2018年06月14日

◆米朝首脳会談を過大な期待で予測した

宮崎 正弘


平成30年(2018年)6月13日(水曜日)通巻第5724号 
   ♪
 米朝首脳会談を過大な期待で予測したメディアは何を間違えたのか
  会談は始まりにすぎず、金正恩は中国の意向(何も約束するな)を実
践した

日本の期待は夢幻に終わったのか。

発表された米朝首脳会談の共同声明を「素晴らしい」とトランプは自画自
賛したが、多くの人々から見れば、具体的内容を欠いているため、「失
望」だろう。

第一に「非核化への努力」は謳われたが、「完全な、検証可能な、不可逆
的な」という文言は共同声明のどこにもないではないか。

期限も方法も明記されていない。要するに具体的には何も成果はなかった
のだから。安倍首相が「高く評価する」などと、トランプの成果を渋々評
価したのも、納得するには無理がある。

米国政府筋は「これから高官による詰めが行われて、具体的な日程などが
でてくる。ともかく歴史的文脈に於いて、この会談は意議がある」と総括
して、今後の交渉に大きく期待する方向にある。

とはいえ、「完全な、検証可能な、不可逆的な非核化」は結局、並ばず、
「非核化」の現地を金正恩から得ただけだった。

中国の後ろ盾を得た金正恩は強気になっていた。アメリカとの世紀の
ショーを演出するために、人質を解放し、使い物にならなくなった核実験
場を廃棄処分としたが、これをトランプは記者会見で「成果」と総括し
た。ディールの名人も、ここまでか、との感想を抱いた読者が大いに違い
ない。

「総合的に前進した」という米朝首脳会談は、アメリカにとっては中間選
挙向け、北にとってはやっぱり時間稼ぎと中国との関連。唯一の歯止め
が、米国は「制裁を続ける」という姿勢だけだろう。
大きく期待した人は失望の谷は深い。期待しなかった人にとっては、なん
とか、一歩前進したというのが率直な感想ではないか。

「歴史的に米朝が『初の会談』という意議いがいにないもない」(NYタ
イムズ)

「希望を抱かせたが、保証がない」(ワシントンポスト)

「希望に向けての前進」(ウォールストリートジャーナル)


 ▲「人権」「拉致」の文言は声明には盛り込まれていない

米国メディアは消極的だが、否定はしていない。しかしトランプは記者会
見で「人権に言及した」「日本の拉致問題についてはちゃんと伝えた」と
言い訳に終始し、いつものような強気が見られなかったように、そのう
え、米軍撤退を示唆したように、これでは過去の歴代大統領の、その場の
人気取り対応と大きな違いはない。

 結局、この米朝首脳会談で一番の勝者は、中国である。

おそらく中国は、前進があったとして『制裁』緩和の方向へ舵を取るだろ
う。『中国抜きには何も進まない』と国際社会に印象づけることに成功
し、金正恩の背後でシナリオを描き、トランプに米軍撤退の発言を誘発さ
せた。 

同じ日に上野動物園のパンダが誕生一周年とかで、長い長い行列ができ
た。パンダはチベットの動物であり、中国が外交の道具としているものだ。
これを行列してみるという、あきれ果てた日本人がいるように、精神的劣
化がますます進んでいる。
       
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1744回】                  
――「我は大清國の民なりと」――遲塚(3)
  遲塚麗水『山東遍路』(春陽堂 大正4年)

               ▽

やがて青島を辞し済南に向う。その道すがら目にした「狂婦」について綴る。

彼女は「宛轉して麥田の上に在り、垢面蓬髪、身に襤褸を着け、喃々をし
て獨り語りて或は泣き或は笑ふ、往來の人、顧みるものなし、哀むべし狂
婦は終に溝壑の中に死せん」。かくて遲塚は「支那の國民性は絶對の個人
主義なり、這の憐むべき生靈を綏撫して、平靜の治下に置くもの、正に我
が帝國の使命なるを思ふ也」と。

たしかに「這の憐むべき生靈を綏撫して、平靜の治下に置く」ことを
「我が帝國の使命なるを思ふ」ことは自由である。

いや、それなりに立派なことであり、同時に当時の我が国における一般的
風潮だったかも知れない。だが、第一次大戦前後の創成期の中華民国を囲
繞する現実――彼我の人口比、風土や民族性の違い、20世紀初頭の中国に対
する欧米列強の思惑と複雑に絡む利害関係――からして、それが至難、いや
我が国将来の足枷になることに、どうして当時の人々は思い至らなかった
のだろうか。

「正に我が帝國の使命なるを思ふ也」とイキガルのもいい加減にすべき
だ。常識的に考えてできもしない大言壮語は国を誤ることを、やはり肝に
銘じておくべきではなかったか。

途中、曲阜駅から孔子廟を目指す。どうやら道に迷ったらしく、「余等
を載せた馬車は、早や青を抽く三寸の麥の上を漫々として行く」なり。

つまり稔りを待つ麦畑の上を走ったわけだ。それというのも「支那には正
しき道路なし」。だから「皆麥田の上を度り行くなり」。そこで「往來の
頻りに繁きところ自から蹊を成す」。自分の麦畑を道路代わりに踏み荒ら
されたら堪らないので、持ち主は「其處に深き溝を穿ち」て「路を拒ぎ止
め」るのである。そこで車馬は別の麦畑の上を「漫々として行く」ことに
なる。かくて「葛天無懷の民の世は、遠く五千年の昔に在らずして今に在
る也」と。5000年の昔も今も変わりないじゃないか、というのだろう。
魯迅は人の歩いた後が道になる口にしたが、はて、このことか。

だが、「葛天無懷の民」と侮ってはいけない。急げと御者に命ずると、
彼は後ろ手に差し出して「『大人、酒錢』と曰ふなりき」。ダメだと断る
と、「鞭を棄てゝ煙草を薫らし、唯馬の歩むに任すなり」。サボタージュだ。

かくて「葛天無懷の民と思ひしに、狡猾甚だ憎むべき也」と。ナメンジャ
ねえよ、といったところだろう。

「葛天無懷の民」とナメて掛かると、トンだしっぺ返しを食らうのは必
定。「這の憐むべき生靈を綏撫して、平靜の治下に置く」なんぞと、口が
裂けても言ってはならなかった。

曲阜の街に入れば、「『日本人來』『日本人來』、街を擧りて來り觀け
ん」。老若男女が次々に集まって来て遲塚を囲む。乞食は「余の行く手を
遮りて兩掌を高く捧げつゝ錢を乞ふ」。そのうちに曰く因縁のありそうな
土産物の売り子が集まる。

おそらく彼らからすれば、カモがネギを背負って、といったところだろ
う。これが「葛天無懷の民」の現実なのだ。

聖地・泰山に登る。

宿坊の主人は「我を異邦の人と侮り」、バカ高い宿料を吹っ掛けただけで
なく、茹卵子も倍の料金を要求して来た。「詐辯し、茶錢、炭錢、貪り
て?くことを知らず」。そこで「余は怒りて其の不當を叱詰すれば、主人
飽くまで頑囂に、大聲揚げて喚き立つ」。「町の有象無象ども何時しか庭
に入り來り」、やんやヤンヤの掛け声を挙げて「主人聲援す」。憤懣やる
かたない遲塚は口にした煙草の吸殻を主人の顔に投げつける。

すると「主人怒號して余が携へたる行李を奪ひ、金を出さずば還さじ」と
息巻く。こと此処に至っては「多勢に無勢、敵すべからず、金をへて僅に
此の重圍を脱したり」。情けない。

「葛天無懷の民」に翻弄されながらの旅を終え、「秀麗なる富士の山を
仰」ぎ、「泰山は支那の五岳の宗といふといへども、天下復た此の富士に
優れる山のあらめやは」と。
「葛天無懷の民」を前にして「我が帝國の使命」は空しいばかり・・・噫嗟!

         
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