2019年07月20日

◆「権現様はまだ生きていらっしゃるの?」

加瀬英明


令和の御代が明けた。

平成の最後の統一地方選挙中に広島に応援に行った帰りの航空便で、ス
チュワーデスに読むものを頼んだら、『週刊朝日』をくれた。

すると、新しい元号の『令和』は、命令、指令、令状の令であって、“安
倍一強”の傲りを示していると腐(くさ)していた。

私は令和から、令日、令人、令節とか、美徳や、善行を意味する令徳、ほ
まれの令聞、よい評判の令望などを連想していたので、きっと版元の新聞
社の雑誌担当者の令夫人が、夫を四六時中、小突き回すので、令の字に恨
みがあるのだろうと思って、身につまされた。

結婚は1国2制度だから、難しい。イギリスの大詩人のバイロンが、長編
風刺詩『ドン・ジュアン』のなかで、「人生という芝居の第1幕は恋愛と
いう喜劇、第2幕は結婚という悲劇」と指摘しているが、きっと人生は悲
喜劇なのだろう。だから人生は面白い。

機窓の外には、どこまでも青い空がひろがっていた。

私は鳥を飼ったことがないが、小鳥は美しくみえる黄金の籠のなかに住み
たいと願い、籠のなかに閉じ込められてしまった鳥は、大空をまた自由に
飛びまわりたいと、絶望に駆られるにちがいない。

フランスの諺に、「結婚の鎖は重い」というものがある。「だから3人で
運ばなければならない」と続いている。女房に秘密で恋人をもたねばなら
ないという、勧めだ。

平成が終わった。私は平成の30年間を、日本の周辺が風雲急を告げている
のに、アメリカによって押し付けられた欠陥憲法を、1行すら改められな
かったことによって、記憶しよう。

最高法規であるべき憲法の前文は、日本語として文法が目茶苦茶だ。どう
して国語審議会が目を瞑(つむ)ってきたのか。

この不真面目(ちゃらんぽらん)な憲法を真面目に解釈する法律学者たち
が、「専守防衛」とか、「必要最小限度の防衛力」とか、泥酔して錯乱し
たとしか思えないが、意味不明に解釈して国民の目を覆っている。

戦後の日本の金科玉条となっている「専守防衛」という言葉は、意味が
まったくないので、英語や、ヨーロッパ諸語に訳することができない。

そこで諸外国民を理解させるためには、来年、野球が東京オリンピックの
種目入りしたのを好機として、日本の選手がバッターボックスに立つ時に
は、バットを持たせないことにしよう。「専守」だから、日本チームに攻
撃となる打球を禁じる。

きっと、全世界が日本国憲法の崇高な精神に打たれて、感動しよう。

妻か夫が重い病いにかかったら、病院に「必要最小限度」の医療を施すよ
うに、頼もう。だが、いったい「必要最小限度」の医療なぞ、あるものだ
ろうか? それなら「必要最小限度」の国防も、あるはずがない。

妻か愛人に「これからは、必要最小限度の愛情を濯ごう」といったら、
「あほ! ふざけるな!」と一喝されて、たちまち張り飛ばされてしまおう。

こんなことを、毎日のように口角沫(あわ)を飛ばして議論している国会
は、精神科重症患者病棟という看板を掛けるべきだ。

日本国憲法の精神は、互いに「公正と信義」に委ねるべき夫婦のあいだ
か、愛人関係のなかに留めたい。

現行憲法は「平和憲法」の愛称によって罷り通っているが、「アメリカの
平和」のために強要したもので、占領軍総司令部が日本政府に「これを呑
まないと、天皇の一身の安全を保障できない」といって、英文の原案を手
渡してから、1年3ヶ月後に公布された。

大日本帝国憲法を全面的に書き改めたものだから、もし日本国民の手で改
正したのだったら、まさか、1年3ヶ月で公布できなかったろう。

アメリカ軍の施政下で現行憲法が施行されてから、今年で72年の歳月が流
れている。

いったい、どうして日本が独立国であることを頭から否定している、憲法
ととうてい呼べない憲法を、こんなに長いあいだ崇めてきたのだろうか。

占領軍が日本国民を洗脳して、東京裁判史観を植えつけたからだと説明さ
れるが、日本国民はそんなに愚かなのだろうか。

平成3年は、江戸開府400年に当たった。

日光東照宮が「江戸研究学会」を記念事業として立ちあげたが、私は江戸
時代は庶民が世界のなかでもっとも恵まれていた時代だったと書いたり、
講演してきたので、求められて会長を引き受けた。

江戸時代は平和がずっと続いて、庶民が豊かな生活を営み、絢爛たる文化
を創り出した。

だが、300年近く続いた平和は、明治以後の日本にとって呪いともなった。

徳川時代の日本は徳川家による支配を持続することが目的だったために、
新しい政治思想や、能力主義をいっさい斥けて、血筋と年功序列による硬
直した体制を墨守した。明治維新は徳川体制を根底からつくり直したか
ら、才気ある人々が国を導いたが、日清、日露戦争に勝つと、過剰な自信
の自家中毒を患うようになって、江戸時代へ戻ってしまった。

先の対米戦争で、日本はボロ負けした。政界から陸海軍まで、年功序列に
よった。帝国の興亡がかった真珠湾攻撃、ミッドウェー作戦の司令官は南
雲中将で、砲術の権威だったが、航空戦について無知だった。

江戸時代の武士は儒教漬けにされたのに、孫子の心髄の「兵は詭道也」
(敵を騙すこと)は、学ばなかった。武士道は精神修養の哲学に退化して
しまい、勝つことではなく、「死ぬ」ことに価値が与えられた。

高度経済成長による経済大国化は、日露戦争の勝利に似ていた。日本国憲
法がいつの間にか、権現様の祖法になってしまった。


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