2018年11月08日

◆すごいトシヨリBOOKだが・・

馬場 伯明


池内紀さん(*1)の新著「すごいトシヨリBOOK」が売れているという。毎
日新聞出版・1080円。読みやすく面白いので購読をお勧めする。以下に感
想を記すが、違和感がある箇所には斜めから少し突っ込みたい。(本書を
読まないと「突っ込み」もわからないかな?)。

(*1)1940年姫路市生まれ。ドイツ文学者・エッセイスト。主な著書に
「ゲーテさんこんばんは」「海山のあいだ」・・。訳書に「カフカ小説全
集」「ゲーテ・ファウスト」・・。山や町歩きや自然の本も「森の紳士
録」「ニッポン周遊記」・・など多数。(本書より)。

本書へのおぼろげな「違和感」は、池内さんが日常生活よりその水準を少
し下げるというか、一種の偽悪ぶる手法で書いているのではないかという
(下司の)勘繰りに似た私の推測から生じるものである。そのように勘繰
る私の品性(の低さ)を追求される恐れはあるが、とりあえず、そのまま
書き進める。

「群れて、集まって、はしゃいで、というのは老いの尊厳に対する侮辱で
はないか」とある(37p:本書の該当頁)。でも、老人が群れたらなぜ悪
いのか?何が侮辱なのか?群れに参加できない老人への配慮なのか?「老
いの尊厳」って理解に苦しむ。

私は1944年生まれ。池内さんの少し下だ。2018年10月〜11月初は群れの連
続だった。10.4~5大学の卒業50周年クラス会(京都)、10.8~9高校のクラ
ス会(長崎)、10.27関東在住者の中学校同窓会(東京)、10.29~30勤務
した企業の入社50周年同期会(箱根)と続いた。また、長崎県島原半島の
別高校の関東の同窓会にも2つ出席した(東京10.20、11.3来賓)。

時間とお金を消費した。しかし、「群れたこと」は決して無駄ではなかっ
た。多くの体験を共有した友人たちと語り合い「これでしばらく生きてい
ける」と思った。腹の底から凛々と生きる勇気が湧いてきた。

20~30年前のハートマン(Hartmann)のリュックサックを今も使っている
(78p・87p)とのことだが、信じられない。当時はいいものだったかもし
れないが、機能(ファスナー・ポケット・ペットボトル収納・肩ベル
ト)、材質(重量・強度・防水)、デザイン(形状・色・模様)におい
て、現在の安い製品が優ると思う。単なる懐古趣味ではないか。今
Hartmannのリュックは5〜10万円とあるが、1万円の無印への買い替えを提
案する。

大きなキャリーバッグを転がす旅行者を揶揄する(81p・83p)が、池内さ
んは仕事も含め月数回の旅行と推測する。世間の人たちは(金がないか
ら)回数が少ない。たまの観光旅行では、上下ジーンズで川沿いを散策
し、夜は洒落た服装で夕食やバーのお酒を楽しみたい。気分が昂揚し満足
度も高くなる。こんな小旅行でも小さなリュックでは無理である。

「金種を揃え、金を持って外出する(77p)」と。世間の人はそんな無駄
はせず財布1個で十分だ。財布に3万円、リュックに5万円、その他千円札
を3枚と小銭・・・。そもそも、中堅サラリーマンでも8万数千円は持って
いない。ま、カードだ。それに外国旅行はカード無携帯ではほぼ不可能で
ある。

無料の行事や展覧会はくそ喰らえと一点豪華主義に憧れる世間の人の気持
ちが、池内さんにはわからないか(84p)。老い先短い一生である。やは
り、国内外の一流作品や演奏にも触れたい。工面してお金を貯め鑑賞すれ
ば生きがいが増す。池内さんは、他人には無料や安物を勧め、自分は趣味
の歌舞伎や欧州のオペラなどの高額イベントに多く通っていないか?

10.9は長崎「おくんち」の最終日だった。7年ぶりの樺島町の「太鼓山
コッコデショ」を高校の同級生らと観た。でも、できれば人波越しではな
く有料桟敷に座りたかった。老人でも安けりゃいいという訳ではない。

老人の無様な行為や現象が書かれている。事実だろうが読みたくない。
太った(旧)美女、腹が出たオッサン、目の下の垂れ、喉に皺あり、すっ
と言葉が出ない・・(40p・44p)。他人のことをくだくだ書いてどうす
る。自分のことならまだいいが・・。その意味で「アントンの漏れ」
(175p)には拍手する。他人の(−)は自分の(+)なのだ。人間はさも
しい。

「老化早見表」はの本書ヒット語である(59p)。「アントン」とともに
流行語大賞候補になりうる。特に「横取り症」と「忘却忘却症」が面白
い。確かに、話を横取りする老人が多い(私もときどき!)。「忘却忘却
症」はいわゆる「認知症」状態かそれに近い老人であろう。「忘却とは忘
れ去ることなり。 忘れえずして忘却を誓う心の悲しさよ( 菊田一夫「君
の名は」)。悲しみを忘れ去ることは、一種の幸せを得ることである。

最近「老年的超越(The overview of studies of gerotransendence)」
という言葉が注目されている。老年的超越とは、高齢期に高まるとされ
る、「物質主義的で合理的な世界観から、宇宙的、超越的、非合理的な世
界観への変化」を指す。この概念の提唱者であるスウェーデンの社会学
トーンスタム(Tornstam が1989年に離脱理論、精神分析理論、禅の知見
など取り入れこの理論を構築したという。「忘却忘却症」は、「老年的超
越」と友だち関係か?老人を悟りの境地にいざなうかもしれない。

「日本の平均寿命を伸ばしている理由の一つには、そういう人(延命治療
を受けている人)たちが非常に多いこと。しかも、それは病院にとっての
大きな収入源になっている(98p)」。私もほぼ同じ認識である。また、
日本の法律は尊厳死を認めていない。ヨーロッパや一部の国では容認して
いる。池内さんは容認派のようだが賛同する。

池内さんは日本尊厳死協会にご夫婦で入会している。「『死にかけたらこ
うしてほしい』と書いたものを用意している(99p)」と(私も「リビン
グウイル」を書いてある)。しかし、死後の遺族の判断は不明だ。自分の
決意を表明したという、言わば生きているうちの気休めかもしれない。ま
あ、死にそうな「まな板の鯉」とでもいうか・・・。。

「老いてからの癌は恵みの病(104p)」。私も癌で死にたい。末期癌の痛
みを緩和する医療技術が格段に進んだ。脳溢血や心臓発作のよう瞬間の
死、意識の欠落、上下肢機能障害などがほとんどない。何より人間にとっ
て最も大事な「意識」が残っているからだ。

私のある60代の後輩はすい臓がん4ステージで絶望的な状態に追い込まれ
た。しかし彼は賢かった。遺言を書き家屋等不動産以外の金融資産を現金
化し妻子へ渡し、残りの2,000万円は「死ぬまでに自分が使う」と宣言し
た。保険診療外の特殊な最先端の治療などに次々と意欲的に挑戦した。

見舞い行ったときの次の話には驚いた。「馬場さん、この頃ソープにも
行っています」「えっ、買春(売春の相方)か?」「そう、斯界最高の女
性と付き合っています」「何か、生き返るような・・・(気がして)」
と。英断である。そして1年後、彼は平穏に幸せに旅立った。合掌。
(2018.11.7千葉市在住 後半は2/2として後日掲載)。
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。