2018年08月14日

◆中国の知識人が一帯一路を厳しく批判

宮崎 正弘


平成30年(2018年)8月13日(月曜日)通巻第5789号

 中国の知識人(孫文広、許章潤ら)がBRI(一帯一路)を厳しく批判
  習近平政権、あわてて口封じに動いたが、世界の人々は真実を知った

8月1日、VOA(ボイス・オブ・アメリカ)のインタビューを受けてい
た孫文広・元山東大学教授の自宅に突如、7〜8名の警官が踏み込み、生
放送中であるにも拘わらず、教授を拉致・拘束した。

孫教授は以前にも毛沢東を批判して刑務所で十年を暮らし、釈放後も、劉
暁波の提唱した「08憲章」に真っ先に署名した勇気ある知識人の一人とし
て知られた。

放送の最後の言葉は「聞いてくれ、みなさん。私の言ったことに間違いは
あるか?」だった。VOAはこの孫文広の言葉を世界に放送した。

孫教授は、放送に先立つ7月20日に「公開書簡」を発表し、「習政権は、
166」ヶ国に対して、4000億元(6兆8000億円)もの巨額を投下し、60万
人もの中国人労働者を派遣しているのは何事か!」と非難していた。

7月下旬、清華大学の許章潤・教授はさらに鋭角的批判を展開した。

第一に習近平が進めるBRI(一帯一路)の無駄遣い、不適切な背伸び、
国内に貧困な人々が山のようにいて日夜、どん底の生活苦と闘っていると
きに、いったい何のために金持ちのアラブ諸国に支援をなし、遠きアフリ
カにカネをばらまくのか、と批判の矢を放ったのだが、多くの中国の知識
人が許章潤の支援にまわった。
 
第二に許教授は「憲法を勝手に改悪して、終身皇帝のような絶対権力を築
いた習近平は、言論の自由を踏みにじる行為だ」として、終身皇帝の不法
を訴えた。

こうした批判は別にして、すでにBRIへの取り組みは2015年以降か ら
ペースが落ち込み、銀行の貸し出しは激減している。中国の外貨払底が
事由である。

BRI投資は、明らかに減速傾向にあり、同時に欧米の批判が強くなって
いるのが現実である。

にも拘わらず、「誰かのメンツ」を重んじ、あるいは「世界に冠たる中華
民族の栄光」を誇示するために、「大撒幣」(バラマキ)を続けている。
或いは、BRIプロジェクトの継続によって、ペイバックなどにより裨益
する集団があるのか、との批判も頻出してきた。

「大撒幣」はダーザピーと呼ばれ、ネット、ツィッターなどで盛んに使わ
れた。

西側の研究者のあいだでは、BRIプロジェクトの14%がすでに失敗した
か、頓挫しているが、残りの86%は順調に推移しているなどと楽観論が依
然として強い。

薔薇色の派手な宣伝しか中国国内でなされていないため、この閉鎖空間か
ら情報を得ていると、うっかり86%が成功していると誤解しがちになる。

中国国内では、これらBRIプロジェクトが中国の銀行からの貸し付けに
よって行われていることは報じられていない。

国有銀行の融資は2017年から突如激減を始め、2018年の貸し出しは実質的
にゼロに近くなっている。

代替して貸し出しを行っているのは商業銀行だが、これも激減カーブを描
いている。つまり、現状は、派手なアナウンスはあっても、かけ声だけ
で、実際の銀行貸し付けは停止しているのだ(米国「ジェイムズタウン財
団」発行の『チャイナ・ブリーフ』、2018年8月10日号)


 ▲ケニヤ鉄道でも汚職、中国人の関与は示されなかったが。。

アルジャジーラ英語版(8月13日付)が大きく報じた。

中国のBRIの一環プロジェクトとして東アフリカを縦貫する夢の鉄道
(ケニヤーーウガンダーータンザニアーールワンダーーブルンジーー南
スーダンーーエチオピア)を結ぶ鉄道建設のうちケニアの主要2都市(モ
ンバサーーナイロビ)間は2017年5月に開通した。

1年半後になって、ケニア国家検察庁は、用地買収に汚職があったとし
て、モハンマド・アブダラ・マクシリ(国土庁長官に該当)と、アタナ
ス・アリウキ・マイラ(鉄道管理局長に該当)の2人の幹部を含む14名
を逮捕した。

用地買収の汚職で4億ドルが使途不明金となっていた。

ケニア鉄道は総工費32「億ドルで、このうち90%を中国輸出入銀行が融資
した。しかし逮捕者のなかに中国人が含まれていないのは外交的配慮か?


 ▲ロシアにも急激に拡がる中国のBRIへの懐疑。「借金の罠」

「借金の罠」論は、欧米や日本だけに限らない。アジア諸国でもスリラン
カ、パキスタンの被害やカンボジア、ラオスの中国植民地化という実態を
目撃すれば、ほかの国々が「怪しいプロジェクトだ」と睨むのは当然の流
れである。

まして米国はポンペオ国務長官が「インド太平洋ファンド」などを提唱し
始めているため、再び米国に対する期待感も高まって、中国との均衡を図
ろうとする。

中央アジアには旧ソ連圏に属した5つのイスラム国家がある。

このうちカザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンはガスパイプ
ラインが繋がってことなどにより、中国への傾斜は甚だしく。プーチンを
苛立たせてきた。旧ソ連の中庭が勝手に荒されているからだ。

プーチンはカザフスタンをとくに重視し、ナゼルバエフ大統領を何回もク
レムリンに招待しているのは、中国と少なくとも等距離をとらせるためで
あり、ウズベキスタンは昨夏にカリモフ大統領が急死した折は、特別機を
仕立てプーチンは、弔問のためサマルカンドへ飛んだほどだった。それほ
ど神経質なのだ。

トルクメニスタンに関しては、はやばやと永世中立国を認めている関係
上、ロシアは静観を維持しているし、トルクメニスタンは事実上の鎖国を
しているため、中国の重度の介入は避けられている。


 ▲タジキスタンも中国の「借金の罠」に落ちた

 残るはキルギスとタジキスタンである。

嘗てタジキスタンは旧ソ連軍のアフガニスタン侵攻の最前線基地だった。
いまも、旧ソ連時代からのロシア軍駐屯地がある。

タジキスタンの悩みは電力と交通のインフラであり、850万人の国民が寒
い冬を電気なしで過ごすことに何時までも堪えきれない。そこで中国が石
炭火力発電プロジェクトを持ちかけたのだ。

世界最貧国でもあるタジキスタンの1人当たりのDPは、840ドル強。中国
の10分の1である。

この国に中国はぽんと10億ドルを貸し付け、発電所を何カ所か建設し
た。担保は、ドシャンベ北方に発見された、ふたつの金鉱山開発権だ。だ
から「借金の罠に落ちた」と専門家筋は読んだ。

タジキスタンの債権者は、3億1800万ドルを貸し付けている世界銀行と、
2億1700万ドルを貸し付けているアジア開発銀行だ。この2つの債務も返
済不能のタジキスタンが、中国輸出入銀行から10億ドルを借りた。おも
に中国新彊ウィグル自治区とタジキスタンの首都ドシャンベを結ぶハイ
ウェイ建設費用である。
 
ロシアは「ユーラシア経済ユニオン」(EEU)を主導しているが、ここ
から1億6000万ドルをタジキスタンの社会インフラ整備などに融資 し、
また同時に過去の債権3億ドルを帳消しにするという寛大な措置を とっ
た(と言ってもロシア軍駐留費用なのだが)。

この程度では巻き返しは図れなかった。


 ▲キルギスよ、お前もか!

キルギスは天山山脈の南、東南部には世界でもミステリアスなイシククル
湖が拡がる。ビシュケクはきれいな町である。筆者が滞在したのはすでに
十年前のことだが、アフガニスタン戦争でマナス飛行場を米国が借りて海
兵隊2000を駐屯させていた。その取材を兼ねてウズベキスタンからバスで
入った。

舗装されておらず、部分的にはぬかるみという悪路だった。

キルギスの債務は38億ドルに達する。

このうちの17億ドルが中国からの借入金である。キルギスの場合は交通ア
クセスの劣悪さ、通信インフラの未整備が発展のネックになっており、若
者はロシアへ出稼ぎにでるのである。キルギスのGDPの25%がロシア
へ出稼ぎにでた若者からの仕送りで成立している。

首都ビシュケクから第2の都市オシェにも、航空便は一日に僅か二便か三
便。通信網が劣悪であり、将来のデジタル通信のハブ基地を狙うと言う
が、とても無理であろう。

ここに目を付けたのは華為技術(ファウェイ)と中国テレコムである。通
信網施設の建設、携帯電話の販売などで進出し、ビシュケクとオシェをス
マートシティにするお手伝いなどと嘯いた。

とろこがロシアはビシュケク近郊のケントに500人規模のロシア軍を駐屯
させている。頭越しにビシュケク政府が北京と結んだことは不愉快千万で
あり、プーチン政権の警戒心を深めた。

 かくしてBRIは実質的に頓挫状況に陥ったと言える。

   
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIE 
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 トルーマン政権内部でも占領政策をめぐっての確執があった

  最後にウィークジャパン派が敗退して日本の共産化が回避された秘話

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江崎道朗『日本占領と「敗戦革命」の危機』(PHP新書)
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あわや、日本にも全体主義国家に転落する危機が現実にあった。敗戦と戦
後の秘話である。

日本が北朝鮮や中国の全体主義体制のように「地獄」に陥落し、愛に満ち
た日本社会を破壊し、大切な人間性を踏みにじり、独裁権力のために個人
を犠牲にする。

そうした自由のない社会を画策する動きがあった。

国際的な謀略組織コミンテルンが潜り込ませた工作員達が、FDR政権を
引き継いだトルーマン政権に陣取り、しかもGHQに浸透していたのだ。
その経過は百も承知してきたが、本書の特徴は新しい観点で現代史を見直
したこと、もう一つは「ヴェノナ文書」など新資料がふんだんに駆使さ
れ、より迫真性に富むことである。

そもそも共産主義は、まともな軍事力で敵を薙ぎ倒すなどという正攻法を
用いない。もっとも卑劣な手段を講じて国家を簒奪するのだ。

 それは「(1)自国政府の敗北を助成する(2)帝国主義戦争を自己崩
壊の内乱戦たらしめること(3)民主的な方法による正義の平和は到底不
可能なるがゆえに、戦争を通じてプロレタリア革命を遂行すること」だと
江崎氏は解説する。

つまりコミンテルンの戦略とは、第一に日米英を戦わせる。第二にとく
に、米国を用いて、日本を敗北させ、第三に日本を混乱させながら共産革
命政権を樹立し、『戦争は手段、目的は革命』と実行するのだ。

日本を全体主義国家に転落させ、共産主義の独裁権力をもって人間を支配
し、日本人をロボット化させて、革命の奴隷とすることにコミンテルンの
目的があった。

だからルーズベルト政権にはおよそ300名のコミンテルンの工作員が紛れ
込み、対日強硬外交にアメリカを誤導し、真珠湾攻撃を誘発し、戦争後は
日本に共産革命政権を樹立することにあった。

しかし米国政権にはコミンテルンの謀略を見抜き、反対した勢力があっ
た。FDR政権内部、そして敗戦後日本を占領したGHQの内部でウィー
クジャパン派とストロングジャパン派の死闘が繰り広げられていた。

このGHQの内部抗争に関しては林房雄が『緑の日本列島』や『池田勇
人』で、最初に指摘したが、日本の論壇はとくに注目もしなかった経緯が
ある。

コミンテルンが最初に手をつけたのは日米和平交渉の妨害だった。暗号通
信を読み取り、徹底的に妨害したのだ。

これも多くの証言や資料が戦後でてきたため、おおよその全貌が明らかと
なったが、「ヴェノナ文書」の公開により、より確定的な、強い証拠が
揃ったのである。

驚くべきは大東亜戦争の開戦から僅か3ヶ月して、アメリカでは日本の戦
後処理を検討する特別チームが組織化されていたことである。

もっと驚くべき事実を江崎氏はさりげなく挿入する。

「OSSは、全米の俊秀を集めた頭脳集団であったのだが、多数の共産主
義者が深く浸透していた。共産主義者の浸透に警戒していたにもかかわら
ず入り込まれた、というわけではない。共産主義者を積極的に迎え入れた
のだ」(92p)

OSSとはCIAの前身である。なんとCIAは誕生時に、反共ではな
く、容共だったとは!
 
敗戦の土壇場のポツダム宣言受諾交渉は、複雑な駆け引きが秘密裏に展開
されていた。この経緯も殆ど知られていない。

無条件降伏、天皇制解体というのが当初のアメリカの占領計画だったのだ。

ウィークジャパン派(ヒスやハル、ホワイトら)とストロングジャパン派
(グルー国務次官等)の死闘は、この天皇制解体が是か否かをめぐるもの
で、圧倒的に共産主義側が強く、トルーマン大統領も、この基本線で固ま
りかけていた。

ヒス、ホワイトらウィークジャパン派の陰謀を粉々に砕いたのは、結果的
に日本軍の鬼神も涙するほどの死闘だった。

ペリリュウ島でアンガゥル島で、硫黄島で、沖縄で。日本のあまりにも強
靱な反撃と死をも恐れぬ民間防衛とによって、アメリカ兵の犠牲は鰻登り
となった。アメリカは怯んだ。日本の軍人の強さに怯懦が生まれ、ストロ
ングジャパン派の勢いが増す。

他方、北海道も盗もうとするソ連軍を食い止めたのは占守島の死闘だっ
た。ソ連軍に多大な犠牲を与え、これによって日本は南北に分断された朝
鮮半島のような国家分裂という悲劇、全体主義国家への転落を食い止める
ことが出来たのだ。

同時にトルーマンが目撃していたのは、味方の筈だったソ連軍が東欧に電
光石火と軍を進め、1944年2月から12月にかけてバルト3国、ポーラン
ド、チェコスロバキア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアが、そして
バルカン半島でもユーゴスラビアとアルバニアが次々と共産化されてし
まったという『あり得ない現実』だった。

ソ連に対するアメリカの認識は激変した。

もう一つ重要な要素は、昭和天皇のインテリジェンスだったことを江崎道
朗氏は適格に指摘する。

すなわち陸軍参謀本部からあがってくる情報いがいのルートを昭和天皇は
お持ちだった。その決定的な情報がアフガニスタンとダブリンの在外公館
からとどき、参謀本部を通さずに天皇陛下にもたらされた。

トルーマンは、無条件降伏から有条件に転換し、天皇制を守護する方針に
切り替えていたことを昭和天皇は事前に掴んでおられたのである。

そのうえで「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」、「進んでマイクに立
つ」と仰せになり、またマッカーサーとの会見では、この身はどうなろう
とも日本民族の滅亡を避けるという断固たる決意を示されるに到った。
共産革命を目前と計測した日本の共産主義者らが企んだゼネストはマッ
カーサー命令で回避された。日本の共産革命は不成功に終わり、全体主義
国家への転落は、こうして回避できたのである。
        
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