2018年07月10日

◆かくて「米中百年戦争」が開始された

宮崎 正弘


平成30年(2018年)7月7日(土曜日)通巻第5753号 

 かくて「米中百年戦争」が開始された
  関税による貿易戦争は50年つづく、経済史未曾有の大戦になる

トランプ大統領は、決意を翻さなかった。2018年7月6日を後世の歴史家
は「米中百年戦争が開始された」と書くだろう。中国からの輸入品に25%
の高関税を課して、過去の損失分を取り返すという報復的な手法は、単純
なバランス上の問題ではない。

米国からみれば、世界のヘゲモニーを中国には渡さない、という戦略的決
意の表明であり、繰り返し述べてきたように、商いレベルの発想ではない
のである。

潜在的な米国の目標は中国のBRI(一帯一路)と[MADE IN 
CHINA 2025]の実現を阻むか、あるいは大幅に遅延させることにある。

WTOに加盟させれば、ルールを守り、中国が経済的に豊かになれば、民
主化が達成されるとした米国の読みは真っ逆さまに外れた。

WTOのルールを何一つ守らず(外資参入条件も、金融市場の整備も、変
動相場制への移行も)、欧米から先端技術を盗み出して創ってきた模造品
も、世界のハイテク競争に伍せるほどの高いレベルに達し、同時に民主化
に背中をむけて、デジタル全体主義国家を実現した。

これらは欧米ならびに日本、インド、アジア諸国の価値観とも巨大な懸隔
がある。だがアセアンやインド経済圏の多くも中国の経済的軍門に下っ
て、米国との絆を薄めてきた。米国にとっては由々しき事態の到来だった。

7月6日午前零時を期して、関税率の適用が開始され、中国はただちに応
戦した。米国からの輸入品に25%の関税を課す。これは中国の消費者に
とって、大豆の価格が上がればインフレになる。豚肉もトウモロコシもあ
がる。中国のメンツどころではないはずだ。

 ▲ペロポネソス戦争は半世紀、ポエニ戦争は1世紀以上続いた。

 「米中貿易戦争は50年続くだろう」と中国のエコノミストの一部も予測
をしている。

 アテネとスパルタの「ペロポネソス戦争」は2次にわたり、第1次
(BC460−445)は混戦、第2次(BC431−404)はスパルタの勝利に終
わり、ペルシアを巻き込んで、結局はマケドニアの台頭を促した。世界の
文明の発祥といわれたギリシアの国力は弱まり、やがて衰退に向かった。
ペロポネソス戦争は54年続いたのだ。

 ローマがカルタゴを滅ぼした「ポエニ戦争」は3次にわたり、第1次
(BC264−241)はシチリアをめぐり、第2次(219−201)では猛将ハン
ニバルがローマに迫った。第3次(149−146)でカルタゴは、今日の日本
のように無防備で戦って滅ぼされた。じつにポエニ戦争は118年続いた。

 「米中百年戦争」は、いつを以って始まりとするかは後世の歴史家が算
定するだろうが、シナ事変から中華民国支援を開始し、第2次世界大戦以
後、とくに朝鮮戦争以後、敵対関係となった米中関係を「第1次」と見る
ならば、現在は貿易を巡っての「第2次米州戦争」であり、ローマと戦っ
たカルタゴのハンニバルの猛追こそは、BRIと[MADE IN 
CHINA 2025]であり、おそらく中国の負けとなるだろう。

しかしその後も膂力を失わず、中国が臥薪嘗胆を果たすとするならば、米
国の衰弱もまた自明の理であり、EUは末期的、日本は退嬰的、インドは
興隆の途上。であるとすれば、半世紀後の米中戦争がどちらに軍配があが
るかは不明である。
 
          
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1756回】         
――「支那人は巨人の巨腕に抱き込まるゝを厭はずして・・・」――中野(12)
  中野正剛『我が觀たる滿鮮』(政?社 大正4年)

              △
 合弁で着手した吉長線の建設において満鉄側は満鉄の基準で延伸を目指
すが、「支那總辨」は自己の都合を持ち出すのみ。最後には、そこまでい
うなら満鉄側で「(支那側の)一萬哩の既設鐵道を破壊して、之を滿鐵式
に改め」るべきだとまで言い張る。
じつは最初に定款を作る際に失敗していたのだが、当事者である「我外務
當局は、彼が斯の如く傲慢なる應答に對して、一言も返すべきを知らず、
以て不便の儘今日に及」んでいる。

 万事が自己本位で都合が悪くなると「有耶無耶」に終始し、時に「空
威張りの言辭を弄」す。冷静に考えれば双方共に損にしかならないのに、
「彼は自ら犠牲を拂ひても、我に損失を與へんとするものゝ如く」であり
「其不便測る可からざるものあり」・・・ヤレヤレ、である。昔も今も。

 「最近我國は滿蒙五鐵道の布設權を獲得した」などと「山本内閣は俄
に得意の色」をみせるが、はやり「其條件に至りては甚だ曖昧」だ。
じつは相手方は「其名義を日支合辨とすべし」と主張するが、資材は日本
が提供しろ、技術者は日本が雇え、借款の金利は超低めに設定せよと主張
する。
「斯の如き鐵道を布設して、支那人に勝手放題に振舞はれ、鐵道に沿ひて
我國民の土地所有權を得ざるは勿論、居住さへ覺束なかるべき愚を見んと
して、猶も得意の色ある我外務省は、精神全く錯亂せるに非ざるか」。こ
う記されると、「精神全く錯亂せるに非ざるか」は、21世紀初頭の今日ま
で脈々と受け継がれる「我外務省」の伝統と考えざるを得なくなるから情
けない。
「精神全く錯亂せる」は「我外務省」の病理、いや業病、はたまた宿痾な
のか。どちらにしたところで不名誉極まりないだろうに。

 中野は議論を一歩進める。
 「序でながら合辨々々と稱して支那と取組みさへすれば、以て經濟的發
展を成し得べしとなす我政府者の蒙を啓き置くべし。合辨は固より不可な
けれど、合辨の後方に信用を有し、合辨の協約に十分の權利を確保せざれ
ば、支那人との共同事業は悉皆失敗に終わるべし」。その証拠に、「今日
までの日支合辨にて成功せるものは一として是なしと言う」ことができ
る。吉長線が「其好例なり」。

 最悪の一例として鴨緑江採木公司を挙げる。同社は資本から役員まで
折半としたところ、役員も上から下まで2人。ということ半数はムダなの
である。
そのうえ「支那人の猜疑心、利己心は遺憾なく〔中略〕發動し、我にして
一人出張せしむれば、彼も亦同時に一人を出張せしめて、以て出張員を監
視し、併せて旅費の請求」まで行う始末だ。
 「合辨事業の前途有利なるを説くもの」があるが、彼は「利權云々を口
にして已まざる國民なれば」、「彼の勢力毫も事業の上に行われ」ない。
経験からすれば、やはり「支那人が事務に關與する程度に反比例して、成
功の見込みを増減せらるべし」である。

 これを要するに「支那人を交ふれば必ず悲境に陷り、全然支那人に委
ぬれば必ず失敗す」。じつは「中華を以て誇りとする支那人、個人の商業
道徳に於ては實際中華の名に背かざる支那人も、公共的事業に對しては全
く能力なきものゝ如」し。
だから「凡そ事の公共に關する限りは出來得るだけ誤魔化して出來得るだ
け己を利せざれば已まざらんとするものゝ如し」。

 「斯の如く支那人に合資合力上の經營の能力なし」であればこそ、合
弁を掲げても「其實權全く我手」に掌握しない限り、「合辨事業の前途は
頗る悲觀すべきに非ずや」。

 彼らの性向から考えるなら合弁事業に手を出すべからす――中野の主張
は、以後現在に至るまでの数々の合弁事業が傍証している。
やはり「利權云々を口にして已まざる國民なれば」、「支那人が事務に關
與す」ればするほどに大損害を被るのは日本側なのだ。



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