2019年06月13日

◆ファーウェイは

宮崎 正弘


令和元年(2019)6月12日(水曜日)通巻第6107号 

ファーウェイは「アンドロイド」に代替できるOS開発を2012年から
  「湖畔の討議」を経て秘密チームを発足、この日に備えていたとか

ファーウェイのスマホ、世界で2億台を突破している。中国市場で優に五
割のシェア。しかしOSはグーグルのアンドロイドだ。マイクロソフトと
同様に、OSそのものは公開されているが、数々のアプリは、アンドロイ
ドが基礎になる。

ところが米中貿易戦争の勃発、トランプ政権のファーウェイ排除によっ
て、スマホ販売は激甚な落ち込み、それもOS「アンドロイド」が使えな
くなるとどうなるのか、と消費者は顔面を引きつらせた。

現にフェイスブック、インスタグラムなどはファーウェイのスマホへのア
プリ事前搭載をやめた。フラッシュメモリーの大手「ウェスタンデジタ
ル」もファーウェイとの「戦略的関係」をやめると発表し、フォックスコ
ンの生産ラインの一部が停まった。

インテルがZTEへの半導体供給をやめたように、米国が同社への供給を
中断すれば、つぎに何が起きるかは眼に見えている。

ファーウェイの部品供給チェーンは、国内生産が25社、米国が33社、日本
が11社、台湾が110社。他にドイツ、韓国、香港のメーカーがファーウェ
イに部品を供給してきた。まさに国際的サプライチェーンである。

深センが中国ハイテクの本丸である。香港に隣接し、港湾も空港も複数
あって、グローバルアクセスの要衝でもある。貧しい漁村だった頃、1975
年頃だったか筆者は初めて周辺を取材したて経験があるが、当時の人口は
僅か3万、屋台が商店街で、冷蔵庫はなく、ビールも西瓜も冷えておら
ず、肉は天日の下で売っていた。

深センの人口、いまでは1300万人。ハイテクパーク、科技大道、くわえて
付近には衛星都市の中山、仏山、東莞、厚街などを抱える。ZTEも、テ
ンセントも、本社はここである。

ファーウェイ本社は深センの西海岸の悦海地区にあって本社だけでも従業
員8万人。このうち3000人がRD(研究開発)に携わっている。


 ▲独自のOS「鴻蒙」、間もなく登場

ファーウェイは記者会見して「独自OS」(鴻蒙)のスマホを八月か九月
には販売開始できる」と胸を張った。

ひそかに、この日に備えて独自の自家製のOSを開発してきたので、安心
せよという宣言、その独自OSは「鴻蒙」と名づけられた。海外では
「ARK」というブランドにすると、その手回しの良さには舌を巻く。

だが、次の話は本当だろうか。ためにするフェイクニュースのような気が
しないでもない。 

2012年、深せんの「湖畔の宿」に秘かにファーウェイ社内の腕利きエンジ
ニアを中心とする専門チームを担う社員が集められた。創業者の任正非じ
きじきに出席し、「将来、グーグルからOS使用を拒否された場合、独自
のOSを用意しておく必要がある」として、秘密チームの発足が決まっ
た。湖畔の宿の合宿は一週間続けられたという。

この独自OS開発チームは社内でも機密とされ、ラボは警備員の特別警戒
にあたり、2012年の秘密会以後、開発と研究が秘かに続けられてきた。場
所は東莞あたりと推定された。
 
2014年頃から米国は連邦政府職員、軍人のファーウェイのスマホ使用を禁
じ、トランプ政権になってからファーウゼイの全面禁止が検討され、まず
は地上局から排除された。

2018年12月1日、CFOの孟晩舟がカナダで拘束された。同日、サンフラ
ンシスコで「中国物理学の神童」と言われた張首晟教授が自殺した。
 
2019年に入るや、米国はファーウェイを「スパイ機関」と認定し、米国内
の部品メーカーに至るまでファーウェイ部品を使わないよう通達が及ん
だ。5月、トランプは「非常事態」を宣言し、国防権限法により、ファー
ウェイの米国市場からの駆逐を決め、同盟国に呼びかけた。英・豪・加に
続いて日本も追随し、携帯電話各社はファーウゼイ新機種の予約受付を中
止、もしくは延期するに至った。

市場でファーウェイのスマホの値崩れが起こり、中古スマホは大暴落、
OSのグレードアップをしたら使えなくなったなどの苦情が殺到した。
いよいよ正念場である。
      
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読者の声 ★READERS‘ OPINIONS 
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    ♪
(読者の声) 昨日、橿原神宮、神武天皇陵を参拝してきました。緑の美
しい橿原神宮では美智子皇后陛下(当時)の「遠つ世の風ひそかにも聴く
ごとく、樫の葉そよぐ参道を行く」の歌碑を拝見し感動いたしました。
 さて加藤康男『通州事件の真実 昭和十二年夏の邦人虐殺』(草思社文
庫)のご紹介がありました。私のこの事件の視点は、独ソ戦を控えたス
ターリンの支那事変を起こすための意図的な虐殺であったのではないか、
言うものです。

全体の因果関係は、1936.12.12の西安事件で蒋介石はスターリン指揮下
の中共の手先張学良に逮捕されます。この後蒋介石はそれまでの反共か
ら、反日に転向しました。

かれは翌1937年の前半には対日戦の準備を完了しました。兵員百万の半年
分の食糧というのですから驚くべきです。

兵器については、ソ連が極秘裏に北方の蘭州を兵站基地に、シベリヤ鉄道
ウランバートル経由とウルムチ経由の2系統の大トラック輸送で大量の兵
器弾薬を運び込んでいました。最終的には飛行機(爆撃機、戦闘機)1千
機、赤軍顧問(将軍、パイロットなど)4千名など上りました。軍事援助
借款の総額は2.5億ドルに上りました。

1937.7.8から蒋介石は盧溝橋事件など対日挑発を開始します。これは戦
争責任を誤魔化すためと、日本人を興奮させ、冷静さを奪うためと思われ
ます。

ロシアには「神は滅ぼす前にその理性を奪う」と言う格言があるそうで
す。相手を激昂させるのです。

したがってこの通州事件はその材料に行われたのではないか。だから意図
的に残酷な殺人を行ったのではないか。

果たして、日本人は激昂しました。それこそスターリンが狙っていたこと
でした。

蒋介石が1937.8.13に上海国際租界を奇襲すると、日本軍中枢は対応に困
りました。

作戦部長の石原完爾少将は冷静に上海からの即時撤収を主張しました。
ソ連を恐れていたからです。しかし国民が激怒していたので、他の幹部は
反撃して蒋介石に痛撃をあたえてから講和することを主張しました。これ
は支那事変が講和のない戦争であることを知らなかったということです。

なお米国の支那通スティルウェル大佐(後米国支那派遣軍総司令官)は、
日本にとっての上策は撤退。そうすれば蒋介石は国共内戦を再開せざるを
えない。下策は反撃して、泥沼の戦争に引きずり込まれること。おそらく
日本は下策をとるだろう。上策をとるにはよほど冷静な国民性と強い政府
の指導力が必要だから、と記しました。

そして残念なことに彼の予言通りになりました。これが小生の通州事件を
巡る因果関係の推理です。
詳しくは拙著『黒幕はスターリンだった』(ハート出版)をご参照下さ
い。(落合道夫)


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