2019年03月19日

◆4人目の金日成

渡部 亮次郎


金日成が偽者だったこと、金正日の生地が実は白頭山なんかで無い事は、
はたして定説化しているといえるか。いや、初耳だと言う人のほうが圧倒
的に多いのではなかろうか。嘘は何時までも繰り返すと真実になってしま
うのだ。

ある日本の外務大臣経験者が、生前、口癖のように言っていた。北朝鮮の
今の金日成というのは別人じゃないのかね、本物はとっくの昔に死んでい
るはずだよ、と。

この人は、日華事変から大東亜戦争に掛けて11年間もアジア各地で戦って
いたという猛者で特に満洲(今の中国東北部)での戦歴が長かった。

彼によると、金日成は昭和10年代に既に50代であったはず。激しい抗日戦
を仕掛けてきていたが、1945年8月15日までには死んだとされていた。

ところが1948年9月9日に成立した朝鮮民主主義共和国(北朝鮮)の初代首
相として登場したのが死んだはずの金日成だったので偽者だとピンときた
というのである。

日本外務省外交資料館などの編集による「日本外交史辞典」の金日成の項
では「この人の経歴については、不明な部分が多く、いわゆる4人目の金
日成といわれるが・・・」と逃げを打ちながら「普通に言われる経歴に従っ
て」として「まとめて」いる。

ところが、ここに大変なことを経験してきたライター萩原遼(ペンネー
ム)が登場する。昭和12年、高知県生まれの日本共産党員。長じて朝鮮語
に通じ、日本共産党の機関紙「赤旗」の平壌特派員となるが、国外追放処
分に遭った後、退職。

その後米国ワシントンに滞在、国立公文書館に秘蔵されている北朝鮮の文
書160万ページを3年がかりで読破した。その結果を「朝鮮戦争―金日成と
マッカーサーの陰謀」(文芸春秋)として刊行。

この中では朝鮮動乱はやはり北が仕掛けたものだったこと、マッカーサー
はそれを事前に知っていたが、韓国には知らせなかったことを明らかにした。

更に改題した「朝鮮戦争と私 旅のノート」(文芸春秋文庫)で偽者金日
成の経緯を明らかにしているのである。

ソ連(当時)軍幹部らによると、金日成の本名は金成柱。名乗っていた仮
名が金一星(キムイルソン)と発音が金日成将軍と一緒なだけ。日本軍に
追われてソ連のハバロフスクに逃げ、息子金正日もそこで生まれた。

多くの生き証人がいる。特に金正日に母乳を与えていた女性は北京に健在
である(2000年4月10日現在)という。

それなのに金星一を金日成将軍だと偽って北朝鮮建国の日に平壌に連れて
行ったのはスターリンソ連である。

だが50歳以上のはずが壇上の首相は僅か33歳の若造だったので
「偽者だ!」と人々は叫んで帰りかけたものだという。また息子をわざわ
ざ生地をハバロフスクではなく白頭山としたのは、そこが聖地であり、将
来の後継者として権威付けるためだったという。  2011・10・11執筆
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