2019年02月03日

◆「わが祖国」を聴きながら

渡部 亮次郎


高く済んだ秋空の下(もと)、ひさしぶり、MDでスメタナの「わが祖国」
を聴きながら、落葉で金色に輝く公園の道を散歩した。いつもは「ラジオ
深夜便」の録音を再生したのにつづいて聴くのはモーツアルトかベートー
ヴェンなのに。

なにか壮大で厳粛な気分に浸ることができるからである。とても演歌や
フォークソングではこうは行かない。祖国、国土、独立、さらに故郷の風
物への愛を強烈に感じる。

連作交響詩『わが祖国』 (わがそこく、Ma Vlast) は、ベドルジハ・スメ
タナの代表的な作品で、1874年から1879年にかけて作曲された6つの交響
詩から成る。スメタナは聾唖者になっていた。

全6作の初演は、1882年11月5日、プラハ国民劇場横のジョフィーン島にあ
る会場で行われた。この曲は、近来、毎年行なわれるプラハの春音楽祭の
オープニング曲として演奏されることが恒例になっている。

1 ヴィシェフラド  2 ヴルタヴァ  3 シャールカ  4 ボヘミアの牧場
と森から  5 ターボル  6 ブラニークの6曲から成るから、通しで聴け
ば1時間20分ぐらいかかる。

音楽を学ぶためにプラハへ赴いたスメタナは、ある貴族の家の音楽教師の
座を獲得し、1848年には、作曲家フランツ・リストからの資金援助を受
け、彼自身の音楽学校を設立した。

1874年に梅毒に起因して聾唖(ろうあ)となるが、作曲活動を続け、この
出来事の後に書かれた代表的な作品が『わが祖国』である。

1 ヴィシェフラド
『高い城』とも訳される。かつてボヘミア国王の住んでいた、プラハの大
きな城が描かれた作品。1874年に作曲された。吟遊詩人が古代王国の栄枯
盛衰を歌う、という内容である。

この作品の冒頭に現れ、全曲を通じて繰り返し用いられる旋律の最初の部
分には、スメタナの名前の頭文字B.S.(=B♭−E♭)が音として刻まれている。

2 ヴルタヴァ 『モルダウ』の名で知られる。一連の交響詩群の中で最
も知られた作品であり、単独で演奏されたり、録音されることも多い。ヴ
ルタヴァ川(モルダウ川)の、源流近くからプラハへと流れ込むまでの様
子が描かれている。1874年に作曲された。 スメタナの故郷を思う気持ち
が現れている。

3 シャールカ 1875年に作曲された。シャールカとはチェコの伝説に登
場する勇女の名である。恋人に裏切られたことによって男への復讐を決意
した、という。そのシャールカが男の兵士達を策略にはめて皆殺しにす
る、という(男性にとっては首筋が寒くなる)内容である。

4 ボヘミアの牧場と森から 1875年に作曲された。ボヘミアの美しい風
景を音楽としたもの。途中、ドイツ風の歌やボヘミア風の歌といった民族
的な旋律も現れる。

5 ターボル 1879年に作曲された。ターボルとはボヘミア南部の町の名
である。フス派の人々の拠点であった。フス派の戦士の不屈の戦いを描い
ている。彼らの間で歌われたコラール『汝ら神の戦士たち』が用いられて
いるが、これは『ブラニーク』でも引き続き用いられる。

6 ブラニーク 1879年に作曲された。ブラニークとはボヘミア中部の山
地の名である。その山々の深い森の中にて1000年前のチェコ民族の守護聖
人と勇士達が眠っており、チェコ民族が存続の危機に瀕した時に彼らがよ
みがえって救いの手を差し伸べる、という伝説がある。

曲は、邪悪に覆われた祖国をその勇士達が勝利を収めて解放する、という
内容である。

ベドジフ(またはベドルジハ、ベトルジヒ)・スメタナ(Friedrich)
Smetana, 1824年3月2日― 1884年5月12日)

ビール(チェコ・ビール)の醸造技師の息子として、ボヘミア北部のリト
ミシュル(Leitomischl)に生まれた。若い頃にピアノとヴァイオリンを
学び、家族の参加していた趣味的な弦楽四重奏団で演奏していた。

父親の反対にも拘らず、音楽を学ぶためにプラハへ赴いたスメタナは、あ
る貴族の音楽教師の座を獲得し、1848年には、作曲家フランツ・リストか
らの資金援助を受け、彼自身の音楽学校を設立した。

1874年に梅毒に起因して聾唖(ろうあ)になっても作曲をつづけた。のち
1884年に正気を失い、プラハの精神病院へ収容され、この地で生涯を終え
た。ヴィシェフラトの有名人墓地に葬られている。

スメタナは、明確にチェコの個性の現れた音楽を書いた最初の作曲家であ
るといわれる。そのため、チェコ国民楽派 の開祖とされる。

彼の歌劇の多くは、チェコの題材に基いており、中でも『売られた花嫁』
は喜劇として最もよく知られている。彼は、チェコの民俗舞踊のリズムを
多用している。

また、彼の旋律は民謡を彷彿とさせる。同じ様にチェコの題材をその作品
中に用いた作曲家として知られる アントニン・ドヴォルザークに大きな
影響を与えた。

主な作品

歌劇
『ボヘミアのブランデンブルク人』(1862)
『売られた花嫁』(1863)
『ダリボル』(1867)
『リブシェ』(1872)
『二人のやもめ』(1874)
『口づけ』(1876)
『秘密』(1878)
『悪魔の壁』(1882)
『ヴィオラ』(未完)

管弦楽曲
祝典交響曲 作品6(1853)
交響詩『リチャード三世』(Richard III)作品11(1857-58)
交響詩『ヴァレンシュタインの陣営』作品14(1858-59)
交響詩『ハーコン・ヤルル』(Hakon Jarl)作品16 (1861-62)
連作交響詩『わが祖国』(Ma Vlast)(6曲)(1874-79)
祝典序曲 ニ長調 作品4(1848-49)
プラハの謝肉祭

室内楽曲
弦楽四重奏曲第1番ホ短調『わが生涯より』(1876)
弦楽四重奏曲第2番ニ短調(1882-83)
ピアノ三重奏曲ト短調作品15(1855)
『わが故郷から』(ヴァイオリンとピアノのための、2曲)(1880)

「わが祖国」の初演から100年に当たる1982年に、記念演奏会が東京で開
催された。(演奏は、ヴァーツラフ・ノイマンの指揮によるチェコ・フィ
ルハーモニー管弦楽団)同公演はライブ録音され、翌年レコードとして発
売された。

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』2007・11・14


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