2019年02月09日

◆中国が始める宇宙戦争

櫻井よしこ

 
「月を独り占め、中国が始める宇宙戦争」

都会の真ん中に住んでいても美しい月に見とれる夜がある。38万キロ離れ
た地球から眺める月は、欠けていても満ちていても冴え冴えと美しい。満
月のとき、目を細めてじっと見れば、平凡な言い方だが、そこには明らか
にうさぎがいる。

いまその月面で人工物がひとつ走り回っている。中国の探査車「玉兎」で
ある。

1月3日、中国の月探査機「嫦娥(じょうが)4号」が人類初の快挙、月の裏
面着陸を成し遂げた。少しも嬉しくない。中国は2007年に嫦娥1号を、10
年には嫦娥2号を送り月を周回させた。これで月面の詳細な地図を作成
し、13年に嫦娥3号が月の表側に、今回、嫦娥4号が人類未踏の月の裏側に
着陸し、探査車の玉兎を月面に降ろした。

50年前、アメリカの有人宇宙船アポロ11号が月に降り立ち、アームストロ
ング船長が人類初の一歩を月に刻んだ。そのときの中継画像を当時学生
だった私はカナダ・アルバータ州の友人の家族と共に見た。アメリカ人で
はないカナダ人も日本人の私も皆、釘づけだ。興奮と驚嘆と憧憬、まるで
わがことのような嬉しさを分かち合ったのを覚えている。

今回そんな高揚感はない。中国が宇宙戦争でアメリカの先を行くのかと、
むしろ不安になる。中国の宇宙開発を振りかえれば軍事的野望は明らか
で、人類の平和的発展とは程遠い征服の意図を感じるからである。

21世紀の戦争はサイバー空間と宇宙から始まる。私たちはすでに08年8月
のロシアとグルジア(ジョージア)との戦い、14年3月のロシアとウクラ
イナの戦いで、サイバー戦争が行われたことを知っている。

小野寺五典前防衛相が「言論テレビ」で語ったのだが、ウクライナでは、
まず突然携帯電話がつながらなくなり、テレビ、ラジオ各局の通信が遮断
され、公共の交通機関が止まった。ウクライナ軍の混乱の中、見知らぬ
人々がやってきて街を占拠した。それがロシア軍で、クリミア半島はいと
も簡単に奪われた。

ミサイルで気象衛星を破壊

ロシアはすでに少なくとも二度、人類にサイバー戦争を仕掛け、ロシアに
反対する勢力を倒し、国土を奪ったわけだ。

月に手を掛けた中国は今後、ロシアを上回る規模で本質的に同様の行動に
出ると心得ておくのが正しい。外交・安全保障の専門家で中国問題に詳し
い小原凡司氏も「言論テレビ」で、「宇宙戦争の幕を開けたのは中国」だ
と明言し、その始まりは12年前に遡ると指摘した。

嫦娥1号の月周回と同じ07年、中国は高度850キロにあり、すでに寿命が尽
きていた自国の気象衛星を地上発射のミサイルで破壊してみせた。このと
き世界は本当に驚いた。

「あの驚きは、中国が衛星破壊能力を身につけたためではありません。そ
ういうことを中国は本当にやるのだ、ということで驚いたのです」と、小
原氏。

冷戦後、米露両国は互いの衛星を破壊することはしないという暗黙の了解
に達していたのだという。衛星の破壊は、相手の目や耳を潰すことだ。相
手の状況を見ることができず、通信もできない。自分たちが偵察に行って
も情報も入ってこない。当然、疑心暗鬼に陥り、恐怖心に駆られる。衛星
を破壊されたうえで攻撃されればどうなるか。衛星なしには精密なピンポ
イント攻撃は不可能であるから、まともな反撃はできない。そこで大量破
壊兵器で広い範囲を一挙に潰そうという悪魔のささやきに乗せられてしま
う。かくして核兵器使用の動機が高まり、人類を悲劇に陥れる。

このようなことが十分考えられるため、衛星破壊はしないという暗黙の了
解が生まれたと、小原氏は語る。

「その暗黙の了解を破ったのが07年の中国だったのです。彼らは本当に戦
争する気なのかと、国際社会は驚きました。さらに中国は13年までに、高
度3万キロメートルから4万キロメートルの、いま最も高い軌道にある静止
衛星の破壊能力を確立したと言われています。静止衛星も含めて地球を周
回している衛星のほぼすべてを破壊する能力を、彼らは手にしたと見られ
ているのです」

中国共産党中央委員会の政治理論誌『求是』の10年12月号には、次のよう
に書かれている。

「衛星への攻撃は米国を攻撃する最も効果的な手段だ。速やかに宇宙兵器
開発の努力をすべきだ。最終的に人工衛星からミサイルを発射できるよう
になれば、米国はどこにも隠れる場所がないと知るだろう」

アメリカを標的にして屈服させようという意図は明らかだ。このような意
図が、少なくとも中国の軍事戦略の司令塔である中央軍事委員会の下で発
表されている。彼らの「宇宙強国」計画では、20年末までに中国版GPS
「北斗」の35機打ち上げが決定されており、中国は全世界に「監視の目」
を持つことになる。

人民解放軍の能力

全世界、全天候型の地球観測システムの運用について、中国は民間用の衛
星網だと説明する。北斗は測位精度が2.5メートル程度とされており、ア
メリカの衛星に較べれば、能力は落ちる。中国の発表をどのように読み解
くのがよいのか。小原氏の説明だ。

「民間用の衛星網とされる北斗より、地上にある物体の探知、識別能力を
非常に重視している中国人民解放軍(PLA)の衛星の能力はもっと高い
と見てよいと思います。PLAの太平洋上における探知範囲は500万平方
キロメートルに及ぶと、これは彼ら自身が喧伝しています。それほど広い
海域で、米海軍の艦船を対艦弾道ミサイルで攻撃するのに必要な探知能力
を身につけたと言っているわけです」

一群の北斗打ち上げは20年には達成される。それをさらに強化するのが、
22年までに完成予定の中国独自の宇宙ステーション「天宮」だ。有人で長
期滞在型の宇宙ステーションを中国が完成させる構えなのに対して、日米
露など15カ国が参加する国際宇宙ステーション(ISS)の先行きは不安
である。

トランプ米政権は25年までに資金拠出を打ち切り、ISSの運営を民間に
移転するとしている。ロシアはロシア単独の宇宙ステーション建設を模索
中で、欧州は宇宙計画を継続する方向だ。ISSがどのような形で継続さ
れるのか、また、各国の宇宙政策の形もまだ見えてこない。ひとつ明確な
のは、中国だけが宇宙ステーションを持ち宇宙を独占するという最悪の状
況は避けなければならないということだ。

中国の戦略の息の長さ、継続する国家の意志の、真の脅威を実感する。軍
事的要素を忌み嫌い、国防についてまともに考えもしない日本は、自力で
自国を守れない。そんな国など、国家とは言えないということを肝に銘じ
たい。

『週刊新潮』 2019年2月7日号日本ルネッサンス 第838回

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