2018年12月31日

◆日本企業にマネが出来るだろうか

宮崎 正弘


平成30年(2018年)12月30日(日曜日)弐 通巻第5034号  

 こんなリスク、日本企業にマネが出来るだろうか
  米軍シリア撤退のあと、中国は150社、20億ドル投資で再建プロ ジェクト

すでに中国では「シリア再建プロジェクト・フェア」が開催されてい
る。驚き桃の木山椒の木。

習近平の目玉「シルクロード」の一環である。

フェアにはじつに200社の中国企業が参加し、その投下を予定してい るプ
ロジェクト費用は20億ドル。道路改修工事、ハイウェイ工事、もち ろん
抜け目なく光ファイバー網設置等々。

米軍はシリア撤退を表明しており、その空白は地域の不安定化をもたら
すことになるが、さて、こうしたリスクもなんのその、中国は空白市場へ
真っ先に乗り込んでビジネスを展開する構えにある。

中東石油に依存する中国と、中東への興味を希釈させて、「インド太平
洋」へ目を向けた米国の姿勢の違いは明瞭である。

米軍の撤退日程は未定とはいえ、安全保障面からの対応を急いでいるトル
コ、イスラエルの動きを横目に、シルクロードの一環として、中国はシリ
アへの再進出を虎視眈々とねらうわけだ。

内戦勃発前の中国とシリアの貿易は往復で24億ドルだった。

内戦中、中国はシリアと距離を置いたものの、ロシアのアサド梃子入れ
に間接的に協力しつつ、裏でのISに武器供与を続けていた。

同時にISに加わったウィグル族の若者達の動向に神経を配らせ、IS
とは裏の連絡網があったと言われる。

リビアでカダフィ政権が転覆したとき、中国は3万6000人の労働者、 エ
ンジニアを引き揚げたが、なぜそれほどの人数が紛争地域にいたかとい
えば、リビアで100ものプロジェクトを請け負っていたからだった。
 このような冒険的リスクを取ることに躊躇しない中国。日本企業にマネ
が出来るだろうか?
        
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 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1835回】            
 ――「只敗殘と、荒涼と、そして寂寞との空氣に満たされて居る」――諸橋
(8)
諸橋徹次『遊支雜筆』(目?書店 昭和13年)

                △

もう少し、新文化運動に対する諸橋の考えを追ってみたい。

諸橋は、これまでみてきた「新文化運動を社會的に實現する方法」とは
別に、「實はもう一つの運動がある」と指摘する。それを「消極的の運
動」とし、「新文化運動の精神に反對するものを破壞すると云ふ運動で
あ」る。

「其の一は、過去の?――孔子の?に對する所の反對で」、「其の二は、
支那の擬制、就中家族を主とした擬制の破壞であ」る。

 先ず「其の一」だが、「支那の?」は断固として「孔子の?」であると
いう考えに反対するもので、その中心は後に共産党創立者の1人で初代総
書記の陳独秀など。孔子批判は陳独秀が初めていうわけではなく、代表例
としては明代の李卓吾――吉田松陰を大いに刺激した『焚書』を著す――が挙
げられるが、彼らは歴史的・文化的には異端者として扱われている。如何
に極端な振る舞いであれ、それは個人の範囲に止まっていた。だが諸橋が
「彼地で遭遇した事は、少なくとも個人的ではない」。団体、それも「或
る一部分の大きな團體の勢力」による動きだった。

たとえば1920年の「10月にありました陝西省の孔?問題」と「十一月浙
江省の全國?育會に起こつた讀經の問題であります」。前者は孔子の誕生
日に陝西女子師範学校の新文化運動論者の教頭が、偶像崇拝は無意味で孔
子は時代に合わないから恒例の孔廟参拝を中止した。また陝西省で多くの
学校で教員が反孔子ストライキを敢行し、これに同調した学生を当局が
「炮烙の刑に處したと云ふ」。

後者は全国教育会議における浙江省による「毎週日曜日に學生に經學の
本を讀ませよう」との提案に対し、同省の学生が会場に押しかけて「(伝
統的な学問である)經學は奴隷?育である、復辟?育である、君臣?育で
ある。之を復活するは新文化運動の精神に反する」と気勢を挙げたという
のだ。

こういった「從來の?史も何も無視して、只五四以來風氣が一變したと 信
ずる新文化の諸君の態度は」程なく「取消」ということになった。新文
化運動に対し諸橋は、「兎に角、如何に新文化と云ふものと過去の??と
云ふものが衝突して居るかと云ふ一面が是で分かるかと思ひます」と。

「新文化の消極運動の他の一つは、新文化運動の中核」であり、それは
「過去の擬制、家族を中心として居る擬制に對する猛烈な反對」である。
「支那は御承知の通りに世界一の家族國」であり、美点もあれば「又幾多
の缺點も確かにあ」る。「家族問題の中心と申せば必然的に婦人の問題が
關係」し、婦人解放・男女同権に突き当たり、勢い現実離れした議論・運
動が展開されてしまう。その中には「不眞面目な部分もありますが」、
「家族を中心とした擬制に對する反對、即ち家族の問題」に対しては「兎
に角眞劍」ではある。

かくして諸橋は新文化運動を、「新文化運動の中核の問題は個人の解
放、人權の擁護、人格の尊重――一言で申せば個人の解放を絶叫するのであ
り」、そのことが「英米の文化が新文化運動に歡迎せられる最大の原因で
あります」と総括する。

遠い昔を振り返るまでもなく、辛亥革命から続く社会の混乱を見れば
「??、政治、一として固定する所がない中に、獨り完全に固定して昔か
ら今に大した變化のないのは家族を中心とした擬制、隨つて其の擬制によ
つて維持さられてゐる家族制度の強さ」である。

ところが「新文化運動の鋭鋒は正にこの一番健全である一番固定的である
家族制に向つて突貫して居る」。

その結果は「自分の矛を以て自分の盾を破る」、つまりは「支那社會を
崩壞して了」う危険性を孕んでいる――これが新文化運動に対する諸橋の見
解だった。

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