたの
が見てとれる。

そうした中、トランプ氏は「自分のように強い貿易圧力を中国に加えた大
統領はいない」とも語っている。中国に対米貿易黒字を1年で約20兆円も
削減せよと迫り、それができなければ大幅に関税を引き上げるという強硬
策を突きつけたことを誇っているのだ。

圧力には圧力を、力には力を以て対抗するという姿勢である。そうでなけ
れば、中国も北朝鮮も動かない。その点で揺るがなかったからこそ、トラ
ンプ外交はここまで辿り着けたといえる。

しかし、リビア方式についての誤解に見られるように、トランプ外交には
危うさがつきまとう。その危うさを修正するのが安倍首相であろう。

『週刊新潮』 2018年5月31日 日本ルネッサンス 第804回


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