2019年02月19日

◆中国人の銀行口座を凍結

宮崎 正弘


平成31年(2019年)2月16日(土曜日)通巻第5992号   

スペイン、中国人の銀行口座を凍結。「資金洗浄の疑い」
突然、数千の在西中国人がビルバオ銀行(BBVA)本社に押しかけた

2月14日はバレンタイン・ディだ。

マドリッドに住む中国人はBBVA銀行へ行ってATMからお金を引き出
せないことに驚く。「金が出ないゾ、機械の故障だ」と窓口へ行くと「あ
なたの口座は資金洗浄の疑いがあるので凍結されました」。
「?」。
寝耳に水の言葉、「ならば、どうすれば引き出せるか?」「資金の出所、
あなたの個人的財政的バックグランドを証明する書類が必要です」などと
言われて怒り心頭。

 ほぼ全ての在西中国人の銀行口座が凍結されていた。

「これは人種差別だ」と騒ぎだし、翌日(2月15日)マドリッドのビルバ
オ銀行本社前に、え? 数百・数千の中国人がプラカードばかりか五星紅
旗をもってあらわれたのだ。ビルバオ銀行はスペイン第2の大手銀行で
NY市場にも上場しており、東京にも支店がある。

スペイン国内全域に支店網があり、中国人およそ4−5000人が口座を開設
している。

警備のスペイン当局が驚く。

「いつの間に、中国の国旗をこれほどたくさん用意できたのだ?」。

「マドリッドにはICBC(中国工商銀行)の支点もあるのに、なぜ中国
人はスペインの銀行を好むのか?」
 
降って湧いたような蝗の大群。それにしても大がかりな中国人組織がマド
リッドにあって、一晩で組織的な行動を取れることにスペイン当局は驚い
ているという。 
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1859回】                       
――「社稷既に亡んで、帝陵空しく存す」――大町(5)
大町桂月『遊支雜筆』(大阪屋號書店 大正8年)

                 △

満洲の名勝古跡を歩いて異なことに気づく。「日本人の多く行く處は、日
本人を優待するかと思ひしに、事實は反對にて、日本人の多く行く處は、
日本人を虐待し、日本人の稀に行く處は、日本人を優待する也。多くの日
本人の中には、名所を荒らすものもありと見えたり」。

乃木大将の「金州城外立斜陽」で知られる金州の西門外で「清國軍人戰亡
碑」を弔う。「日清の役、我軍にて支那の戰死者をこゝに葬りて、この石
碑を建てける也」。裏面に「大日本大山大將茨木少將建明治28年五月穀
旦」と刻まれていたはずが、「『大日本』、『大山』、『茨木』の文字
は、石にて打潰されて、幾んど辨ずべからざるようになれ居れり」。戦勝
の後、この石碑を建てると共に、「支那の戰死者の爲めに法會を営みけ
る」にもかかわらず、である。

「石にて打潰」すとは腐れ切ったひねくれ根性なのか。はて復仇への執念
なのか。

大町は時に朝鮮服、時に支那服を着た。満鉄の列車に朝鮮服やら支那服
で乗り込むと、ボーイが乗車を妨害する。「豫期せしことゝて、驚きもせ
ず、又腹も立たず。唯眞の朝鮮人や支那人が氣毒千萬と思ふ也。(自分の
経験からしても)我同胞は朝鮮人を輕蔑し、支那人をも輕蔑す。輕蔑する
のみならず、虐待す。慨かはしきこと也」。

帰路に耳にした朝鮮婦人の囁きを、通訳は「君を支那人と見て、胡人と
云へり。朝鮮人は支那人を目にして、表面上は大國人と云ふも、蔭にては
胡人といふなり」と伝える。これを面従腹背というのだろう。

1950年から3年ほど続いた朝鮮半島で共にアメリカ帝国主義を敵に戦っ た
2つの独裁国家は、いまになっても「中朝両国の血の友誼」の金看板を 下
ろそうとはしない。だが民衆は正直である。

かつて大連で、極秘訪中していた金正日将軍サマのゴ巡行に出くわした
ことがある。街は厳戒態勢で、夕暮れのラッシュ時にもかかわらず幹線道
路は1時間以上前から完全ブロック。秘密裡のはずが歩道は黒山の人だか
り。暫くすると、前方からパトカーに先導された60台を超える車列が猛ス
ピードで通過する。車列半ばを走った10台ほどの大型黒塗りベンツの1台
に将軍サマが鎮座ましましていたようだ。

車列が視界から消えると、歩道の人だかりは崩れる。隣り合わせた20歳前
後の娘が「厄介な国の厄介なヤツ」と吐き捨てた。

中国人嫌いを正直に吐露する朝鮮人もいた。筋金入りの革命家であるキ
ム・サン(金山)こと張志楽(1905年〜38年)である。毛沢東が党内固め
から反転攻勢に転じた頃に延安入りし、抗日軍政大学で物理・数学・日本
語・朝鮮語などを教えていた。

彼は自らの人生を語った『アリランの歌』(ニム・ウェールズ、キム・
サン 岩波文庫1995年)で「中国では澄んだ川や運河を見たことがないの
です。私たち朝鮮人は朝鮮の川で自殺するなら満足だというのですが、中
国の川はきたなくて、そんな気になりません」と呟き、「自分たちがもう
かるというのでなければ面倒を避けたがる中国人の性格を承知していた」
と語り、「中国は無法律だ」と断じている。

逮捕に来た官憲に対し無抵抗の中国人同志を前に「なぜあほうみたいに
つっ立ってる? 卑怯者め! なぜ逃げないんだ?」「朝鮮人ならこんな
時絶対にあきらめない」と怒声を挙げたと、苦々しく語っている。

彼を援助し続けた兄は、「われわれ朝鮮人はすべて理想主義者であり、
理想主義は歴史を創り出す。中国人はあまりにも拝金主義者であるためキ
リスト教民族とはなれず、やがてその物質主義のため亡びるであろう」と
諭し、彼を中国に送り出した。

大町に戻るが、彼は朝鮮婦人の態度を論うこともなく「匹婦なほ恕すべ
し」と。一転して「内地の紳士にして、蔭にて朝鮮人をヨボといふ者はあ
らずや」と問うのだ。《QED》
 
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