2019年06月07日

◆北方領土奪還のときは必ず来る

櫻井よしこ


ビザなし交流で北方領土を訪れた衆議院議員、丸山穂高氏の言動は論外だ
が、総じて北方領土の現状についての国会議員、とりわけ野党議員の認識
の貧しさには驚くばかりだ。

ビザなし交流は平成4(1992)年に始まった。日露双方が年間600人を上限
に参加できる。日本からの訪問者は元島民の皆さんと親族、返還運動関係
者、報道関係者、国会議員などである。

議員は各党から選ばれるが、自民党のように大きな政党の議員は仲々順番
が回ってこない。あくまでも一般論ではあるが、自民党議員は北方領土訪
問団の一員に選ばれるまでに部会などの勉強会でそれなりの勉強をする
と、東海大学教授の山田吉彦氏は指摘する。

自身、ビザなし交流を体験した山田氏は、小政党の野党は所属する国会議
員の数が少ない分、比較的早く順番が回ってくるため、北方領土の歴史
も、ビザなし交流の意味も十分に学ぶことなく訪問するケースがあるとも
指摘する。

北方領土で問題を起こし、ロシア側の取り締まりを受ければ、日本人がロ
シアの主権下に置かれる。これは、北方領土は日本固有の領土でロシアが
不法占拠しているという年来の日本の主張とは相容れない事態である。

罷り間違ってもそんな事態に陥らないように、北方領土訪問団には夜間の
外出禁止などのルールが課せられてきた。不法に奪われた国土、略奪にま
つわる悲劇や口惜しさ、領土や国の在り方などについて思い巡らすのが北
方領土で過ごす夜の時間の使い方であろうに、飲酒して醜態を晒す程愚か
しいことはない。

戦後70年が過ぎても北方領土返還の兆しは見えない。その第一の理由は、
ロシアがロシアであるということだ。沖縄を返還したアメリカとは違う国
が私たちの相手なのだ。そこでロシアの現実を見てみよう。

失った領土へのこだわり

領土問題はナショナリズムに直結する。大国だったソビエト連邦が崩壊
し、多くの領土を失う形で現在のロシアが生まれた。大国の座から滑り落
ちた恨みは深く、失った領土へのこだわりは強い。だからこそ、クリミア
半島を奪ったプーチン大統領の支持率は86.2%に跳ね上がった。

それが今年4月段階では64%である。経済が振るわず、昨年10月、プーチ
ン氏は年金受給年齢を大幅に引き上げた。今年1月からは付加価値税(消
費税)を20%に引き上げた。それでも国家財政は苦しい。プーチン氏は、
➀原油価格の下落及び低迷、➁通貨ルーブル安、➂クリミア半島を奪ったこ
とに対する先進7か国による経済制裁の「三重苦」(木村汎氏)に呪縛さ
れたままだ。経済改善も、支持率上昇も期待できない中で、ナショナリズ
ムに火をつける領土返還には踏み切れないだろう。

経済不振とは対照的に、プーチン氏は軍事力増強に努めてきた。氏にとっ
て、軍事力において優位性を保ちそれを見せつけることは、祖国への誇り
や自信を確認できる数少ない機会のひとつなのではないか。軍事的視点で
北方領土を考えれば、日本への返還の遠さが浮かび上がる。

安倍晋三首相とプーチン大統領の首脳会談が重ねられる中、歯舞諸島と色
丹島の二島返還の可能性が論じられた。二島は北方領土全面積のわずか
7%だ。

色丹島には1000人規模の国境警備庁要員が常駐し、高速警備艇9隻が日本
海の入り口につながる北方海域の警備を担当している。同島島民の約3分
の1が国境警備関係者で、色丹島に投下される公共資本は病院や体育館な
ど国境警備隊にとって利用価値の高いものが多い。また同島の北半分は人
間の立ち入りが禁止される自然保護区である。

色丹島は国境警備のための島なのだ。国境警備庁と軍の関係者しか住んで
いない歯舞諸島も同様であろう。北海道から目視できる程近いこの二つの
小島に、ロシアが軍や国境警備の兵を手厚く配備しているのは日本海から
オホーツク海、さらには北西太平洋、北極海へと広がる海洋の覇権争いと
密接に関係しているはずだ。

中朝関係は必ずしも順調ではないが、中国の北朝鮮への影響力が強化され
ているのは確かである。朝鮮半島及び日本海における中国の勢力膨張は、
年毎に新しい段階に進んでいると言ってもよいだろう。

中国は2005年に北朝鮮の日本海側最北の港、羅津を50年間の契約で租借し
た。羅津から中朝国境に至る約60キロの幹線道路を作り、これも租借し
た。彼らは史上初めて、自国から日本海に直接出入りする道路と港を手に
入れたのだ。

12年には北朝鮮三大都市のひとつで、北朝鮮全域につながる物流拠点であ
る清津港に30年間にわたる使用権を確立した。

国防の視点

世界最大規模の埋蔵鉱物資源を誇る北朝鮮の複数の鉱山に、50年単位の独
占開発権を設定した中国は、南北朝鮮が不安定になればなったで、朝鮮半
島全体により強い影響力を及ぼす。国際港である釜山の活用は益々進むで
あろうし、済州島は、沖縄同様、中国資本に買収され続けている。朝鮮半
島全体が中国に包み込まれつつある。

現在、日本海には、日米韓露の潜水艦が潜航しているが、中国は入れてい
ない。しかし、中朝、中韓関係の深まりによって、中国も日本海潜入の機
会を窺うときが必ず来るだろう。これをロシアはどう見るか。

彼らは13年段階で中国に対抗して、羅津港にロシア専用の埠頭を確保し
た。加えて港とロシア極東の町、ハサンを結ぶ鉄道まで完成させた。

中国を警戒するロシアが、日本海・オホーツク海を監視する拠点である北
方領土を手放すことはないと考えるのが合理的だろう。日本に返還すれば
日米安保条約の下で、米国の軍事基地が出現する可能性を考えるのは当然
だ。日本海、オホーツク海或いは太平洋から北極海航路へとつながるシー
レーン構想の中で、ロシアが北方領土の戦略的重要性を認識するのは当然
だ。経済のみならず国防の視点で考えれば、領土返還は難しいと言わざる
を得ない。

では日本ができることは何か。丸山氏の暴言のような「戦争」でないのは
言うまでもない。

外交感覚を研ぎ澄まし、世界情勢をよく読み機会を待つことではないだろ
うか。ソビエト連邦崩壊の好機をとらえたのが西ドイツだった。ベルリン
の壁の崩壊と世界史の大転換を巧みにとらえ、ドイツ統一を果たした。

あのとき、好機は日本にも与えられていた。しかしわが国の外交官は全
く、その好機を掴めなかった。だが、必ず、チャンスはまた巡ってくる。
情勢の大変化でロシアが困窮に至るときである。

それまでじっと私たちは見詰め続け、好機を窺い続けることだ。国家とし
て長い闘いを勝ち抜く気力と気迫を持続することだ。

『週刊新潮』 2019年6月6日号 日本ルネッサンス 第854回

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