宮崎 正弘
令和元年(2019)5月31日(金曜日)通巻第6094号
中国の社債起債は1兆ドルを超えていた。企業債務はGDPの155%
海外送金、ついに2000ドルが上限となっていた
中国中央銀行の幹部だった人間が、海外留学の子供に送金しようと銀行に
行くと、「あなたは65歳以上ですので、1回の送金額上限は2000ドルま
で、です」と言われた。従来は、留学生への送金は1回3万ドルまで可能
だった。
北京駐在の日本人も、帰国しようと銀行へ行けば、「えっ、預金が下ろせ
ない」という異常な外貨制限に巻き込まれる。外国人に対しても、「ひと
り1年に5万ドルまで」という厳しい制限、じつは3年前から実施されて
いる。外貨準備高が急減しているため、外貨の持ち出しには警戒ランプが
灯ったからだ。
中国の表向きの外貨準備は3兆1000億ドル。対外債務を差し引き、さらに
過去の外貨流失を勘案すると、事実上ゼロに近く、さらに輸出が減って輸
入が増えているが、この状況が続けば、やがて外貨は底をつく。
「したがって人民元の為替レートは決壊するだろう」とするのは、従来小
誌が予測してきたシナリオだが、いまや中国にいる金融専門家の殆どが口
を揃えている。
社債の起債は2018年度に1兆ドルに達していた。つまり資金をドル建て
で、外国の金融市場から調達するほどの窮状に陥っているのだが、すでに
債権市場は中国社債に対して2%以上のチャイナプレミアムをつけている。
中国企業の社債は2015年が7740億ドル、17年が9270億ドルだったから、急
速に膨らんでおり、ナンバーワンのアリババさえ、ちかく香港市場で200
億ドルのIPOを行う予定という。
社債のパンク、株式暴落、そして不動産市場の大暴落が足音立てて近付い
てきた。
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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2035年には男子の3分の1、女子の5人に1人が未婚となるようだが、
それでは甲子園の野球大開は地区大会さえ開催できなくなる。
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河合雅司『未来の透視図 ――目前に迫るクライシス2040』(ビジネス社)
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おそるべき未来図、2035年には男子の3分の1、女子の5人に1人が未婚
という状況が訪れ、甲子園は地区大会さえ開催できなくなる。「出産可能
な女性が消えていく」という、真っ暗闇がやってくる。
日本女性の未婚状況は、いずれ国を滅ぼしかねない。
かくして「日本消滅のスケジュール」が本書で示された。河合雅司氏が未
来を透視すると、こういう地獄が控えているようだ。
生活インフラを透視しても「美術館」が消え、ER(緊急病院)があちこ
ちで消え、そして町から銀行が消え、向こう三軒両隣が空きやとなる。現
実に現代日本の地方都市、田舎へ行けば駅前はシャッター通り、廃屋に近
い空き家が数百万軒あり、昼でも町がしーんとしている。
公園はあっても、遊んでいる子どもがいない。早朝の公園は老人達のラジ
オ体操組がちらほら。過疎の農村では村の鎮守のお祭りも開けず、神社は
廃り、孤独な老人が寝ている。
介護現場も、居酒屋も、コンビニも建築現場も顕著なほどに人出が不足
し、昨今は深刻な労働者不足を補おうと外国人の呼び込みに懸命だ。すで
に令和元年現在、日本にいる外国人は270萬人。これは未曾有の異常事態
ではないのか。
ところが、2040年には少子高齢化ではなく、「無子高齢化社会」となる。
こういう暗鬱な社会がまもなく出現し、介護労働者は払底する。火葬場は
満員となり、そのうち葬式の面倒をみる人材もいなくなる。
評者(宮崎)は、この悲観的未来透視シナリオを提示する、本書を読みな
がら、じつは180度異なることを考えていた。
なぜ子供を産んで増やそうとしなくなったのか。それは未来の夢を描くな
くなり、情感の希釈化、情緒の不在であり、共同体の喪失感からきている
のではないのか。
かつての日本には精神的絆で固く結ばれた共同体があり、全員が参加する
人生。農村であれ、漁村であれ、或いは貝の加工、或いは翡翠の鉱山集落
であれ、日本人の起源である縄文時代にはこうした心配事はなにもなかった。
この基本的な生活スタイルは江戸時代まで続いた。
伝統的コミュニティでは、現代人のなやむイジメ、引き籠もり、生涯独
身、少子高齢化などという問題はなかった。ストレスも少なく、突然切れ
て、保育園児を殺傷したり、通行人を刺したりという事件は稀だった。
もちろん「中学お受験」もなければ入試地獄もなければ、まして現代の科
挙といわれる東京大学法学部エリートの主知主義で、国家が運営されると
いうおかしな国家でもなかった。
たとえば縄文時代、集落の全員が、お互いに助け合い、徹底的に面倒を見
合った。
縄文集落の代表例である三内丸山遺跡では、30人ほどが一つの屋根の下で
一緒に暮らした竪穴住居が再現されているが、その建築技術の見事さには
誰もが舌を巻くだろう。共同作業で分担し合い、木材の伐採、調達、運搬
から、資材の組み立て、わらぶき屋根、部屋の中の祭壇つくりまで、全員
参加のコミュニティがあった。
だからお祭りが尊重され、祭祀が恒常的に営まれ、精神の紐帯が強固だった。
縄文集落の典型とされる三内丸山遺蹟の規模は五百人前後だったと推定さ
れ、集落にはまとめ役の長(おさ)がいて、春夏秋冬の季節に敏感であ
り、様々な作業を分担し合い、クリ拾い、小豆の栽培、狩猟、漁労はチー
ムを組んだ。各々の分担が決められ、女たちは機織り、料理、壷つくり、
食糧貯蔵の準備、そして交易に出かける斑も、丸木舟にのって遠く越後ま
で、黒曜石や翡翠を求めて旅した。
縄文の社会には「保険」もなく、医者もおらず、幼児死亡率は高かった
が、適者生存がダーウィンの言う人間社会、動物社会の原則であり、むし
ろこの大原則を忘れての偽善の平和、ばかしあい、生命装置だけの延命、
植物人間だらけの病人という末期的文明の生態はあり得なかった。
だからこそ人間に情操が豊かに育まれ、詩が生まれ、物語が語り継がれた
のだ。
ましてや待機児童とか、老老介護、生涯独身、孤独死などとはほど遠い、
理想的な助け合いコミュニテイィが存在し、平和が長く続いた。
縄文時代の1万数千年間、日本では大規模な戦争はなく、その証しは集落
跡から発見された人骨から、刀傷など戦争の傷跡はなく、障害者の人骨も
出てきたため集落全体が福祉のシステムであって、面倒を見合っていたこ
とが分かる。
或る人口学者は縄文最盛期の人口を26萬人と推計し、気象状況もしくは地
震、津波、寒冷化などによる飢餓で2万人にまで激減したこともあるとし
たが、現代日本に当てはめると、1億2000万が1000萬人になるようなこと
がおきたのだろう。
やがて弥生時代という新しい、闘争社会がやってきた。渡来人がコメの栽
培技術とともに流入し、日本に稲作が普及するが、この弥生時代から富の
分配をめぐって、集落ごとの喧嘩、出入り、暴力沙汰、戦争が始まり、日
本は一面で殺伐として社会となる。
この寓話は何を意味するか。
労働者不足だからと言って闇雲に外国人労働者を入れるという政治のパッ
チワークが国家百年の大計画に基づくとは、とても考えられない。
したがって問題は何か。解決策は奈辺にあるのか。
それは子供を増やすという古来から人間が自然に営んできた健全な社会に
戻すことである。それも児童手当とか、保育所の充実とかの修繕的な対応
ではなく、基本的、抜本的取り組み、それは女性が子供を産み、増やした
いという人類の基本の欲求が自然に起こるような社会の実現だろう。
男は男らしく、女は女らしく、強い男性の子供を産みたいという女性、生
きて行くための食糧確保を一等優先して考える発想、まわりが皆、子供の
成長を助けあう、縄文時代の思考、生活のパターン、人生のスタイルを取
り返すことから、始まるのではないのか。
2019年06月01日
◆中国の社債起債は1兆ドルを超えていた
at 09:33
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| 宮崎 正弘
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