2018年11月09日

◆すごいトシヨリBOOK」だが・・(2/2)

                     馬場 伯明


(池内紀さんの著書「すごいトシヨリBOOK」の感想を1/2から続けます)

「10年以上、検査(健康診断や人間ドック)は受けていません。(血液検
査はしている)」とある。「調べれば何か出ます。そうやって、治療を始
めると際限なく治療が続いて、結局・・・入院したままでなくなる
(101p)」。本気でそう思っているのだ。

これはおかしい。1泊2日数十万円の豪華な人間ドックでなくても、たとえ
ば私が住む千葉市。がん検診(胃がん・大腸がん・肺がん・子宮がん・乳
がん)とその他検診(ピロリ菌・肝炎・前立腺がん・骨粗鬆症・歯周病)
が毎年用意されている。しかも、費用は各500〜3000円だが70歳以上は無
料である。さらに、特定健康診断も毎年あり血液や尿検査など20数項目で
これも70歳以上は無料。近くの病院や医院が指定されている。

池内さんは、そうひねくれず素直に検査を受け自分の健康状態を確かめた
あと治療は自分で決めればいい(101p・195p)。「検査なんかしなくてい
いじゃない(102p)」と他の老人を扇動しないでほしい。高位の知識人の
池内さんが何というバカを言っているのか。(高度な検査を密かにしてい
るのか?と勘繰りたくなる)。

世間の人は毎年健診を受け早期発見により大問題になる前に治療する。10
年以上も拒否し健診を受けていないので、池内さんが病気で倒れたら、重
症の大問題になる恐れがある。奥様が救急車を呼び大病院に運ぶだろう。

わがままな池内さんのために治療の着手が遅れ、結果として日本の治療費
が余分にかかる可能性がある。「(本書が)なにかのヒントになれば、こ
れ以上うれしいことはない」とあるが、「検査なんかしなくていいじゃな
い」という逆ヒントは世間に対し大きな悪影響を及ぼす。

池内さんの終末の医療を考えてくれるかかりつけの町医者(立派なヤブ医
者!)はどこの誰だろうか(195p)。ご紹介願いたい。本書で連絡先を紹
介されたらよかったのに。

「老人は自立が大事だ(112p)」。賛成であり、そうありたい。しかし、
池内さん流の「自立」はどうか。TV・過去の友人などからの自立はまあい
いが、家族・夫婦から自立(別行動)し、夫婦旅行も別となれば、その先
は「離婚」の終着に向かうことにならないか。ご夫婦の離婚の危機を憂う。

老いの楽しみの一つ「ホテルコレクション(142p)」。「いつ出来たか、
いつリニューアルしたか」を基準に「新しくて小ぶりなホテルがいい」
と。最適のホテルが急成長中のAPAだ。元谷外志雄代表から詳しく説明を
受けており責任を持って推薦する(内容は省略。HP等をご覧ください)。

「老年オリンピック」はいい発想だ。デッサン、将棋、ギターなど4年単
位で「仕掛ける」のは「日常の再生」に有効であろう。ここで「医学的に
見ても、人間の細胞は4年ごとに生まれて死んで常に細胞が再生していま
す。・・・4年ぐらいすると全身が一巡して、4年前の細胞がなくなって、
新しい人間が誕生している」とある(146p)。

ちょっと待って!「4年で・・新しい人間」だと? 専門外であっても、
このようなあやふやなことを書いてはならない。私も医学・医療分野の専
門家ではないがそれが俗論であることは知っている。Webを見てもわかる
(*2)。確認の上、次版での訂正を希望する。

(*2)「・・7(4)年毎に細胞が生まれ変わるというのはインターネット
上の与太話にすぎない(SciShow:Hank Green〈ハンク・グリーン〉)」
「60兆個(37兆個説も・・)の細胞は周期的に生まれ変わる。周期は部位
により異なる。神経細胞や心筋細胞は生涯更新されない(Wikipedia)」
各自お調べください。

 池内さんは39枚撮りの「写ルンです」を使っているという。同行のカメ
ラマンが「いやあ、なんかうごかなくなっちゃって」と。「写ルンです」
で撮ったらほとんど変わらないと(79p・174p)。そのカメラマンの名誉
のために私は言う。「嘘だろう?彼はどこの誰だ?」と。大型カメラの故
障に備え予備のデジカメなどを用意しておくのはプロの初歩である。

「写ルンです」は(低位の)デジカメにさえ品質・価格・納期面で明らか
に劣る。5000円のデジカメでも、ズーム・ワイド・動画・連写・各種のフ
ラッシュ・消去などが自由自在。「写ルンです(39枚)」は一回きりだ。
本体購入価格998円、安めの「カメラのキタムラ」でも現像648円、プリン
ト1391円(@39円)。DPEなしに写真を見ることもできない。

「写ルンです」から(孫らの)ラインに写真を送るには携帯やPCへの転送
(540円)が必要だ。不便で高費用のカメラを軽いだけでの理由で3つの
リュックに1台ずつ常備するとは狂気の沙汰。世間の老人は「そんな(高
額な)贅沢はできない」と拒否するだろう。「すごいトシヨリ」でも不合
理な思い込みはダメ。デジカメかスマホにすぐ替えてください。

「(老人でも)批判の仕方は上手だし、弁も立つ。マイナスを数えること
も鋭敏ですが、批判の基準がやっぱり古い。見当違いなことで批判してい
る(当人はそれに気づかない)」とあった(51p)。読むうちに、いま文
章を書いている私(!)のような者を指しているように思われた。だが、
逆だと思う。この言葉はそっくりそのまま池内さんへお返ししたい。

「あとがき」で池内さんは「意図して譲らなかったことが二つある」と本
書に書かなかった2つをあげている(212p)。それは、
(1) 暮らしを保障する蓄えや収入と健康、そのための生活設計。
(2) 高齢者を待ち受けている危険、不便、不安・・・その安全対策。
池内さんはなぜ書かなかったのか?その理由は次のとおりである。
(1) は、「各人の知恵と工夫によるしかないからだ」と。
(2) は、「当人が、そんな世の中にした多数者の一人であるからだ」と。

一種の自己責任論である。(1)(2)ともに自身(池内さん)は自力で確
立済みである。出来ていない人はしょうがないということである。冷厳な
事実であるが、世間の人の大きな関心事は、リュックやカメラなどではな
く、それを知りたいのに・・・。(本書では、この2つに触れないか、ま
たは、せめて、このセリフを本書の冒頭で書いてほしかった)。

池内さんは、家族のうち両親と妻については触れているが、兄弟姉妹・子
供・孫・(曾孫)らについては書いていない。日本の少子高齢化を突破し
ていくためには、「家族や多世代の共助・協同」が大きな課題になるとも
言われてきている。

池内さんは(1)(2)の重要な課題に触れず、老人の「自立」を唱え(離
婚?・死別?を経て)孤老へと走っているように思われる。私としては、
文学の分野で「すごい業績」があっても、このようなトシヨリ(老人)を
「すごいトシヨリ」とは呼べない。本書の表題はむしろ「ひどいトシヨリ
BOOK」の方がしっくりするのではないか。

ところで、本書最後の行に「僕は、風のようにいなくなるといいな
(209p)」とある。少しホッとした。私の思いと概ね同じだから。かつ
て、本誌に「古稀からどう生きるのか?」を書いた。以下、引用を交えて
記述する。

ペルシャの数学者・天文学者・詩人のウマル・ハイヤーム(1048〜1131)
の四行詩「ルバーイヤート」には深い無常観が流れている。一部を引用す
る(「一日一言」桑原武夫編・岩波新書より)

若い時には わしもまじめに 
博士や聖者の所に よくいったものさ
あれやこれやの大げさな議論
だが、いつでも 入ったと同じ戸口から出てきた

かれらとともに、わしも知恵の種をまいた
自分の手を使って育てようともした
収穫といえば たったこれだけ
「わしは、水のように流れてきた。風のように吹きすぎて行く」

だれのどんな人生にも「明日は明日の(いい)風が吹く」ことがある。私
たちは今日が辛くても、明日を信じ、今日をぽつぽつ生き抜いて・・・、
流れ流れて、消えて行くのである。

晩年は認知症になられたらしいが、池内さんの伯父さん(町医者)の口癖
はドイツの文豪ゲーテ(Goethe)の「人生はされど麗し(Das Leben ist
doch schön)」だったとあった(182p)。「されど」に含蓄がある。

では、古稀を通過したその果ての・・・私の臨終はどうなるのであろう。
ゲーテ(Goethe)は「もっと光を!(Mehr Licht!)」と言い残したらし
い。おそらく、(ゴルフ好きの)私は、苦し紛れに「ううっ!・・・もっ
と飛距離を!」と呻(うめ)くだろう(笑)。

これまでに、池内さんの著書はいくつか読んでいる。善意の人だと思う。
本書にあれこれ突っ込み、ケチをつけたが、他意はない。なお、池内さん
には会ったことはない。

とりあえずの結論。これからの人生100年時代の到来に際し、池内さんに
は、私たちの模範となる真の意味での「すごいトシヨリ」になっていただ
きたいと思っている。(2018/11/7千葉市在住)

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