2018年06月23日

◆米朝山場、日本は官民あげて拉致解決を

                                 櫻井よしこ


「金正恩が話のできる男かどうかは、私は会って1分で判断できる」。ト
ランプ米大統領は記者会見でこう語った後、カナダでの先進7か国首脳会
議を早めに切り上げて、シンガポールに向かった。

この記事が皆さんの目にとまる頃、史上初の米朝首脳会談の結果が吉か凶
か、明らかになっているだろう。

世界最強国の大統領と、世界で最も多くの嘘をついてきた国のひとつ、北
朝鮮の独裁者が合意に達するには、北朝鮮が核・ミサイルの廃棄を確約し
なければならない。許されざる人道問題である拉致を、「被害者全員の帰
国」を大前提として解決しなければならない。

北朝鮮に核・ミサイルを放棄させられなければ、ただでさえ、すでに崩壊
しているといわれる国際社会の核拡散防止条約(NPT)体制は、さらに
悪化し、核保有国が次々にふえる世界になってしまうだろう。また、拉致
を解決できなければ、究極のテロの前で、世界は無力化する。

この2つの問題のいずれも、北朝鮮の3代にわたる政権が元凶である。彼
らは自身の栄華と生き残りのためにあらゆる悪に手を染めてきた。常識も
良識も通じないが、生き残りのための状況分析には、鋭い嗅覚を持つ人々だ。

だからこそ、昨年9月23日、ステルス性が高く、60トンもの爆弾を運べる
B─1B爆撃機2機を米軍が北朝鮮の元山上空に飛行させたとき、正恩氏ら
が、貧弱な防空態勢ゆえに2機の飛来にまったく気付かなかったとき、彼
は本気で米軍の斬首作戦を恐れ始めた。それ以降、人が変わったように核
やミサイルの実験を控えるようになった。

国民の命や生活よりも自身の命を最も心配する正恩氏に対しては、その弱
点をつけばよい。十分な軍事力と強い意思に基づく戦略を保持して、しか
し、友好的な笑みを忘れずに、初回の会談をこなすのが、一番よい。

日本がすべきこと

この点について6月10日、交詢社の第10回オープンフォーラムの基調講演
で河野太郎外務大臣が語った。

「日本には多くの誤解に基づく解説が溢れています。トランプ政権内にポ
ンペオ国務長官とボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)の、対
北朝鮮宥和派と強硬派の対立があるなどと言われていますが、それはあり
ません。米国政府内で基本方針は共有されています。

最大限の圧力という言葉をトランプ大統領が使わなくなったので宥和策に
傾いているとの指摘も間違いです。北朝鮮が核を放棄しない限り、現行の
制裁は緩めない。ただ、交渉のテーブルにつこうとしている今だから、
『最大限の圧力』と言わないだけです」

12日からの米朝首脳会談の行方は、会談前日の段階でも予測困難な面はあ
るにせよ、河野氏の見通しは日本にとって心強い。6月7日に安倍晋三首相
と行った共同記者会見でのトランプ氏の言葉にも期待する。

トランプ氏は「拉致問題は、首相にとって重要なことだと理解している。
首相の望みに沿って、絶対に、絶対に北朝鮮との議題にする」と強調した。

客観的に見て、私たちはいま、拉致の解決に最も近づいている。1977年か
ら78年にかけて、久米裕さん、横田めぐみさん、増元るみ子さんらが次々
に拉致された。それから41年、ご両親や兄弟姉妹、多くの日本人がどれ程
心を焦がしても、被害者を取り戻せなかった。だからこそこの機会を逃し
てはならない。

トランプ大統領との共同記者会見で安倍首相は「北朝鮮と直接向き合い、
話し合いたい。あらゆる手段を尽くしていく決意だ」と「決意」という言
葉を5度、口にした(『産経新聞』6月8日)。

北朝鮮との話し合いに備えて日本がすべきことは多い。まず、日本の世論
を背景にして北朝鮮に迫ることだ。核・ミサイル問題が正しい方向で解決
に向かうとき――このこと自体を確認するのにかなり難しい作業が必要で容
易ではないが、それが担保されたとして――国際社会は北朝鮮への制裁緩和
に向かうだろう。

トランプ氏はすでに、北朝鮮が戦略的に完全非核化の道を選べば、繁栄す
る未来が開ける、北朝鮮には支援が与えられるが、その資金は米国ではな
く、韓国や中国、日本が払うだろうと語っている。米国のみならず、中
国、ロシア、韓国も含めた国際社会は日本に支援せよと迫るだろう。その
とき、しかし私たちは拉致被害者全員を帰さない限り、資金は出さない
と、声をひとつにして主張すべきだ。

これまでの日本の世論、朝日新聞をはじめとするメディア、野党や親北朝
鮮の人々の主張を思い出せば、このような場面になると必ず、彼らは「日
本だけが取り残される」と批判し、だから早く援助の輪の中に入れと言う
であろう。いまでも「圧力と言い続ける安倍政権は蚊帳の外」「北朝鮮に
会ってももらえない」という批判がある。

「全員」帰国を

なんという浅慮であろうか。正恩氏を対話の席に導いたのは、斬首作戦も
あり得ると、正恩氏に認識させた米国の圧力戦略である。その必要性を繰
り返し、トランプ氏に説いたのが安倍晋三首相である。蚊帳の外というよ
り、対北朝鮮戦略の重要な部分を担ってきたのが安倍政権だ。

いま、首相は、「日朝平壌宣言に基づき、不幸な過去を清算して国交を正
常化し、経済協力を行う用意がある」と、北朝鮮に向けて発表している。
2002年9月、小泉純一郎首相(当時)が金正日国防委員長と発表した右の
宣言は、実は「拉致」には直接触れていない。

ただ、第3項に日本国民の生命と安全にかかわる懸案について、北朝鮮側
は、「日朝が不正常な関係にある中で生じたこのような遺憾な問題が今後
再び生じることがないよう適切な措置をとることを確認した」と書いてあ
るだけである。

この部分は拉致被害者を指しているとも解釈できるが、もう拉致はしない
というだけでは不十分で、被害者は全員返してもらわなければならないと
いう世論をこそ盛り上げたい。

だが、「全員」とは何人か。帰国した人々が全員かどうかをどう確認でき
るのかと問う声もある。日本側に「全員」についての明確な情報があるわ
けではないため、このような疑問が生ずるのも自然であろう。しかし、帰
国者全員から聞き取り調査をして、拉致された被害者の情報を収集するこ
とで、「全員」帰国を北朝鮮が誠実に実施したかどうかは検証できる。そ
のことを確認した後、初めて私たちは国交正常化交渉に入れる、それまで
は入らないという国民の意思が、ここでも大事である。

そのうえで、「国交正常化の後」日本の援助は行われるという平壌宣言第
2項を実施していくという道筋を受け入れたい。

こうした点について、揺るがない国民世論をいまから固めておきたいものだ。
『週刊新潮』 2018年6月21日号  日本ルネッサンス 第807回

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