2019年03月07日

◆中国はパキスタンの空爆報復を支持しない

宮崎 正弘


平成31年(2019年)2月28日(木曜日)弐 通巻第6008号

パキスタン政界に衝撃。中国はパキスタンの空爆報復を支持しない
  庇護者だった筈が、なぜインドの言い分も聞き分けるのか?

インド、パキスタン国境が騒がしい。

もともとカシミールの領有をめぐって激しい国境紛争、軍事衝突を繰り返
してきたが、1999年以来、目立った動きはなかった。

インドに自爆テロをしかけ40人を殺害した過激派はパキススタンから出撃
したため、インド空軍は武装集団の拠点を空爆した。「テロリストの拠点
だったからだ」と主張するインドに対して、パキスタンは「民間人が多く
死傷した」と激怒した。死者は6人といわれる。

インド空軍機が再びパキスタン領空を侵犯した。すぐにパキスタンが撃墜
し、インド空軍のパイロットひとりを捕虜とした。

インドはミグ21,対抗したパキスタンはF16で迎撃した。

米国は「エスカレートするな」と両国に警告した。インド軍は、ただちに
次の軍事作戦を協議するため、モディ首相の自宅に軍幹部が深夜に集合し
緊急対策を協議した。

イムラン・カーン(パキスタン首相)は、「このままでは核戦争に突入す
る。早急にデリーと話し合う」としたが、インドは無反応。パキスタンは
中国の介入を期待したが、北京は冷淡にも、「今次の軍事衝突に中国は介
入しない」としてパキスタンを弁護せず、イスラマバードに衝撃が走った。

パキスタンの有力紙『ザ・ドーン』は、4月に北京で開催予定の「BRI
国際フォーラムに、初回ボイコットしたインドを何としても参加させたい
からだ」と報じた。

BIR国際フォーラムとは「一帯一路」(Belt Road 
Initiative)の関係国130ヶ国を招いて、国際協力を要請す
るという習近平の目玉である。米国も同会議にはオブザーバーを派遣する
としている。インドは、はじめからこのフォーラムを無視してきた経緯が
ある。

それにしてもインド vs パキスタンの軍事衝突。ベネズエラが燃え、
米朝首脳会議が開催されているときに、不適切なタイミングで起きたもの
である。
          
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ニッキー・ヘイリー(前米国国連大使)が政治活動を再開
  「中国はアメリカにとって外国の最悪最大の脅威」だ
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「米国の経済、文化、国家安全保障」を強力に推進させるための助言グ
ループを主導し、提言活動を開始したのは、あのニッキー・ヘイリー(前
国連大使)だ。

最初のパンチ。

「共産主義独裁の中国は、おそらく世界一の、人間性を踏みにじる悪魔的
存在である」

「米国民にとっての安全、利害、価値観に多子弟最大のそとからの脅威で
ある」として、共和党保守派の「ロシア、イランと同列に論じる」趣きに
釘を刺した。

ヘイリー女史は2016年の大統領選挙でサウス・カロライナ州知事としての
著名度もあって、最初はマルコ・ルビオ上院議員を、ついでテッド・ク
ルーズ上院議員を推薦し、トランプを終始批判し続けた。ところがトラン
プの当選直後、最初の指名がニッキー・ヘイリー国連大使だった。電撃的
ショックをワシントンにもたらした。

これはレーガンが政敵だったブッシュ陣営からベーカーを首席補佐官に任
命したような人事上の椿事でもあった。

その後の2」年間、ヘイリーは、「アメリカ・フォースト」を掲げるトラ
ンプのナショナリズムに基づく外交を着実に推進し、中国とロシアを批判
し、国連人権委員会からは脱退し、米国の国連分担金を3億ドル弱も削減
し、それでいて「この2年間、国連は変貌した。米国の主張への理解が増
えた」と自画自賛した。

ヘイリーはインド系アメリカ人女性として、初の国連大使であり、そのタ
カ派発言に世界は注目した。

国連大使辞任の理由を「休暇を取りたい」などとしたのは下手な芝居で
あって、誰も信じておらず、ホワイトハウスの権力闘争が絡んだ。とくに
クシュナー・イバンカ夫妻との確執が伝えられた。

さて、彼女が助言集団を形成し、政治発言を再開した背景は何か?
ヘイリーは明らかに2024年の大統領選挙を視座に入れている。その政
治キャリアから言っても、発言記録からみても、資格は十分。今後の仕事
は、様々な政治的機会を利用してつねに提言をし続けながら著名度を保ち
つつ、共和党内での地歩を磐石にすることにある。

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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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―「劣等な民族が自滅して行くのは是非もないこつたよ」東京高商(5)
東京高等商業學校東亞倶樂部『中華三千哩』(大阪屋號書店 大正9年)

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折から起こる反日運動の背景を、若者は考えた。

たとえば上海租界の「義勇隊などの御厄介になるのは日本人が一番多い癖
に志願者は一人もないそう」であり、フランス租界にあるフランス経営の
公園に「休日など行つて見たら、日本人が大部分を占領してゐ」たり、軽
快な服装をした西洋人親子が楽しんでいる中に、その輪に加わることなく
「汚れた着物を着流して時代後れの深ゴムの靴、眞?い三年越しの麥藁帽
を阿彌陀に被つて腰には烟草入れを下げてゐ」たり――上海在留日本人の姿
は「外人のそれと比較して何たる對照だらう」。

極め付きは蘇州で街頭での体験になる。彼ら日本人学生が「30人も騒がし
く鈴を鳴してこの狹い道を通つて行くと、兩方の家の内から皆んなが飛出
して來て、色?く陽に焦げけた東夷の學生が馬上顧眄の豪傑振り乍ら、し
かも、落馬せんとし乍ら往くのを眺めた。この大勢は少なからず蘇州の排
日氣勢を昂めたことゝと思うはれる」。

日本人自らの無自覚な振る舞いもまた「排日氣勢を昂めた」と考える「若
者の感覚」と、「序」に記された「拝日問題で注意すべき一事は」、「歐
米の商品を扱つて居るものが故意にやる外は支那で相當名のある實業家や
多數商人は一般に日貨排斥の意志を眞から持つては居ないので唯學生の危
害を惧れるのと民衆への氣兼から形式的にやつて居る仕事である云ふ點で
ある」と指摘する「大人の思考」の間の落差は、いったい何に起因するのか。

それが世代の、人生経験の、あるいは世間知の違いに直接的に結びついて
いるとも思えない。

この時から現在にまで続く中国における排日、あるいは反日の動きを振り
返るなら、「(上海共同租界の)義勇隊などの御厄介になるのは日本人が
一番多い癖に志願者は一人もない」ことへの疑問、大正時代の若者が上海
の公園で感じたであろう気恥ずかしさ、「東夷の學生」が蘇州の街路で皮
膚感覚で直感したであろう一種の蔑みの視線は、やはり軽視すべきではな
かったのではないか。

この時の義憤が「政治家や實業家は恕す可しと雖も、考のあると云はれる
學者までが浮れて日支親善なぞと眞面目くさつてるのは言語同斷だ」との
思いに繋がっているように思えて仕方がないのだが。

もう少し、日本人の振る舞いに対する若者の考えを追ってみたい。そこ
で、漢口の租界を訪ねた際の感想を見ておくことにする。

「何處でもそうだが、殊に支那などに於ては、未だ一般に外國の事情に通
ぜぬので、多くは服装の良否や、建物の大小美醜などで、其國の優秀貧富
などを、きめる傾向があるから、列強と相對峙して、威勢を張り、發展を
策するには、どうしても此點に於て、大なる注意を要し、居留地には他國
に劣らぬ設備をなすと共に」、在留者であれ旅行者であれ服装から立ち居
振る舞いにいたるまで、やはり「他國人に劣らぬだけの心掛けが大切」
だ。それというのも、「既に體格に於て、歐米人は無論、支那人よりも見
劣りのする我々が、服装でも醜かつたらば、彼等の蔑視を受けるのは當然
である」からだ。

言わば見た目がイチバン。

嘗められたら最後で、トコトン嘗められてしまう。

ところが「昨夏來遊した向陵の健兒」――東大の前身である第一高等学校の
学生――は、やってはイケナイことをヤッチまった。日本では超エリートで
あればこそ許される弊衣破帽というバンカラスタイルも、外地では一切通
用しない。

だが、彼らは「矢張内地そのまゝの蠻から姿でやつて來たので、事情を知
らぬ外人や支那人から、日本で最も有名な學校の生徒があの姿では、と少
なからぬ侮蔑や指彈を受けて、在留邦人も大いに迷惑した」。

「之れは尤もの事で日本人たるものゝの深く省みねばならぬ事柄である」
ことは確かだ。《QED》

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