2018年12月11日

◆新聞休刊日につき読書特集号

宮崎正弘


平成30年(2018年)12月110日(月曜日)通巻第5911号  


<<内容>>
石 平 『中国人の善と悪はなぜ逆さまか ――宗族と一族イズム』(産経
新聞出版)
加藤 健『朝鮮総連に破産申し立てを!』(展転社)
森田勇造『チンドウィン川紀行 ――インパール作戦の残像』(三和書籍) 
樋泉克夫のコラム―「支那の國ほど近付いてあらの見ゆる國は無し」
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評BOOKREVIEW 
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 宗廟、宗族がわからないと中国の伝統文化の源流が理解できない
  中国原論の出発点は「戦争も腐敗も善となる」、怖ろしい論理に秘密
がある

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石平『中国人の善と悪はなぜ逆さまか ――宗族と一族イズム』(産経新聞
出版)
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元中国人の石平氏ゆえに書けた中国原論が本書だ。

ここで展開される宗廟、宗族のもつ歴史的意味がわからないと、中国の伝
統文化の源流が理解できない。「戦争も腐敗も善となる」という、日本人
にはとても理解しがたい、怖ろしい論理の秘密を本書はみごとに探り当て
た。この原論は世界に散った華僑の世界にいまも生きている。

華僑がマレーシアから引き離して独立させた人口国家はシンガポールだ。
今ではトランプ vs 金正恩の首脳会談やらシャングリラ対話の開催地
として、なんだか「国際都市」の好印象、グローバルシティのイメージが
あるが、どっこい、この華僑の都市になぜかチャイナタウンがある。

「チャイナタウン in チャイナタウン」である。

時間をかけてシンガポールの下町をゆっくりと町を歩くと奇妙なことに気
がつく。通りの名前だ。金門通り、寧波通り。。。。。。。。。
つまり出身地別に居住区が異なる。

広東省の省都・広州市のど真ん中に観光名所「陳氏書院」がある。立派な
お屋敷跡である。じつはこの陳氏書院とは陳氏宗廟なのである。

ミャンマーの下町に宏大に拡がるチャイナタウンも華僑の街だ。横丁を丁
寧にあるいてみると、ある、ある。李氏宗家とか、黄氏宗廟とか、一族の
名前が建物の入り口に冠されている。古都マンダレーへ行くと雲南会館と
か、四川友好会館とかの立派な建物があちこちに目に飛びこんでくる。

中国のいたるところ、宗廟があって、世界中に散った一族が集まる習慣が
いまも確然として残っている。

これが、宗族、日本人に分かりやすく言えば、「一族イズム」である。

 「中国人にとって、一族の利益、一族の繁栄はすべてであり、至高の価
値である。それを守るためにはどんな悪事でも平気で働くし、それを邪魔
する者なら誰でも平気で殺してしまう。一族にとっては天下国家も公的権
力もすべてが利用すべき道具であり、社会と人民は所詮、一族の繁栄のた
めに収奪の対象でしかない」(131p)。

だから「究極のエゴイズム」を追い求め、一族の誰かが権力を握れば、そ
れに群がり、もし失脚すれば、一族全員がその道連れとなって破滅する。

習近平と王岐山一族が、いま何をやっているか、なぜそうなのか。正に宗
族の論理によって突き動かされ、一族だけの利権を追求し、一族だけが繁
栄を究める。

結論的に石平氏はこう言う。

「中国共産党が『宗族』を殲滅したのではなく、むしろ、宗族の行動原理
は生き残った上で、党の中国共産党政権自身を支配する(中略)。中国に
おける宗族制度の原理の生命力はそれほど堅忍不抜なものであり、宗族は
永遠不滅なのだ」(185p)。

やれやれ、中国人が日本人の感性や規範、道徳、しきたりとまったく異な
る伝統を保持している理由が、この一冊で了解できるわけだ。
 毎回、新局面を開拓して読書人を興奮させてくれる石さん、次に挑んで
欲しいのは『習近平・水滸伝』でしょうかね?
      
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円盗むと「コソ泥」だが、1兆円以上も盗み出すと北では「英雄」
  朝鮮総連傘下の朝銀破綻になぜ公的資金が投入されたのか?

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加藤健『朝鮮総連に破産申し立てを!』(展転社)
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1兆3453億円!

この天文学的巨額の国民の税金が北朝鮮傘下の銀行が破産したため、公的
資金投入の結果、費やされたのである。「なぜ?」

当時、安倍晋三首相が国会で答弁している。

「(朝銀破綻は)破綻することがわかっているにもかかわらず、後で預金
保険機構あるいは公的資金が入ることを前提にどんどん貸していく。そし
て大きな穴をあけた」。

つまり「北朝鮮にカネが渡ることを前提として」、貸し手と借り手がグル
になっていた。しかも、このカネは北の核武装に使われた。馬鹿馬鹿しい
話である。

さらに驚くべき後日談がある。

平成11年7月6日、衆議院大蔵委員会で、朝銀大坂幹部が次の証言をした
のだ。

「預金を金正日に流したのだから逮捕を覚悟した。逮捕されたらすべてを
語るつもりでいたが、だれも調査に来ず、来たのは預金保険機構からの
3100億円の贈与であった、逮捕を免れた」

この日本にとっての赤恥、北朝鮮にとっては英雄であり、総連の元財政局
長は「共和国英雄」となった。まさに著者が言うように「1000円盗むと
『コソ泥』だが、1兆円巻き上げると『英雄』なのだ」。
著者は叫ぶように書く。

「朝鮮総連の前身はテロ組織である。戦後の苦しかった時代、日本国民に
襲いかかってきた」のだった。

当時の吉田茂首相は「好ましからざる朝鮮人は強制送還をぜひとも断行す
る」と答弁した。法務大臣は「不良朝鮮人を強制送還せよというのは国を
挙げての世論と言って良い」と記者会見している。

ところが。

総連は「いつの間にか、『弱者』、『被害者』に」化けてしまった。
かれらの犯罪を批判すると「民族差別」と糾弾される。現代の日本では本
末転倒の、不思議な議論がリベラルなメディアや政治家から出てきた。こ
れでは日本は亡国の奈落に転落してしまう。
秘策は何か?

それが「破産申し立て」という「外交カード」だと、本書は訴えるのである。
 
         
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 あのインパール作戦の日本兵の墓を訪ね歩く鎮魂、慰霊の旅は続く
  ミャンマー奥地、誰も行かない秘境に取材許可がおりた 

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森田勇造『チンドウィン川紀行 ――インパール作戦の残像』(三和書籍)
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ミャンマー取材から帰国して山のように溜まっていた郵便物のなかに、著
者森田氏から贈られてきた当該書が紛れ込んでいた。すぐに手に取った。
 
じつは本書を読む3日前に、なにかの偶然だろうが、ヤンゴンでアウンサ
ン博物館を見学し、スーチーの父親(ビルマ独立の父)の業績に触れてき
たばかりだった。この博物館はヤンゴンの高級住宅地の丘の上にあってア
ウンサンの旧宅を改造し、中庭も綺麗に整えた観光名所となった。

さて著者の森田勇造氏と評者(宮崎)は、かれこれ半世紀近い交遊がある
が、よく飲んでいるわけではなく、氏は殆どアジアの少数民族の研究のた
め、海外にでている。

氏は評者より6歳年上だから、老衰が心配になるが、いたって元気。その
フットワークの強きこと。健脚に拠るからだろうが、日頃から毎日最低1
万歩、都内を歩いて仕事をしている猛者でもある。

森田氏が日本にいるときは青少年交友協会理事長でもあり、全国各地で
「歩け歩け」運動の「徒歩き(勝ちあるき)大会」の主催者でもある。氏
は若き日に北欧無宿を続けた先駆者として当時から話題の人でもあった。
すでに世界142ヶ国を歩き回り、上梓した著作は数十を数える。

さて本書だ。

ミャンマーの古都マンダレーへ飛んだところから、この難航をきわめた取
材が始まる。同行したのはNHKBSの取材班で一行四人に現地通訳ガイ
ドの女性。マンダレーは雲南華僑の街でもあるが、中国の投資によって国
際空港がひらかれ、町へはいると中国語が氾濫している。

走るオートバイは殆どが中国製、ホンダはあまり見かけない。電気製品か
ら雑貨までメイドインチャイナ、早朝から開店するゴールドショップに
は、華僑が前日の売り上げを持参して金を買って行く。
つまりミャンマーの通貨を信じていないのである。
 
それはともかく、森田氏の旅の目的はインパール作戦で散った英霊たちの
鎮魂。

マンダレーを南下した地点でミャンマーを縦断する二つの大きな河川が合
流し、ヤンゴンのデルタ地帯に注ぎ込むエーヤワディー川(イラワジ)と
なる。合流するまでの上流が、「チンドウィン川」だ。つまり本書の表題
となった長い河川だ。

一行は、このチンドウィン川を遡行して、各地に古老を訪ね、昔話を根気
よく聴きながら日本人兵士の戦跡とお墓、あるいは戦没碑のありかを訪ね
歩く。

旅はモンユワ、シュエジン、カレワ、モーライク、シッタン、タウンダッ
ト、ホマリン、そしてトンへと続く。この川沿いに日本英霊がおよそ二万
から3万人が眠っているとされる。

しかも多くが戦病死だった。

そのうえ遺体の多くが行方不明、日本に還っていない。

 ただし、ミャンマーの仏教と日本の仏教の差違が鎮魂儀式と後処理の方
法を決定的にわける。

森田氏が言う。

「ミャンマーは小乗仏教のため「人は死んでは生まれ変わるという輪廻転
生を信じ、死体や遺骨は汚物でしかなく、川や池に捨てるか、荼毘に付し
て捨てるか、ゴミとして地下に埋めます」。だから墓を造らない。日本兵
の遺体の多くがチンドウィン側に流された。そたがってお墓はない。

これら一帯はインドと国境を接する少数民族の棲息地帯でもあり、取材許
可がなかなかおりなかった理由も納得できる。

行く先々に日本人兵士の眠る記念碑や、戦後、訪ねてきた日本人が建立し
た墓地やパゴダや、石碑があった。卒塔婆も残っていた。

インパールに散った英雄たちの荒霊(あらみたま)はまだ安眠していない。

        
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1825回】            
――「支那の國ほど近付いてあらの見ゆる國は無し」――關(9)
關和知『西隣游記』(非売品 日清印刷 大正七年)
 
         ▽
なぜ日米の間で、ここまで差がついてしまったのか。

アメリカは「義和團事件賠償金1200弗を支那に還附して之を?育資金と爲
し」、留学生100人を受け入れ教育した。こうして「支那人の2國(日
米)に對する感情の相異」が生まれてしまった。

「今日に状勢を放置せば、支那に於ける日本語の勢力の次第に衰退すると
同時に、英語の勢力倍々増大し、自然の結果、國際場裡に於ける日米の位
置は遠からず一變するべきや明らかなり」。

アメリカは中国各地に高等教育機関を設け、「その秀俊なるものを抜擢し
て米國に送り、高等の學問研究に從事せしむ」。かくてアメリカの大学で
は「殆んど支那留學生を見ざる無しと聞く」。20年前には日本人留学生に
向けられていた関心は冷めてしまい、いまや「米國上下の支那人?育」に
移ってしまった。他国と違ってアメリカは「常に公正仁義の主張を持し、
博愛慈善の方面に活動して、毫も領土若くは利權に對する野心なき態度」
で接するが故に、「大いに支那人の信用を得、その歡心を得たる」のだ。

翻って日本をみるに、「政治的には高壓武斷主義を援け、眼前の利權獲得
に營々たる外、何等高尚にして遠大なる經綸無く、然して社會的には常に
支那人を輕侮して速成營利主義の?育を以て支那留學生に對する我日本の
態度が、倍々以て支那人の反感と疑惑とを招」くばかりか、「日支親善の
押賣りによりて愈々支那人を遠ざかりらしむる如き實状は上下の共に覺悟
し反省すべき所ならずや」。

振り返ってみるなら、大正の時代に日本側が「日支親善の押賣り」したと
ころ、「愈々支那人を遠ざかりらし」めてしまった。

ところが北京に共産党政権が生まれて以降は「子々孫々までの日中友好」
の押し売りを始める。そうなった時、その押し売りを日本人は唯々諾々と
受け入れてしまった。

いったい何故なんだろうか。戦争という大問題があるからか。大正の日本
人の「押賣り」が下手なのか。共産党政権の宣伝工作が巧妙なのか。それ
とも日本人が歴史から教訓を学ばず、余りにもオヒトヨシに終始してからか。

さて關に戻る。

じつは「日本の外交は今實に危機に瀕せり」と「覺悟し反省すべき」を口
にする日本人が關らの前に現れたというのだが、それが「我が北京公使館
有力者」だったというから開いた口が塞がらない。

この「公使館有力者」もまた外交の危機を招いた当事者の1人であろう
し、危機を回避すべく獅子奮迅の働きをすべき当事者だろうに。どうや
ら、この種の天に向かってツバするような所業が我が外交当局の『伝統
芸』の1つ。つまりはオ役所特有のやっつけ仕事。それにしても昔も今
も・・・情けない。いやバカバカしい話だ。

本来の使命を他人事で済まそうとする無責任・・・外交官失格!即刻退場!

關だが北京では英字新聞の「北京カゼツト新聞の如きは一年360日曾て一
日と雖も排日的記事の掲載を怠りたること無く、筆を極めて對日反感情の
鼓吹に力め居れり」。

同紙は「有名なる親米派の新聞にて、其發行紙數の如きも敢て多からざ
るは勿論なるも」、「その感化の及ぼす所決して輕視すべきに非ず」。こ
れに対し「國民の思想上、感情上に對する外交的用意として我が對支外交
は全く消極的なり、無能力なり、東亞大局の主人公たるべき帝國の現状實
に如斯岌々乎としてそれ危い哉」。

ここでもお役所仕事だ。

日本にとって最も手ごわい敵はアメリカであり、「将来支那に於ける米國
の勢力今より想見すべし」との警告は勿論すぎるほどに勿論である。

だが、北京政府部内に早稲田同窓生が多いというのなら、そのことを『素
朴・単純』に悦び誇っているだけではなく、直ちに早稲田人脈を動かすの
も一策だろう。

 やはり日本は「将来支那に於ける米國の勢力」の影響力を見誤った(軽
視した。等閑視した。全く気づかなかった)のか。
その後の悲劇の淵源は、ここにもある。確かに。

     
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